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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第4章 紙の勝利と、消える子どもたち

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第98話 蒼光灯の死角と、木の床


 石の扉の隙間を抜けた瞬間、空気が変わった。


 街の匂いが切れる。

 代わりに、冷たい石と水と金属――そして、薄い“墨”の膜が喉の奥に張りつく。


(……広い)


 目の前は“部屋”というより、半分ダンジョンみたいな広間だった。

 天井が高い。柱が太い。石の床が妙に平らで、作りが古い。


 壁のところどころに、青い灯りが埋め込まれている。


 蒼光灯。


 炎のように揺れない。

 それなのに、見られている感じだけが強い。


 後ろで、扉が低い音を立てて動いた。


 閉まる。


 ユリシアの《サイレント・サークル》があるから、音は丸くなる。

 でも、耳じゃなく身体が分かる。石が動く振動。


「閉まるわね」


 ミリアが小声で言う。


 ロウがすぐに縄を取り出した。


「戻り道、残す」


 シルヴァが短く頷く。


「閉めさせるな。だが、開けっ放しも危険だ。――“ここ”を覚えろ」


 アメリアが俺を見た。


「レオン、匂いで“戻る印”つけられる?」


「……木があれば」


 言った瞬間、俺の鼻が拾った。


 この広間には石しかない。なのに――奥に、古い木の匂いがある。

 作業台か、板か、柵か。


「奥に木があります。そこまで行ければ」


「よし」


 アメリアは迷いがない。


「じゃあ先に、“今”の扉を残す」


 ミリアが杖先を床へ向けた。


「ライト・ピン」


 光の釘が一本、扉の脇の石の継ぎ目に刺さる。

 そこへロウが縄を通し、結び目を作る。


 縄の先を、アメリアが扉の縁に引っかけた。

 引っかける、じゃない。“噛ませる”。


 扉が閉まり切る前に、ほんの指一本分の隙間が残った。


「これで戻れる」


 ロウが低く言う。


「……ただし、誰かが気づいたら潰される」


「潰される前に終わらせる」


 アメリアが軽く肩を回す。軽い動きなのに、空気が締まる。


 ◇


 広間の床には、円が刻まれていた。


 墨の輪じゃない。石の溝。

 円の上に立つと、蒼光灯が一拍だけ明るくなる。


 ――見てる。


 俺は一歩、円の外側に足を置いた。


 蒼光灯が、ぴく、と光る。


 すぐに止めると、光も戻った。


「……反応する。揺れ」


 ミリアが囁く。


「音じゃなく、床の揺れを拾ってる」


 ユリシアが面倒そうに言う。


「古代の嫌なやつ。……静かでも意味ないタイプ」


 カイが靴底で石を確かめ、苦い顔をした。


「じゃあ“そっと歩く”だけじゃダメだ。揺らさない歩き方が必要」


 ロウが言った。


「線の上は踏まない。踏むなら、柱の近く。石が強い場所」


 シルヴァが俺を見る。


「匂いで分かるか」


「……石の粉の動きで分かります。揺れてる場所は、埃が落ちてる匂いが違う」


 自分で言って、変な答えだと思った。

 でも本当にそうだった。


 俺たちは柱沿いに、石の“硬い線”だけを踏んで進んだ。

 蒼光灯の光は、ほとんど動かない。


 ……ほとんど、だ。


 カイが一度だけ、足を滑らせた。


 小石が、ころ、と転がる。


 蒼光灯が一気に強くなる。

 広間の空気が、墨を吸ったみたいに重くなる。


(やばい)


 止まれ、というより――動くな。


 全員が、呼吸の浅さまで揃えて固まった。


 蒼光灯の青が、床の溝を走った。

 まるで“これ以上揺らすな”と脅すみたいに。


 その青が消えきる前に、俺は木粉をひとつまみ床へ落とした。


 石の上に、白い粉が薄く散る。


 墨の匂いが、一拍だけ怯む。


 蒼光灯の光が、ゆっくり戻った。


「……助かった」


 カイが唇だけ動かす。


 アメリアがカイの後頭部を、軽く指で弾いた。


「滑るな。死ぬぞ」


「はい……先輩」


 叱り方が軽いのに、背筋が伸びるのがアメリアの怖さだ。


 ◇


 奥へ行くほど、木の匂いが濃くなる。


 そして――子どもの汗の匂いも濃くなる。


「近い」


 俺が言うと、シルヴァが二本指を立てた。


 “追いつく”。

 “追い越すな”。


 角を曲がると、広間の奥に“木の床”があった。


 石の床の上に、板が敷かれている。

 仮設の作業場みたいな、粗い木の平台。


 そこだけ、蒼光灯の青が弱い。


 死角。


「……木の上は見えにくい」


 ミリアが目を細める。


「墨が嫌う。だから、古代の目も鈍るのね」


 木の平台の向こうに、作業台が並んでいた。

 陶器の瓶。布袋。黒い粉。水桶。――そして、紙束。


 写字房の匂いと同じ。

 でもここは“刷る”場所じゃなく、“仕込む”場所だ。


 子どもがいた。


 小さい背中が三つ。

 歩かされている。肩を押されている。


 大人は二人。革紐の匂い。金属。

 片方は欠けた月の印具を持っている。もう片方は黒い指先――“書く手”だ。


 子どもたちは木の床に乗せられ、そこから石の円へ誘導される。


 蒼光灯が、子どもが石に足を置くたび、一拍だけ強くなった。


「揺れで墨が荒れる」


 書く手の男が低い声で言う。


「だから“揺れの少ない体”が要る。……子どもがちょうどいい」


 もう一人の男が笑う。


「儀式も労働も、子どもは便利だ。軽いし、壊れにくいし」


 軽い、の言い方が吐き気を呼ぶ。


 ミリアの指が杖を強く握りそうになった。

 でも、息を吐いて抑える。刺を出さない。今は仕事。


 アメリアが、先に目で指示を出した。


 俺とミリアとロウとカイへ、一つずつ。


 ――“ここで奪う”。

 ただし、石の円の上ではやらない。


 木の床に引きずり込む。


 蒼光灯の死角で。


 ◇


 ユリシアが足元に金属片を滑らせた。


「サイレント・サークル」


 音が薄くなる。

 囁きが死ぬ。合図が通らない。


 ロウが縄を木の支柱に回す。

 逃げ道じゃない。戻り道の“手すり”を作る位置。


 ミリアが杖先を床へ向ける。


「ライト」


 淡い灯り。子どもの足元が見える程度。

 蒼光灯に喧嘩しない光。


 俺は木粉袋を開けた。

 床じゃなく、石の円の縁――“墨が走る溝”に落とす準備。


 アメリアが一歩、木の床へ出た。


 奉仕の人の顔じゃない。

 ギルド最強の先輩の顔でもない。


 街で育った、人間の顔だ。


「止まって」


 声は大きくない。

 でも“止まるべき”声の温度だった。


 子どもたちが、反射で足を止める。


 大人の一人が振り向き、眉をひそめる。


「……誰だ」


 その瞬間――アメリアが動いた。



 書く手の男の袖を、木の床の上へ引っかけて“引く”。


 袖が引かれた拍子に、男の体が半歩出る。

 木の床へ出た瞬間、蒼光灯の青が鈍る。


 死角に入った。


 アメリアはそこから、棒で男の胸元を“押した”。


 叩かない。殴らない。

 息の通り道をずらす押し方。


 男の息が詰まり、膝が落ちた。


 音はない。

 《サイレント・サークル》の中で、ただ体が落ちるだけ。


 もう一人の男が欠けた月の印具を持ち上げ、石の溝へ押し当てようとする。


 ――扉を閉じる気だ。


 俺は木粉を溝へ叩きつけた。


 白が黒を噛む。

 溝の匂いが鈍り、印具の匂いが“滑る”。


「っ……!」


 男が舌打ちし、剣を抜いた。


 ここで剣を振ると、蒼光灯が反応する。

 石が揺れる。墨が荒れる。子どもが巻き込まれる。


 でも男は、焦っていた。


 焦るほど、動きが雑になる。


 剣が木の床の縁に当たり、板がきし、と鳴った。


 蒼光灯が一拍だけ強くなる。


(来る)


 墨の膜が、石の溝の中でうごめいた。

 “揺れ”を餌にして、立ち上がろうとする匂い。


 ミリアが即座に釘を打った。


「ライト・ピン!」


 光の釘が、木の床の縁に刺さる。

 板の“きしみ”を縫う。揺れを止める釘。


 蒼光灯の青が、ぎりぎりで落ち着いた。


 男が驚いた顔をする。


「……何だ、その術――」


 答える暇はない。


 ロウの縄が男の足へ絡む。

 足首じゃなく、膝の上。動きの芯を殺す位置。


 カイが石灰を木の床へ撒いた。

 滑らせるためじゃない。足音と揺れを吸うためだ。


 男の踏み込みが鈍る。


 その瞬間、俺が前に出た。


 剣を抜かない。

 抜けば余計な揺れが出る。


 男の剣の軌道だけを“ずらす”。

 手首を掴むんじゃない。肘を押して、肩の向きを変える。


 剣が空を切る。


 男の体勢が崩れ、木の床へ倒れ込んだ。


 蒼光灯の青が、反応しない。


 ――木の上だから。


 アメリアが男の背中に足を乗せて、淡々と言った。


「街の下で剣振るな。新人が死ぬ」


 ロウが縄を締め直し、カイが印具を奪って布で包む。


「欠けた月、没収。ごめんね」


「ごめんね言うな」


 アメリアが即ツッコミを入れた。

 それだけで、変に肩の力が抜ける。


 ◇


 子どもたちは固まっていた。


 声が出ない。

 でも目が、助けを理解している。


 ミリアがしゃがんで、できるだけ柔らかい声で言う。


「立って。……怖いよね。でも、今、動ける」


 子どもは一人、足が震えて石の円に半歩かけていた。


 蒼光灯が一拍だけ強くなる。


 俺はすぐに木片――木の床の端から剥がれた小さな欠片を拾って、子どもの手に乗せた。


「これ、握って」


 子どもは一拍遅れて、木片を掴んだ。


 掴んだ瞬間、墨の匂いが薄くなる。

 子どもの呼吸が、ほんの少しだけ戻る。


「……よし」


 ミリアが頷き、ロウが縄の“手すり”を子どもの手に渡す。


「ここを掴め。足元は俺が言う」


 カイが後ろから、石灰の袋を抱えて言った。


「落ちても大丈夫なように、白くしておく」


 言い方が軽いのに、手は震えていない。

 こういうときのカイは頼りになる。


 シルヴァが周囲を見て、低く言った。


「戻る。“扉の存在”を残すのが先だ。……中に入り過ぎるな」


 もっと奥へ行きたい匂いがある。

 でも今は三人を連れている。


 俺たちは木の床の上を戻り始めた。


 ◇


 背後で、墨の匂いが動いた。


 石の溝の中で、黒が“戻ろう”としている。

 さっきの揺れの残りを拾って、形を整えようとしている。


 蒼光灯の青が、じわりと強くなる。


「……やばい」


 カイが小声で言う。


 ユリシアが面倒そうに舌打ちした。


「……面倒。墨、起きた」


 ミリアが杖を握り直す。


 でもここで派手な術は使えない。

 光が大きいと、蒼光灯がもっと反応する。


 アメリアが振り返って、息だけで笑った。


「起きるなら、起こす方向を変える」


 彼女は木の床の端から、もう一枚、板を引き剥がした。

 木の匂いが強くなる。


 それを、石の溝の上へ“そっと”置く。


 墨が、嫌がるみたいに引いた。


 青が、戻る。


 その瞬間――


 ちいさな影が、石の溝の端に現れた。


 四本足。短い尻尾。

 黒い犬の影。


 影は墨の溝へ鼻先を寄せ、ぺろり、と一舐めした。


 黒が薄くなる。

 蒼光灯の青が落ち着く。


 影は何事もなかったみたいに、すっと消えた。


 全員が、言葉を失った。


 怖い。

 でも、助かった。


 どっちなのか分からないのが、一番怖い。


 シルヴァが低い声で言った。


「……回収、か」


 アメリアが子どもたちの背を軽く押した。


「今は考えない。戻る」


 ◇


 扉の手前まで戻ったとき、ロウが足元で何かを拾った。


 小さな金属の輪。指輪。


 片面に、貴族の紋。

 もう片面に――見覚えのある刻印。


 ミリアが眉を寄せる。


「……それ、何」


 シルヴァが指輪を受け取り、目を細めた。


 表情が、一段だけ硬くなる。


「ギルドの……内部章だ」


 内部章。

 つまり“外に出すな”の印。


 ここでそれが落ちているということは――


 偶然じゃない。


 俺の鼻が、扉の向こう――もっと奥の匂いを拾った。


 紙の匂いじゃない。

 インクでもない。


 人の匂い。

 そして、よく知っている“ギルドの部屋”の匂い。


 シルヴァが短く言った。


「出る。今夜は“残す”が勝ちだ」


 アメリアが頷く。


「三人連れて帰る。先輩の仕事」


 ミリアが子どもの手をしっかり握る。


「帰ったら、名前を聞く。……明日、って言葉を守る」


 俺は扉の隙間――最初に作った“指一本の戻り道”を見た。


 戻れる。

 戻れたら、次は潰す側じゃなく、潰されない形で踏み込める。


 蒼光灯の青が、背中を見ている気がした。


 でも今は、見られてもいい。


 ――扉の存在を、残したから。


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