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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第4章 紙の勝利と、消える子どもたち

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第97話 蒼光灯の匂いと、鍵のない扉

 染物屋裏で見つけた二人の子どもは、詰所に戻した。


 布を被せていた籠の中で、ずっと息を止めていた子たちだ。

 地上に出た瞬間、二人とも咳き込んだ。煙じゃない。怖さを吐き出す咳。


「水を」


 ミリアが言うと、騎士がすぐに水袋を差し出した。


 子どもは水を飲むのが下手だった。喉がこわばっている。

 それでも、飲めた。飲めるということは、生きて戻ってるということだ。


 治療師が二人を連れていく。肩に毛布をかけながら、淡々とした声で言った。


「今夜は寝かせます。名前は……明日、聞けばいい」


 その言葉が、妙に救いだった。

 今すぐ全部を取り戻せない。でも、“明日”という言葉は残る。


 詰所の外では、まだ鐘が鳴っていた。写字房の火が遠くの空を赤く染めている。

 でも――火そのものは、思ったより広がっていなかった。


 見上げると、屋根の向こうに巨大な水の膜が見えた。


 雨じゃない。壁だ。

 夜空に立つ、透明な滝みたいな“幕”。


「……アクア・カーテン」


 カイがぽつりと言う。


 詰所の壁際に、見慣れない魔法使いが立っていた。

 背は高く、外套の縁に銀糸。杖が一本。動きが無駄に少ない。


 騎士団の紋章をつけた、たぶんBかAの術者だ。


 その人が指を軽く払うたび、上空の水の幕が揺れて、火の粉を飲み込んでいく。

 水が落ちる音はない。落ちないように“吊ってる”。


 ミリアが、ほんの少しだけ目を細めた。


(あれが……上の魔法)


 派手なのに、乱暴じゃない。

 広いのに、無駄がない。


 俺がぼんやり見ていると、アメリアが俺の肩を指でつついた。


「見惚れるの、あと」


「……はい」


「ミリアも。今は“やること”」


 アメリアの声は軽い。

 でも“先輩の声”は、みんなをちゃんと戻す。


 シルヴァが帳面を開いた。火に照らされて紙が赤くなる。


「子、五。今夜、前室」


 ロウが短く言った。


「二人は救出。井戸で“列”は止めた。……残り、三」


 残り三。


 数字にすると簡単だ。

 でも、その三人は“それぞれの三人”だ。


 ミリアが杖を握り直した。


「次の線、どこ?」


 シルヴァが俺を見る。


 俺は息を吸った。


 街の匂いは騒がしい。火の匂い、汗の匂い、水の匂い。

 その中に、冷たい湿気が一本だけ混ざっている。霧紺の洞に似た湿り気。


 そして――蝋でも紙でも油でもない、古い石の匂い。


(……こっち)


「北側の排水路。……でも、表じゃない。下です」


 アメリアが頷く。


「じゃ、行こ。大人数は目立つ。少人数で“折る”」


 シルヴァも頷き返す。


「ユリシア、路地の音を落とせるか」


 ユリシアは眠そうな目で、すでに金属片を摘まんでいた。


「できる。……私、今夜わりと起きてる」


 珍しい自己申告だった。


 ◇


 北側の排水路は、石畳の隙間が冷たかった。


 火事の騒ぎが遠のくほど、街の音が薄くなる。

 代わりに、地下の音が近づく。水の落ちる音。遠い足音。金具の擦れる音。


 路地の奥に、古い水門があった。


 表向きは閉鎖。木板が打ち付けられ、錆びた鎖が巻かれている。

 でも匂いは、そこから出入りしている匂いだった。


「ここ、最近開けてる」


 ロウが鎖を見て言う。


「錆が新しい。付け直して隠してる」


 カイが苦い顔をする。


「“隠すのが上手い人”がいるね。紙の人たち」


 アメリアが鎖に手をかけた。


「開けるよ。音出さない」


 彼女は今日、武器を変えていた。


 短い棒でも小剣でもない。

 手の甲に巻いた薄い革と、小さなフック。――鍵穴をこじるための道具だ。


 街の中で“最強”って、こういうことなんだと思う。

 強いだけじゃなくて、街の仕組みを知っている。


 ユリシアが金属片を石畳に滑らせる。


「サイレント・サークル」


 路地の音が落ちた。


 遠くの鐘は聞こえるのに、鎖の擦れる音だけが消える。

 音の世界だけ、布を被せたみたいに静かになる。


 アメリアが鎖を外し、木板を持ち上げる。

 扉が開いた。


 冷気が、顔を撫でた。


 洞の湿気。霧の匂い。青黒い石。

 霧紺の洞の入口で嗅いだ匂いと同じ系統が、街の下から上がってくる。


「……繋がってる」


 ミリアが低く言った。


 シルヴァが短く答える。


「街と洞が繋がるのは、最悪の形だ。だが、現実だ」


 俺たちは階段を降りた。


 ◇


 地下は暗い。けれど真っ暗じゃない。


 壁のところどころに、淡い青の灯りがある。

 火みたいに揺れない。油でもない。蝋でもない。


 石の中に沈んだ、青。


 ――蒼い灯。


「蒼光灯……」


 ミリアが小声で呟いた。


 俺も、鼻で息をした。


(匂いが、違う)


 油も紙もない。

 古い石と水と、少しの金属。そこに“黒”が混ざっている。


 黒が、ここでは“薄い膜”みたいに漂っていた。

 糸でも輪でもなく、空気の層として。


 カイが声を落とす。


「ここ、ダンジョンみたいだね」


「ダンジョンより嫌な感じ」


 ロウが言う。


 嫌な感じ。

 それは俺も同意だった。鼻の奥がずっと危険信号を鳴らしている。


 先へ進むと、道が分岐した。


 でも分岐の形が、街の下水じゃない。

 ちゃんと“作られた通路”の分岐だ。古代の施設みたいな直線。


 その角に、印があった。


 三本線。


 ……またか、と思った。


 でも、今回は“子どもの木片”じゃない。

 石に刻まれた、古い刻みだ。道案内というより“部屋の区画”。


 シルヴァが壁に指を当てる。


「前室の手前は区画で分けられている。……古代の封印施設の作りだな」


 ミリアが目を細めた。


「だから“前室”って書いてあったのね。いきなり本丸に行かせないための“間”」


 俺は鼻で匂いを追った。


 子どもの汗の匂い。革紐。布。

 そして“欠けた月”の金属臭。


「右です。……急いでます。息が浅い」


 アメリアが頷く。


「じゃ、追いつく。ただし、見つからないように」


 言いながら、彼女はフックをしまって、指に薄い革紐を巻き直した。

 今度は“引っかける”より、“止める”ための準備だ。


 ◇


 角を二つ曲がったところで、俺は足を止めた。


 匂いが、急に濃くなる。

 子どもの汗。泣きそうな匂い。薬草。――それから、墨の匂い。


(近い)


 ミリアが俺の肩越しに覗く。


「いる?」


「……います。三人。籠じゃない。歩かせてる」


 歩かせてる。

 つまり、近い場所に“扉”がある。籠のままじゃ通れない通路。


 ユリシアが小さく言った。


「音、拾う。……足、六。大人、二。子ども、三」


 大人二。子ども三。

 帳面の残りが、ここにいる。


 シルヴァが指を二本立てた。


 “追い越すな”。

 “追いつけ”。

 そして――“扉を見ろ”。


 俺たちは壁に沿って進み、角の影から覗いた。


 通路の先に、石の扉があった。


 扉は大きい。街の下水にある木扉じゃない。

 石の板。継ぎ目がない。だからこそ、怖い。


 扉の前には蒼光灯が二つ。

 青い光が、床の模様を浮かび上がらせている。


 床の模様は――円。


 満ちた輪。

 でも“墨”の輪じゃない。“石に刻んだ輪”だ。


 そして扉の横、低い位置に欠けた月の印が打ち込まれていた。


(両方……)


 欠けた月と満ちた輪。

 合わせて扉を開ける仕組み。


 運び役の男が、子どもたちの肩を押した。


「声を出すな。蒼光灯が聞く」


 蒼光灯が聞く。

 灯りが“見張り”をしている言い方だ。


 子どもは声を出さない。出せない。

 でも足が震えている。足首の震えは音になる。


 その瞬間、蒼光灯の青が一拍だけ強くなった。


 見ている。


 アメリアの目が細くなる。


「……灯りがセンサーか」


 ミリアが囁く。


「なら、音じゃなく“揺れ”を見てる可能性がある」


 ユリシアが面倒そうに言った。


「……わりと古代。やだ」


 運び役が欠けた月の印具を取り出し、床の欠けた部分に当てた。

 すると、石の輪が淡く光って、扉の継ぎ目が“ある”ように見えた。


 扉が開く。


 隙間から、冷たい空気が流れ出る。

 街の下なのに、洞の奥みたいに広い匂い。


 俺の鼻の奥が、痛いくらい鳴った。


(……広い。これ、下水じゃない)


 広い場所へ繋がっている。

 古井戸のときとも違う。霧紺の洞の入口とも違う。


 もっと“向こう側”だ。


 運び役が子どもを押して中へ入れる。


 子どもが一人、足をもつらせた。


 声は出さない。

 でも、息が漏れた。


 蒼光灯の青が、また一拍だけ強くなる。


 運び役が舌打ちした。


「……余計な揺れを出すな。墨が荒れる」


 墨が荒れる。


 言葉の意味が、冷たく背中を撫でた。

 子どもが揺れると、墨が荒れる。だから子どもが必要。


 ミリアが唇を噛む。


「……儀式と労働。どっちにも使ってる」


 アメリアが、ほんの少しだけ呼吸を深くした。


「三人、今入る。ここで奪う?」


 シルヴァが即答しない。


 奪えば救える。

 でも、扉の向こうが分からないまま突っ込めば、全員が閉じ込められる。


 ――俺は匂いを嗅いだ。


 扉の向こうから、薬草の匂いがする。

 治療の匂いじゃない。眠らせる匂い。


 それに混じって、木の匂いが……ほんの少しだけした。


(木?)


 古い木。

 ここの通路に木はほとんどないのに、向こうに木がある。作業台か、柵か。


 木があるなら、勝ち筋がある。


 俺が小声で言った。


「……奪うなら、今じゃなく“向こうの木のところ”の方がいいです。

 ここは蒼光灯に見られてます」


 アメリアが、俺を一瞬だけ見た。


「分かった。レオンの鼻を信じる」


 ミリアが頷く。


「私も。釘はここで使わない。向こうで“帰り道”を縫う」


 ロウが縄を指で確かめた。


「扉の外側に線を残す。閉じられても戻れるように」


 カイが、なぜか笑いそうな顔をして、やめた。


「……怖いけど、いい作戦」


 ユリシアが金属片を握り直す。


「サイレント・サークル、維持する。……中、音が変ならすぐ言って」


 シルヴァが最後に言った。


「行く。追跡。救出は“中”でやる。

 ……そして、扉の存在を残す」


 俺たちは扉へ近づいた。


 蒼光灯の青が、俺たちを舐めるように照らした。

 胸の奥が、ぞわ、と冷える。


 扉の隙間の向こう――


 広い空間の匂い。

 黒い墨の匂い。

 そして、犬の毛みたいな影の匂いが、ほんの一瞬だけ混ざった。


 見上げると、蒼光灯の影の端に、小さな影がいた気がした。


 四本足。

 尻尾の形。


 でも、瞬きをしたらもういない。


 見間違いだろう。

 そう思うことにして、俺は扉の中へ足を踏み入れた。


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