第4話 利権の荒波と、港湾都市のグランドデザイン
「……何だ、あの艦隊は。まさか海賊か?」
主塔の第一節を吊り上げようとしたその時、ガッツが沖合を指差した。
マリーナの港を埋め尽くすように現れたのは、武装した数十足の大型帆船。その帆には、マリーナを影で支配する「海運ギルド」の紋章が刻まれていた。
「おーっほっほっほ! 景気良くやってるじゃないか、辺境の成金監督さんよ!」
先頭の船から現れたのは、全身を宝石で飾り立てた肥満体の男――ギルド長ドン・コレッリーノ。彼は不敵な笑みを浮かべ、俺の現場を見下ろした。
「一ノ瀬様、彼がこの街の『渡し舟』と『荷揚げ作業』を独占している男ですわ。橋ができれば彼の利権は文字通り『崩壊』します」
エレナが忌々しそうに資料を睨む。
「聖、あいつら『ここから先は俺たちの私有水域だ』って言って、資材運搬の船を全部止めてるわ! このままじゃ工事がストップしちゃう!」
フィラが空から焦った様子で降りてくる。
「所長、どうします? 物理的に排除しますか?」
ミーナが三叉槍を構えるが、俺はそれを手で制した。
「……いや、現場での小競り合いは『災害』の元だ。まずは交渉といこう」
俺は拡声魔法の筒を手に取り、海上のコレッリーノに呼びかけた。
「ギルド長、お取り込み中悪いが、そこは『揚重作業』の旋回範囲内だ。危険だから立ち入るな」
「ふん、屁理屈を! この海を汚す汚らわしい橋など認めん。橋ができることで失われる『港の伝統』……つまり俺の稼ぎをどうしてくれるんだ!」
「伝統ねぇ。……あんたの言う伝統ってのは、非効率な荷揚げで商人を待たせ、高い手数料をふんだくることか?」
俺は【スキル:脳内BIM・プロジェクション】を起動した。
空中に映し出されたのは、橋が完成した後の「マリーナ港・全体再開発図」だ。
「な、なんだこれは……!? 橋だけではないのか?」
コレッリーノが呆気に取られる。
「ただ橋を架けるだけじゃない。橋のたもとに『全自動魔導倉庫』と『大型コンテナターミナル』を併設する。橋の上を走る馬車と、下のドックが直結するんだ。荷揚げ時間は今の10分の1、流通量は50倍に跳ね上がる」
俺は図面の一部を拡大して見せた。そこには「海運ギルド専用・免税ビジネスゾーン」と大きく書かれている。
「あんたが今握りしめている小銭(渡し舟)を捨てれば、この街を世界一の貿易港にする『物流の鍵』を握れる。……古い利権を守って沈むか、新しいインフラに乗って王国の富を独占するか。どっちが『合理的』だ?」
「……っ、50倍だと……!? しかし、そんな巨大な港、建設費が……」
「そのために俺がいる。……だが、今すぐその邪魔な船をどかさないなら、工期遅延の損害賠償を請求させてもらう。……ガッツ、クレーンの準備を続けろ!」
「おうよ! ボス、いつでもいけるぜ!」
コレッリーノは、空中に浮かぶ「金と効率」の詰まった図面を、食い入るように見つめていた。欲深い男だからこそ、俺が提示した「未来の収益予測」の暴力には抗えない。
「……フン、面白い。その『ターミナル』というやつ、俺に運営を任せるというなら……道を開けてやらんでもない」
「話が早くて助かる。……よし、全員! 障害物撤去完了だ! 揚重開始!」
コレッリーノの艦隊が左右に割れ、道が開く。
そこへ、巨大な主塔の鋼材がゆっくりと運ばれていく。
「聖様……すごいですわ。力ではなく、『図面』で相手を黙らせるなんて」
リアナが感銘を受けたように俺を見つめる。
「所長、あんたやっぱり詐欺師に近いわね……。でも、嫌いじゃないわよ、その強引さ」
ミーナも呆れ顔で笑う。
俺は再びヘルメットを被り直し、空高くそびえる予定の主塔を見上げた。
敵は自然だけじゃない。人間の欲や古い慣習も、立派な「建築上の障害(障害物)」だ。それを一つずつ取り除き、最高のグランドデザインを描く。それが現場監督の仕事だ。
「よし、今夜はコレッリーノを交えて『工程会議(という名の宴会)』だ! ガッツ、肉を多めに焼いとけよ!」
港町の風が、少しだけ熱を帯びて吹き抜けた。
今回の建築用語解説
• 揚重: 重い資材や機材をクレーンなどで持ち上げ、所定の場所に運ぶ作業。
• 旋回範囲: クレーンのアームが動く円形の範囲。立ち入り禁止が鉄則。
• インフラ: 道路や港湾など、社会や経済を支える基盤施設。
• 損害賠償: 契約上の工期が遅れた際などに発生する金銭的補償。
• グランドデザイン: 全体的な構想や長期的計画。単体の建物だけでなく、街全体の設計を指すこともある。
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