第2話 空飛ぶ重機と玉掛けの歌
「……ボスの言う通り、きっかり三メートルだ。岩盤にぶち当たったぜ!」
泥まみれの穴の中から、ガッツの野太い声が響く。
翌朝。現場には、昨日までの沈滞した空気は微塵もなかった。排水溝によって泥濘が引いた地面は引き締まり、ガッツ率いるドワーフ軍団が掘削した穴が、等間隔に整然と並んでいる。
「よし、ガッツ。支持層(岩盤)の確認完了だ。次は、この穴に『杭』を打ち込む」
俺――一ノ瀬 聖は、脳内のBIMデータと照らし合わせながら頷いた。
今回の地盤改良の要は、魔導石を練り込んだ特製の「石柱杭」だ。これを岩盤まで到達させ、建物の重さを直接支える。
だが、問題はその重量だ。一本につき、軽自動車一台分ほどの重さがある石柱を、狭い屋敷の周囲に正確に配置しなければならない。
「聖様、あちらをご覧ください! 呼び寄せた者たちが参りました!」
リアナが空を指差す。
バサバサと激しい羽音を立てて舞い降りてきたのは、半人半鳥の種族――ハーピーの一団だった。
「おっはよー! リアナ様、今日は何を運べばいいの? ……って、誰この人間?」
先頭に降り立ったのは、一際鮮やかな羽を持つ小柄な少女、フィラだ。
彼女たちはこの領地で「運び屋」を営んでいるが、気性が荒く、荷物を落とすことも多いため、重要な建築資材を任せるには不安があった。
「今日から現場の指揮を執る、一ノ瀬 聖だ。フィラ、お前たちには『クレーン』になってもらう」
「くれーん? よくわかんないけど、あの重い石を運べばいいんでしょ? 楽勝だよ!」
フィラが仲間たちと石柱に飛びつこうとする。俺は鋭く一喝した。
「待て! 手ぶらで吊り上げる気か。墜落事故を起こしたいのか?」
「なっ、何よ! 私たちの握力を馬鹿にしてるの!?」
「パワーの問題じゃねえ。『重心』の問題だ」
俺は魔法袋から、特注の頑丈なロープを取り出した。
前世で嫌というほど叩き込まれた、「玉掛け(たまかけ)」の知識。これを異世界の魔物たちに指導する。
「いいか、フィラ。石柱の重心を見極めろ。適当に掴めば荷が回る、あるいは滑り落ちる。このロープをこうして……『二点吊り』だ。吊り角度は六十度以内をキープしろ」
俺は【スキル:脳内CAD】で算出した最適な支点を、石柱の上に光のマークで表示する。
さらに、石柱の下部にはもう一本のロープを取り付けた。
「これは『介錯ロープ』だ。地上でドワーフがこれを引いて、振れを止める。空と地上、息を合わせろ。いいな?」
フィラたちは面食らっていた。今まで「ただ掴んで運ぶ」だけだった彼女たちにとって、重心計算に基づいた「玉掛け」は未知の概念だった。
「……なんか、難しそう。でも、このマークの通りに掴めばいいのね?」
「そうだ。ガッツ、下は任せたぞ!」
「おうよ! 野郎ども、ロープをしっかり握れ! ボスの合図を待て!」
俺は右手を高く突き上げた。
「揚重開始! 地切り(じぎり)、三十センチで一度止めろ!」
フィラたちが一斉に羽ばたく。
石柱がわずかに浮き上がった瞬間、俺は【スキル:神の目】で荷重のバランスを確認する。
「地切りヨシ! ゴーヘイ(巻き上げ)!」
フィラの歌声のような掛け声に合わせ、巨大な石柱がゆっくりと宙に浮いた。
普段ならグラグラと揺れるはずの荷が、二点吊りと介錯ロープによって、まるで魔法の絨毯のように安定している。
「すごーい! 全然揺れない! 歌いながらでも運べるよ!」
「余所見するな! 合図に集中しろ!」
俺の指示が飛ぶ。
フィラが空を舞い、地上のドワーフがロープを操る。
種族も性質も違う彼らが、一つの「重機」として完全に噛み合った瞬間だった。
「信じられません……。あんなに仲の悪かったドワーフとハーピーが、こんなに見事な連携を見せるなんて……」
傍で見守るリアナが、感動に声を震わせる。
現場監督の仕事は、ただ図面を引くことじゃない。異なるプロ同士を繋ぎ、一つの目的に向かわせる「指揮」だ。
「よし、定位置だ。スラー(ゆっくり下ろせ)! 建て入れ(垂直)確認するぞ!」
俺は下げ振り(重り)を使い、石柱が垂直に穴へ入るよう指示を出す。
一ミリの狂いも許さない。この杭が、リアナの、そして領民たちの未来を支える柱になるのだから。
次々と打ち込まれていく石柱杭。
太陽が傾く頃には、屋敷を囲むようにして二十本の杭が岩盤に到達していた。
「ふぅ……、今日はここまでだ。全工種、作業終了! 整理整頓をして解散!」
俺の声が現場に響く。
泥にまみれたドワーフたちと、羽を休めるハーピーたち。
彼らの顔には、今までにない「プロとしての達成感」が漂っていた。
「……ねえ、聖。あんた、意外とやるじゃない」
フィラが空から降りてきて、少し頬を赤らめながら俺の肩を叩いた。
「明日もこの『たまがけ』ってやつ、やってあげるわよ。特別にね!」
「ああ、頼りにしてるぞ。ただし、明日はもっとスピードを上げるからな」
「望むところだよ!」
フィラが笑い、ガッツが豪快に笑う。
現場事務所代わりに借りたテントに、リアナが温かい飲み物を持ってきてくれた。
「お疲れ様です、聖様。……あの、少しだけ、隣に座ってもいいですか?」
夜風に揺れる銀髪が、俺の腕に触れる。
前世の現場ではありえなかった、竣工前の穏やかな時間。
だが、俺の脳内工程表は、すでに次の難関を捉えていた。
「リアナ、明日はいよいよ屋敷の『ジャッキアップ』だ。一番の山場になるぞ」
「はい。……聖様となら、きっと乗り越えられます」
二つの月が、静かに現場を照らしていた。
異世界建築無双。
この街を、世界で一番頑丈で美しい街にする。俺の「大所長」としての魂が、静かに燃え上がっていた。
今回の建築用語解説
• 玉掛け(たまがけ): クレーンのフックに荷物を掛けたり外したりする作業。非常に危険を伴うため、現代では資格が必要。
• 重心: 荷物の重さのバランスが取れる中心点。ここを外すと荷が傾く。
• 介錯ロープ: 吊り荷が回転したり揺れたりするのを防ぐために、地上から引く補助ロープ。
• 地切り(じぎり): 荷を少しだけ浮かせ、安定を確認する動作。安全の鉄則。
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