第1話:辺境の摩天楼計画
「聖様、大変です! 領都の入り口に、移住を希望する人たちの長蛇の列ができています!」
新年の静寂が明けた早朝。執務室に飛び込んできたリアナの叫び声で、俺の新年の仕事は幕を開けた。
屋敷の修繕と道路舗装が完了したことで、この辺境の地は「呪われた土地」から「世界で最も安全で快適な街」へと評価が180度転換したらしい。噂を聞きつけた商人や職人、そして家を失った難民たちが押し寄せているのだ。
「嬉しい悲鳴だが……今のままじゃ収容能力オーバーだな」
俺は【スキル:脳内BIM】を起動し、領地の俯瞰図を空間に投影した。
現状、平地の面積は限られている。横に広げれば農地を潰すことになるし、森を切り開くには時間がかかる。
「お嬢さん。これからは『横』じゃなく『縦』の時代だ」
「たて……? 上に向かって家を作るということですか?」
「ああ。『高層集合住宅』を建てる。それも、王都のどんな塔よりも高くて、住み心地の良いやつをな」
俺が指し示したのは、BIMモデル上に突如現れた十階建ての塔――現代建築で言うところの、中高層マンションだった。
「……正気ですの? 一ノ瀬様」
現場に現れた首席検査官のエレナが、眼鏡を指で押し上げながら呆れたように言った。
「石造りの建物を高くすれば、自重で下の階が押し潰されますわ。王宮の監視塔だって、魔法で補強しても五階が限界。それを十階……しかも、多くの人が住む集合住宅にするなんて。構造計算が破綻していますわ」
「魔法で支えようとするから無理が出るんだ、エレナ。今回は『鉄骨(魔導鋼)』と、しなやかに揺れを逃がす『ラーメン構造』を採用する」
俺がCAD図面を見せると、エレナは食い入るように図面を覗き込んできた。相変わらず距離が近い。彼女の甘い香りが鼻をくすぐるが、俺はプロとして解説を続ける。
「重い石を積み上げるんじゃない。強固な骨組みを作り、壁は軽い素材で仕上げる。これで荷重を大幅に軽減できる。だが……」
俺は図面の中心、空洞になっている「シャフト」部分を指差した。
「高層化するにあたって、避けて通れない問題がある。……『縦の動線』だ」
「たての……どうせん?」
リアナが首をかしげる。
「十階まで毎日階段で昇り降りさせるわけにはいかない。住人の満足度が下がるからな。そこで、これを作る。……『魔導エレベーター』だ」
その言葉が出た瞬間、周囲にいたドワーフやエルフの職人たちがざわついた。
「おいおいボス! エレベーターって、あの王族しか使えない『空間転移魔法』のことか? あれは一回の起動に魔石を山ほど使う、金食い虫だぜ!」
ガッツが驚いて声を上げる。
「いや、空間転移じゃない。物理的に箱を上下させる。それも、スライムの圧力と滑車の原理を組み合わせた、超低燃費・高効率の最新型だ」
俺は【スキル:原価管理】で弾き出した予算案を提示した。空間転移魔法の百分の一のコストで運用可能な、市民のための垂直輸送システム。
「そんなものが実現すれば……建築の概念そのものが、ひっくり返りますわ……」
エレナの瞳に、知的な興奮と情熱が宿る。
「さあ、着工だ! 今回の現場は『高所作業』がメインになる。親綱の点検を怠るなよ!」
俺の号令とともに、巨大な魔獣たちが動き出す。
今回、新たに「協力業者」として加わったのは、巨大なハサミを持つ『メタル・クラブ(金属蟹)』の群れだ。彼らは強靭なハサミで鋼材を掴み、ドラゴンの吐息で加熱した接合部を一気に「カシメる」鉄骨鳶兼、鍛冶工の役割を果たす。
「フィラ! ハーピー隊は上空からの監視と、ボルトの供給だ! 落下物を出したら即刻、作業中止だぞ!」
「オッケー、ボス! 完璧にホールドしてあげる!」
空にはハーピー、地上にはドワーフ、そして鉄骨の上には金属蟹。
見たこともない異様な、だが極めて機能的な現場が動き始めた。
俺は現場の隅に置かれた「仮設事務所」で、一人図面と格闘していた。
エレベーターの心臓部、スライム圧制御ユニットの設計……。
「……聖様、遅くまでお疲れ様です」
入り口からリアナが、湯気の立つスープを持って現れた。
「ああ、悪いな、リアナ。もうこんな時間か」
「いえ。聖様がこの街のために、こんなに難しいことに挑戦してくださっているんですもの。私にできることなんて、これくらいしか……」
リアナが俺の隣に座り、スープを机に置く。少しだけ、彼女の肩が俺の腕に触れた。
ふと見ると、彼女の指先には泥がついていた。
「お嬢さん、その手……。もしかして、現場の片付けを手伝ってたのか?」
「あ……。はい。聖様がいつもおっしゃる『4S』……少しでも、お役に立ちたくて」
領主である彼女が、自ら現場の掃除を。
その健気さに、俺の胸に温かいものが広がる。ブラック現場では、施主はいつも高い場所から文句を言うだけだった。
「……助かるよ。お前が綺麗にしてくれる現場なら、最高の建物が建つはずだ」
俺が彼女の頭を軽く撫でると、リアナは顔を真っ赤にして俯いた。
「……竣工したら、一番最初に、聖様と一緒にあのエレベーターに乗って、一番高い場所からこの街を見たいです」
「ああ。約束だ」
静かな夜の事務所。図面の上に落ちる二つの月影。
だが、その平穏を破るように、俺の【スキル:危機予知】が、激しい警告音を鳴らした。
「……なんだ? 地下から異様な振動が……」
俺は即座に【スキル:神の目】を地中に向ける。
そこには、エレベーターピットを掘削中のガッツたちが、意図せず「何か」に触れてしまった光景が映し出されていた。
「ボス! 大変だ! 穴の底から、とんでもねえ古代の魔力が噴き出してきたぞ!」
どうやら、高層建築の基礎工事は、この地の「眠れる歴史」を叩き起こしてしまったらしい。
今回の建築用語解説
• 容積率: 敷地面積に対する延べ床面積の割合。高く建てるにはこれの管理が重要。
• 動線: 人が建物内を移動する経路。高層建築では「垂直動線(エレベーター・階段)」の設計が鍵。
• ラーメン構造: 柱と梁を強力に接合(剛接合)した構造。近代建築の主流。
• ピット: エレベーターの最下部にある地下空間。メンテナンスや衝撃吸収のために必要。
• 揚重: 重い資材を上に持ち上げること。
・ドラゴンの吐息:小型ドラゴンによる炎のブレス。本作では、火気作業実施者の肩に乗り、相番工事を担ってくれている。
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