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二 障害を克服するための

この話の方向性が見えてくる回です。

 時間がズレている。

 一言でそう表現してもイマイチ実態がつかめないだろう。

 俺と莉々の時間は、どういう原理なのかはわからないが一時間もズレている。

「楠をはじめとした他の人たちは、俺ら二人と普通に接することができる。

 けど俺は一時間前の莉々と話をし、現在の楠と話をする。

 莉々は一時間先の俺の姿を見て話をし、同じく現在の楠と話をする」

 俺は喫茶店で二人にこう説明した。

 これが今起きているファンタジー現象だ。

「それ……って何が起きるの?」

 莉々は案の定状況が読み込めなかったようだ。

 

 俺たち二人はそれぞれが「実時間」に存在し、他人との会話が可能だ。だが俺と莉々は顔を合わせて会話もできるのに、互いの生きる時間が違う。

 この時間のズレた二人と、それ以外の人が混ざると途端に状況は一変する。成り立っていた会話が崩壊するのだ。

 たとえば楠が俺と莉々に話しかけるとしよう。

 このとき楠と俺、楠と莉々は会話が成立する。

 だが俺の見えている莉々は「一時間前の」彼女だ。

 俺には莉々のリアクションは一時間後にしか見られない。

 映画館の時のように話が噛み合わないのも当然。

 楠の話してる莉々は俺の前にまだ来てないことだってある。

 まともな方法で三人で会話なんてできやしない。


 ――俺たちはこの現象の裏をつくことにした。

 目に見えている相手じゃない。実時間に実体があるなら――


 映画を観に行った日から一週間。

 また遊びの約束をして、待ち合わせをした俺たち三人。

 今俺の前には莉々がいる。

 ……こいつは「一時間前の彼女」の残像だ。

『――もしもし、鈴樹?』

「ああ着いたぜ」

 今俺たちは互いが目の前にいながら電話で話している。

『ったく……アンタ結局遅刻してんじゃない』

 そう言ってるハズの張本人、目の前の莉々は口を動かすことなく俺を睨んでいる。

「でもほら、待ち合わせ時間にはちゃんと到着してただろ?」

 しっかり一時間遅れてるクセに偉ぶって胸を張ってみせる。すると目の前にいる方の莉々は右手をまっすぐに俺の腹へと打ち込んできた。……が、それは当たらずすり抜けていく。

 バカめ。それは幻覚だ。

「どこが間に合ってんのよッ! バカ!」

 目の前の莉々が叫ぶ。

「……こえーや」

『ハァ。今アンタに殴りかかったところね。……一時間後のアンタが見えてんのはアタシだけだってのに、つい手が出ちゃったわ』

 ステレオ気味に電話の向こうの莉々も言う。

 ややこしいことだが、今ここには二人の莉々がいる。

 一人は待ち合わせ時間の通りに来て、一時間後の俺の幻影にシャドーボクシングをしている莉々の残像。もう一人は姿は見えないものの電話越しに声を送っている、現在の莉々だ。

 俺たちが自然なやり取りをするには「現在同士」の互いを相手にしなきゃならない。

 今しがた「一時間前の莉々」のパンチがすり抜けたように、周囲からすれば莉々は独り言を叫んでるようにしか見えないからだ。

 そこで電話の出番だ。

 電話越しならば実時間同士でのコミュニケーションが可能となる。

『アンタを一時間早く見たところで待つのは変わんないのよ』

「確かに。最初は束原の遅刻癖が改善されるのかと思ったのに」

 電話の莉々の声に相槌をうつように、すぐ隣にいる楠が言う。

「迷惑な話だよな。ジンクスは直りもしねぇし、会話もろくに成り立たねぇし、これじゃ意味がねーどころか悪化だっつーな」

「りりちゃんの怒りはちょっとうやむやになったけどね」

『なってないッ!』

 その声と同時に、腹部に不意の衝撃が走る。

「うごっ!」

『ふふん。姿は見えなくともアンタがそこに立ってるってのは一時間前に見てたんだからね。ずっと殴ってやろうって決めてたんだッ』

「一時間後のアタシ、よくやった!」

 またもステレオで莉々が言う。

 ……心の準備もなしに殴られるってヤベェな…………莉々だって見えない相手を手加減して殴るなんて器用なことできるわけねえし……

「それにしても妙なことになったよね。わたしには普通にしか見えないんだけど」

『こんなマンガみたいなこと……アタシまだ信じらんないよ』

「信じられなくても実際起きてんだよ。これからどうすりゃいいか考えようぜ?」

 呑気に感想を口にする二人に俺は現実を突きつける。だが目の前にいる「一時間前の莉々」は「うわぁ」と顔をしかめた。

『はぁ。一時間前から言ってやろうと思ってたんだけどさぁ、そのセリフってぜんっぜん中身がないんよね』

「どういうことだよ」

『ずっと電話で話すって対策とったでしょ? でもそれ以上に何をしろっての? このマンガみたいな事をどーにかして解明しろって?』

「それは…………」

 言い返せず口ごもってしまう。そこに楠が提案を挟んできた。

「うん。それはできない。でもこれからどうするかは決まってる」

「どういうことだ楠?」

『どーするのスズちゃん?』

 同じ「現在」の俺たち二人を目の前にしているであろう楠は、その二人の視線を受けながらドヤ顔で言い放った。

「遊ぶしかないよ。うん」


 いまだ待ち合わせ中の「一時間前の莉々」を駅前に残し、姿は見えないが隣にいる莉々と楠と三人で街を歩く。

『そーだ、アタシ靴ほしかったんだ』

 電話ごしにそう言った莉々は道のわきにある靴屋に向かったようで、楠もその隣を歩くようにして靴屋に入っていった。

「やれやれ主導権は完全にあっちか。…………いや、いつものことか」


『見てみてスズ! これちょーかわいくない? あ、こっちのもかわいい!』

「うん、かわいい。……これもいいんじゃないかな」

『おぉ~ッ、それってスズにめっちゃ似合いそう! ほらこのフリフリついてるのとかッ』

 女三人寄ればかしましい、とは言うが……二人でもうるさいもんだ。いや実際は楠は無口のおとなしい系キャラだから、うるさい原因は九割方が莉々……だな。

「りりちゃんそれ試してみたら?」

『そだねー。じゃあはいてみよっかぁ』

 その声が聞こえた瞬間、楠が見ていた靴の片方がパッと消える。

「!?」

 まるで動画を編集して靴の無い映像をつなぎ合わせたか、CGで消したかのように。

 冷静に今の流れを分析すれば「現在の莉々」が靴を手にし、俺からは消えたように見えたんだろう。莉々が手にすりゃ物は消える。そうでなきゃ莉々の衣服なんかも浮いて見えるからな。だが、いきなり目の前でそれが起きるとなかなかに驚く。

『いいかもー』

「似合う似合う」

 ……靴に似合うとかあるのかよ。

 俺が心の中でそう毒づいていると、電話の向こうの莉々は俺の無関心を察したのか急に話を振ってきた。

『ちょっとー鈴樹も何か言ってよ』

 って言うけどさぁ……

「見えねぇし……どう感想言ったらいいんだ?」

『…………言われてみればそうね』

「だろ? ……じゃ、俺も自分の靴見てっから」

『はいはい。なんか張り合いがないわー、まったく』

 何が張り合いなんだか。

 俺はため息をひとつついてスニーカー売り場へ向かった。


 ……さっきはこの現象について考えても無駄って流れにはなったが、どうにか原因を見つけなければ解決は得られない気がする。ズレは直るのか、直るにしてもいつなのか。わからないんだから悠長に待ってもいられない。

 なにしろ莉々からすれば、時間のズレてる俺とわざわざ不便を感じながら一緒に遊ぶ必要がないんだ。元から楠がつなぎとめてくれてた関係に過ぎない。だが俺は…………いつも莉々を待たせてたクセして言えた義理じゃないが、あいつらと一緒にいたい。

『おぉっスズそれカワイイ~!』

 イヤホンマイクから莉々の声が聞こえる。

 ……なんだろう。よく知ってる相手なのに、まるで友達の友達と一緒にいるような疎外感。いたたまれなさ。楠がいなきゃいつ崩れてもおかしくない関係。

『アタシこれにしよっかなー』

 でもまぁ大学は別々のところで決まってるしなぁ。

『スズは…………え? 聞きたいこと?』

 これはきっと、互いに別々の道を歩めっていう神様のおぼしめしか。

『…………え、えっ、えぇええぇ――――ッ!?』

 通話しっぱなしのイヤホンマイクから莉々のマヌケ声が筒抜けてくる。

 店ん中で何を騒いでんだあいつは。

 聞き耳をたててるようで気は引けるが、普段から三人でいても会話に参加せずにぼんやりと聞き流してることなんてよくあるし。別段とめるほどでもない。

 気をとりなおし、靴を手にとってみる。

『…………そりゃまーそろそろとは思うケド……』

 この二人との付き合いが切れたら……って考えてみると高校の友達ぜんぜんいねーんだなぁと今更ながらに気付く。いや、男友達もある程度いるけども……女子二人と仲がいいってことで一線を置かれてるんだよね。

『えっ! いやほらその、そーゆー改めて言うとか恥ずかしいし!』

 となるとこの二人と離れちまったら仲のいい友達なんていないじゃねーか。

『今のままでいいじゃん~。大学入ってもまたこうやって集まってさぁ』

 やっぱこの付き合いって大事じゃね?

 大学で友達作りに成功するとも限らないし……

『…………うっ、確かに……このままだとアイツ付き合い悪くなりそ』

 はー、どうしたらいいんだか。うだうだ考えてないでさっさと決めねーとダメかなあ。

 時間のズレがあっても別れ別れにならないよう、二人とより固く結束を強めるような策……たとえば莉々と付き合うとか――

『だよねぇ。この現象だっていつ直るかわかんないもんね……』

 いやまてまて、自分の都合よく考えすぎだ。それじゃ解決してねえ。

 クソッ、こんなじゃ考えがまとまんねぇ。続きは帰ってからにしよう。

「なあ莉々、そろそろ――」

 電話の向こうに声をかけた瞬間、

『ふぇぇえっ!?』

「ど、どうした?」

 莉々は背中に毛虫でも入れられたかのような叫びをあげた。それから周りを気にしているのだろうか、声を潜めて聞いてくる。

『ちょ、鈴樹……! アンタき、き、き……聞いてたのっ?』

「何がだ?」

『い、今の話よっ! 通話したままだったなら言ってよ!』

 そうか、莉々は今の今まで通話中なのを忘れていたんだ。

「ん……まぁ考え事してたからほとんど聞き流してたし、楠側の声は聞こえてないから会話の脈絡もわかんねーし、大丈夫だ」

『な、なにが大丈夫なのっ……』

 そんなやりとりはともかく、俺のいる方に楠が寄ってきた。たぶん隣には(見えないけど)莉々がいるんだろう。

「束原、どうしたの?」

『そ、そうそう。アンタ何か言いかけてたじゃん』

 怪訝な顔をする楠、そしてイヤホンから聞こえる莉々の声。

 そうだった。

 俺は妙な叫び声によって妨げられた提案を思い出す。

「靴はもういいだろ。買い物とかって時間のズレがモロに出るし……もっと別んとこ行こうぜ。何かをじっと観る……系のさ」

『それってまた映画じゃん』

 すぐに否定の声が耳に届く。

「そうは言っても昨日の以外に今めぼしい映画やってないよ」

 楠も少し考えてから俺の提案を却下してくる。

 そう……だよな。

 やっぱりこの不可思議な現象を取り込みつつ、それでいて皆が楽しめることなんてそう簡単に思いつくハズもないんだ。一回や二回はしのげてもずっと続くわけもない。

「いや……スマン。今日はとりあえず二人に任せる。変なこと言って悪かった」

『謝られても……困るし』

 俺の我がままは莉々の困惑した声、そして楠の暗い表情を誘うだけだった。

2章は短いですがこんなかんじ。

一時間ズレた生活の不自由さを脳内で思い描いて楽しむのが趣旨かもしれないです。

コンゴトモヨロシク


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