卒業式にビンタした相手が、二年半後に「プロポーズの返事を聞きに来た」とか言い出したんだけど
「あんたって本当に最低!!!」
バッチン!!
青空と、乾いた平手打ちの音。
それがあたしの卒業式の思い出だ。情緒も何もなくて笑える。
…嘘だ。
今、思い出しても腹が立つ。
学生時代、成績トップ争いをしていた忌々しい男の顔が浮かび、ギリギリと奥歯をかみしめた。
苛立ちを追い払うようにエールを飲み干す。
周りの男連中から「おお!!」という歓声が上がった。
「よく飲むな、アンナ。良いことがあったか?」
「こんな、しみったれた酒場でいいこともクソもないわよ」
「じゃあ、悪いことか?」
「それもない!毎日平和で嫌になるわ。暇すぎる~」
テーブルに突っ伏した。
魔獣を狩る仕事なんて暇な方が良いに決まってるんだけど、ストレスは溜まる一方だ。
「お前、根が乱暴者だからなぁ。暴れてねぇと死んじゃうんだよな。可哀想に」
「ちょっと、拝まないでよ。死んでないから!」
失礼な酒場のマスター、リカルドを睨みつける。
あちこちで「違いねぇ」なんて笑い声が聞こえてきた。
どこのどいつだ。覚えてろ。
全員見つけ出してボコボコにしてやる。
ギッとあたりを見回すと、わざとらしく視線をそらされた。
小心者どもめ。
「アンナはあんた達みたいなへなちょこ君たちと違うんだから、しょうがないわよ~」
背中にやわらかい感触が当たる。
良い匂い。
「エレン、これ見よがしに胸を自慢してくるのやめてよ」
「ふふふ、アンナはぺったんこだもんね~」
「うっさい!」
可愛い顔して嫌な女ね。
それでも酒場の歌姫エレンの登場で男どもがヒューヒューとうるさい。
「エレン、何か用があるんじゃないの?無いならあっちで囀ってなよ」
あっち行け。
手を振って追い払う。
「ひどーい。アンナと話したいっていうイケメン君を連れてきたのに~」
「はぁ?イケメンに心当たりなんてないんだけど?」
振り向くと、確かにその後ろに男が立っていた。
視界に入った瞬間、青筋が立つ。
「あんた!!」
「酷いな、アンナは俺のことを忘れちゃったのかい?」
忘れもしない思い出の男――アルフォンソ・ド・ローデン。
「忘れるか! つか、あたしだって忘れたいわ!!!」
「あははは、相変わらずだなぁ」
さわやかな笑顔がいけ好かない。
ぶん殴って、その顔をボコボコにしてやりたい。
「おっと、本当に全然変わらないな。手が早い」
……はっ!!
無意識に拳がヤツの顔に繰り出されていた。
やだ、怖い。
「なんで貴族のあんたが、こんな、しょぼい酒場にいるのよ。迷子? ださっ」
うん。殴ろうとしたことは無かったことにしよう。
貴族相手じゃ、どんな因縁を付けられるかわかったもんじゃない。
とにかく鼻で笑っておいた。
「アンナ。前から言ってるけど、一から十まで無礼だからね?」
ちっ…。
貴族ってのは本当に器が小せぇわね。
「うるさいな、何の用かって聞いてんだけど?答える気が無いなら帰ってよ」
さっさと追い払おう。
面倒くさそうだし、実際面倒くさいんだ。この男は。
「酷いな、散々探したんだよ?俺、ちゃんと返事を聞いてないもん」
良い年の男が「もん」とかいうな。
顔がいいだけで、「あり」になってるのが腹立たしい。
「返事って、なんのよ?」
卒業して二年半。
一度も顔を合わせていない。
「え、俺、プロポーズしたじゃん」
酒場の時間が、一瞬止まった。
「えええええ!!!!」
直後、蜂の巣をつついたような絶叫が響く。
あたしより驚くな、うるさい!
「はぁぁ?されてませんけど!?」
あたしの名誉に関わる爆弾発言だ。
断じてそんな覚えはない。
そこだけははっきりさせないと。
「え?卒業式の時にしたよね?」
卒業式というワードに、ビシっと青筋が立つ。
そうか、さっき「うっかり」思い出しちゃったのはこれのフラグか。
『君みたいな珍獣は貰い手がないだろうから、俺が飼ってあげるよ』
一字一句忘れない。
全身の血が沸騰した。
「まさかとは思うけど、最後のアレのことじゃないわよね?」
「なんだ、覚えてるじゃん。平手打ちで逃げるなんてずるくない?」
「普通!告って平手打ち食らったら、それは『お断り』って理解すんのよ!!」
アルフォンソ・ド・ローデン。
天才で鬼才。侯爵家の変わり者。
「普通?そんなの理解できるわけないじゃん」
けろりと悪びれずに近寄ってくる。
だんっ!!!
視界一杯にアルフォンソの綺麗な顔。
あたしの唇に息がかかる距離で、その目が細くなる。
「アンナに勝ち逃げされてる件がいくつもあるんだよね?」
「知らないわよ」
「嘘だ。アンナだって俺を忘れてない」
至近距離で睨むように視線が絡まった。
だから嫌なのよ、この男。
体の芯が熱くなる。
自分の感情のコントロールができなくなるこの感じ。
「だからって二年半も探し回るなんて、すでにあんたが負けてる証拠じゃない」
わざと勝ち誇ったように鼻で笑ってやる。
アルフォンソのこめかみがピクリと動いた。
ざまぁみろ。
捕まってしまった悔し紛れの言葉だと気づかれないように、ムカつく顔で笑ってやった。




