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恋心

クロードが宿の手配をして戻ってくると、カリンは真っ青な軍服に身を包んだ青年と、なにやら楽しそうに話しこんでいるではないか。

 彼はふと、予感のようなものが走り、何も言わずにカリンのもとへ近づいてきた。

「それでは。道中お気をつけて」

 クロードの殺気に気づいたか否か、男は去っていったが、クロードのほうは気が気でない。

「あの男は何者です」

 カリンは嫉妬心でもあおってみようと、

「さあね」

 と、言葉を濁した。

「危ないごろつきには近づくなと、あれほど申したでしょう」

「ごろつきねえ。あの人は違うわよ……なんでも、音楽隊の隊長さんだって」

「兵隊なんてのはどんなのでも、危ないに決まっています。それより早くいらっしゃって、宿の手配はすみましたので」

 怒った口振り、乱暴な足取りで先をゆくクロード。

 ――かえって、逆効果だったりして……。

 カリンは失敗したかなと舌を出した。

 宿の部屋に入るなり、カリンはひとことだけ、思い切って、

「ごめんね」

 と謝るが、クロードはもくもくと靴ひもを編み、うなずいただけだった。

 ――これはそうとう怒っているわね……。

 彼はもともと無口な青年だったが、怒ると無口が強烈になる。

 つまり、何も言葉を交わさなくなるのだ。

「クロード。食事でもしない。外行こうよ、カフェ・ミュザンもあるっていうしさ」

 カフェ・ミュザンはこの町で有名なカフェテラスのようだった。

 町ゆく若者は皆、こぞってミュザンを目指す。

「今夜はここで食事を済ませましょうよ……」

 クロードは消え入りそうな声でカリンに申し出るが、あえなく却下されてしまう。

「何言ってるの。カフェ・ミュザンよ。フランスへ着いたらまずそこでお茶するって決めていたんだから。ねえ、行きましょうよ」

「はあ……」

 クロードは大きく呼吸すると、渋々重たい腰を上げた。

「無駄遣いばかりしていると、お金が底をつきますよ」

「今日だけよ、いいでしょう」

「……はあ……」

 財布の中身を確認すると、肩をすくめて了承するクロード。

 こう言うところが甘いんだな、と彼は自分でも苦笑してしまう。 

 

「やあ。また、お会いしましたね」

 カリンはカフェの片隅で腰を下ろし、考え事にふけっている青年を見つけると、表情を輝かせた。

「リールさん。偶然ですわね」

 クロードにいすを引いてもらって、カリンはリール大尉の向かい側に腰掛けた。

「お連れの方ですか」

 リールはクロードの方をしきりと気にしていたようで、ちらちら視線を泳がせる。

「はじめまして。カリンお嬢様の下男です」

 むっつりした態度で自己紹介を始めたクロードの脇腹を、カリンが肘でつつく。

「下男? ほう」

「リール大尉様は、このようなところで何をなさっておいでですの」

 リールは眉間にしわを寄せ、クロードを何度も盗み見ていた。

 クロードは何なのだ、こいつは、失礼な男だとますます機嫌を損ねつつあった。

「ちょっと……あ、いいえ。何でもないのです、ただの観光で……」

「そうですの。私たちもですよ」

 ねえクロード、と言いかけるが、クロードはリールの顔など見たくないとばかりに、そっぽを向く。

 カリンは脇腹をさらにつついた。

「では。僕はこれで失礼させていただきます」

 カリンはリールを止めようとしたが、できずにいた。クロードはカリンの様子から、「あれ」だと悟る。

「あれって何よ」

「……べつに」

 その日クロードは、カリンと視線を合わせまいとして躍起になっていたようだ。

 カリンの方はそれどころではなかったが。

 彼女の思考は、リールのこと一色で染まってしまっていたのだから。


 ついにパリ市民の大荒れがはじまる。

 彼らはパルチザンや鍬を持ち、王妃マリー・アントワネット(マリア・アントニア)を責め立てた。

 使い物にならないルイ十六世とともに、闇に葬らんと。

 アントワネットは実を言えば、国民を思うよき王妃であったはずだのに……。

 母マリア・テレジアは、アントワネットが粗相をしないかと不安だったらしいが――。

 首謀者は……ロベス・ピエール、サン・ジュスト、さらにラ・ファイエット候やミラボー伯といった面々であった。


「ラ・ファイエットは偉大ですねえ」

 クロードは幸せそうに彼の英雄ぶりを語る。

「クロードは侯爵が好きだったものね」

「アメリカ戦争の英雄ですよ。彼がいたからこそ、アメリカは、リンカーンは勝利をおさめたことに、間違いはないでしょう」

 嬉々として語るクロードに、カリンは何も言えず町を歩き回る。

 街角ではシエイエスやその他のものが、パンフレットを配り歩いていた。

 カリンとクロードもチラシを受け取る。

「……物々しいのはいやだわ」

 カリンは血なまぐさいフレーズばかりで埋め尽くされたパンフレットを読みながら、ため息をつく。

 そのパンフレットには、ラ・マルセイエーズの歌詞がまるまる掲載されていたからだった――。


 武器を取れ、今こそ戦おう。敵など、血祭りに上げてしまえ!

 のフレーズは、じつはシエイエスや革命派のものたちが作った闘志を募る際の募集記事にすぎなかったが、リールは歌詞が浮かばずにこのフレーズを盗んだと聞く。


 ところで、クロードはカリンにさえも過去を明かすことがなかった男だ。

 従って……彼の正体を知るのは後半と言うことになろうが、もう少し辛抱して欲しい。


 パンフレットと同時に、新聞も売られており、カリンは何気なく目を通した。

 すると、彼女の青ざめてしまうほどの驚くべき事実が、そこには記されてあったのだ。

「どうかなさったんですか」

 クロードが目を通すと、顔をしかめる。

「……お嬢様。お気をたしかに」

 クロードにはそれだけ言うのみで、精一杯だった。

「なんと言うことでしょう。あの人が……」

 そこに書かれてあった事実――リールがジョゼフィーヌの情夫で、ナポレオンに失脚させられたこと……などが細かく書き綴られていた……。 

 


お嬢様……いったいどうなさるおつもりで……

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