自転車に乗ってたら、同じく自転車の男に睨まれた
仕事帰りに丼屋さんに行こう、と決めた。小心者なのでドドンと構えたお店になんか、ひとりでは入れない。
あいつらの戦闘能力は僕のスカウターでは振り切れる。気を失わせ、知らぬ間に胃袋を満たして残高を減らしてくる。注:偏見です。
圧倒されて味わう余裕がない。
チェーン店で、駅付近にいくつかあるので、うどんも食べたかったし、あのお店に行こうと自転車を漕いだ。
ずいぶんとボロい自転車になった、十年くらい乗ってるかな。いわゆるママチャリで、僕は物に愛着があまり沸かないタイプなので、乗れたらいい、と買い直すのが面倒、でそのまま乗り続けていた。とはいえ、十年は長いと思う。
僕の頭の中には、新メニューのピリ辛系が思い浮かんでいた。お店までのルートは信号の気分次第でコロコロ変わる。
最近は自転車の交通ルールが厳しく、マンション前は片側一車線の道路で帰りは大回りしないと帰れない。降りて歩くか、警察官の目を盗んで半ブロックほど逆走するか。
前の信号が赤になったのでルートが決まった。
駅前のバスロータリーを経由して、商店街のお店に入ろう。
歩道を漕いでいいのは、子供と高齢者だけだっけ?
広い歩道ならいいんだっけ?
まだ、あまり分かっていない。が、それなりに広かったのと、車道に止まった車を避けるには、さらに車道に出なきゃいけない。
轢かれるじゃん、よりスムーズな車の流れを遮るのも、気が引けるなぁ
駐車か停車か知らんけど、そこ停めていいの?
と、思いつつ、歩道に乗り上げた。
僕としては、歩道を自転車が通るんだ。歩行者の迷惑にはなりたくない。逆の立場でも同意見。
自分が正義、の人は、自転車だろうが歩行者だろうが、俺(私)様の邪魔すんなっ、に違和感すら沸かないらしい。
小心者の僕は、どっちにしても道を譲ってしまう。
そんなこんなで事件の発端が起きた。
広い歩道とはいえ、自転車が3台分の幅しかない。次の信号まで歩道を走る僕は、前の歩行者に追いつき、徐行した。運の悪い事に、左は駐輪スペース。右は並走する自転車がすーっと僕を追い抜いていった。目の前の向かい合う歩行者をかわしつつ。
僕はやむを得ず立ち止まった。すれ違う歩行者を先に行かせたかったから。
そこから、前の歩行者をかわし、信号待ちをした。渡った先にチェーン店がある。
だが、信号待ち中、真横から視線を感じる。軽く横目で見ると、自転車に乗った男がじーっと僕を睨んでいた。
何か言いたげだが、何も言わない。
争いを好まない僕は気にしないフリでほったらかしたが、信号が青になって、ゆるく漕いでも、びっちり並走してくる。
怖い、を通り越して気持ちが悪い。じっと睨んでくる。
前見ろよ。
信号を渡り、立ち止まると、男は僕を僅かに追い越し、振り向いて、じっと睨んでくる。
僕も、そこで初めて男の顔を見た。
なんだろ?若いとは思わないが、爺さんでもない。
だだ、じっと睨んでくる。僕は小首を傾げ、なんだコイツ、と睨み返した。
僕はいったいどうすれば良かったんだろう?
多分、僕の後ろにいた自転車の人で、足をついて止まった事が気に入らなかったのか。
横の自転車は歩行者をすり抜けて通ったからね。タイミングを逃して、トロイやつの後ろにいたのが気に入らなかったのか
真相は無言で去っていったのでわからない。
ただ、5〜10秒ほど、おっさん同士が睨み合っただけ。
スマホを出して、証拠として撮って警察に連絡をしとけば良かったのだろうか?
睨まれてます、怖いです、と。危険かな?
余罪はないだろうが、今後もチョロそうな相手に理不尽な怒りを押し付けられては困る。それが身内なら、殺意すら覚えてしまう。
連絡する事で抑止力になってほしいなんて幻想を抱いた。
わざわざ止まって睨む程の強い怒りなのか、無言で去る程度の弱い怒りなのか。
ただただ、睨まれた僕は、理不尽な出来事に夜も眠れない程のモヤモヤだけが残った。
正直、僕は歩行者を優先する。そのための徐行が気に入らないなら、車道走れよ。
ただ単に、コイツなら勝てるとか、そりゃ思うだろうな、貧弱だし。
なら、去るなよ、どこぞのストリートファイト動画のように胸倉掴んで殴って来いよ、すぐ死ぬぞ、僕が。
文句があるなら言えよ、相手威嚇するほど強いんだろ?
言って、殴って、コイツが先に殴って来たんすよ、て言いふらせば。そうすりゃ有耶無耶になって喧嘩両成敗だ。
結局、僕自身も、何もしなかっただけに、ただただ後悔と怒りだけが延々こびりついている。
書く事で、発散出来ればいいんだが・・・
以降はただの憂さ晴らしで、妄想で、ご都合主義です。
読み返した所で、現実はいっさい変わっていないので、やるせない気持ちは残ります。
多数の仲間を引き連れ、復讐するような人脈も度胸もなければ、法廷でありとあらゆる知識をひけらかし、論破しまくり社会的に抹殺するような知恵も勇気もない。
そんな男のたわごと、戯言です。
そして、去り際までメンチを切っていた男に、僕は、俺は、そいつを呼び止めた。
「ちょっと、待てよっ」
男はペタルに込めた力をゆるめ、再び振り返った。いっそう眉間にしわが寄っている。下から睨みあげてくる。怯んではいられない。
「用があるなら言えよっ、ずっと睨んでたろ」
「ちっ、なんにもねーよっ、止めんな、ザコ」
俺は自転車を降りてスタンドを立て、男に歩み寄る。何もないわけがない、平気で手のひらを返す男に怒りがこみ上げてくる。
「なかったら、いちいち人を睨んでくんなっ」
男は自転車から降りずに右足を地につけ、俺とは反対側に重心を置いた。
左足でのサイドキック。
俺を蹴り飛ばし逃げるつもりだった。
だが、重心を変えた時点で警戒していた俺は、サイドキックを両腕で受け止め、押し返した。
右足を自転車に挟まれ、転倒した男がわめく。
「ざっけん、ぎゃっ」
全てがどうでもよくなった俺は、そいつの自転車を思い切り踏みつけた。
俺は振り返り、自分の自転車に手を添える。逃げるわけではない。
ゴメンな、シルバーシャーク(愛自転車の名前)
持ち上げるにはコツがある。その物の重心を知る事と、つま先を支点、自分の体重を力点に変え、腰を下ろす反動で、その物を持ち上げる。
「お、おいっ、何すんだよっ!?」
俺は、男に向けてシルバーシャークを振り下ろした。
ガシャンッ。
男は顔を両腕で守ったが、ペダルが顔に当たったのか擦り傷が出来ている。
俺は再びシルバーシャークに手をかけるが、男がそれを掴んでいたので、2、3度踏みつけ、指を引き剥がした。
「や、やめっ・・・」
俺はただ、無言で、真顔で、何度もシルバーシャークを振り下ろした。
男が動かなくなった頃には、シルバーシャークのカゴはひしゃげ、フレームもタイヤもひん曲がっていた。
通行人が集り、騒然となって、どこかしらからスマホのレンズが向けられる。
俺は、主人のわがままに付き合ってくれたシルバーシャークのペダルをもぎ取り、ポケットにねじ込むと、人混みをかきわけ丼屋に入った。
念願のピリ辛系親子丼とうどんセットを食べている間も、誰かのスマホのレンズが俺を映している。
ごちそうさまでした、と箸を置いて店を出ると、好奇の目に晒され、再びスマホを向けられる。
温厚な俺でもさすがに煩わしい。そう思って、普段鳴らせない指パッチンを試した。
初めて、小気味よい音が店外に響くと、向けられていたスマホが、一斉に爆発した。
手持ち花火のように綺麗だった。
俺は、悲鳴が飛び交う阿鼻叫喚の中、人差し指と中指を額にあて、瞬間移動でマンションに帰った。




