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リールさんは失脚させられた上に、后の情夫だったから、ナポレオンから疎ましがられて追放されたのね、とカリンは勝手に想像する。
そんなに美しくなどないのに、なぜあんな女に魅せられたりするのだろう。
これを嫉妬、と呼ぶのであるが、カリンは本来嫉妬などする性質ではなかった。
しかし、これを嫉妬と呼ばずして、なんと呼ぼう!
カリンは狂いそうになっていた。
リールのことは最初から無理だったのだろう。それでも何処かに期待はあった。
クロードという人がそばにいて、それでも浮かれてしまう自分が嫌いだったが。
「お嬢様……」
これが問題だった。
クロードには名前で呼んで欲しいのに、それをしない。
狂いそうなカリンの心は、もはや尋常さを失い、暴走しかけるのであった。
「話しかけないで。考えごとしているのだから」
「あの男のことですね」
「あの男、あの男って言わないで。リール大尉のことを」
宿屋の部屋には西日が射し込み、オレンジ色の光線は、そこにあるすべてを――大地も空も、部屋全体も、カリンの顔も――染め尽くす。
「わかりました、リール大尉のことを」
「ええ、好きよ」
クロードは好き、と言う言葉に、過剰反応し、いつものことだから、とクロードは表情を曇らす。
「私は……お嬢様がそれでいいなら……何も申し上げませんが……」
「それでいいってどういうこと」
「リール大尉が好きだということに対してです。かなわぬ恋と知りつつも……」
カリンは唇をかみしめて、後悔した。
なぜ私は、この男を選んだのだろう、クロードを愛しているとは本気で言っているのだろうか。
自分の気持ちが分からなくなってもいた。
「相手は百日皇帝の皇后です……」
「それが何よ、負けたりしないわ」
「猛将ナポレオンの妻です……かないっこありません」
虚勢を張っていることは明白だったので、クロードは小声でぼそぼそとつぶやく程度に押さえておいた。
だがカリンがこれを納得せずに、
「男のくせに、声が小さいわよ」
「すみません、お嬢様」
こんなやりとりがしばらく続いた後、カリンはクロードをとうとう外へ追い出してしまう。
「もういいから。ここにいて欲しくない。出ていって」
「そんな、お嬢様」
カリンは言い返そうと構えたクロードの鼻先で、扉を勢いよく閉めてしまった。