表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第4章 紙の勝利と、消える子どもたち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/132

第91話 鉄札の命令と、三つ目の出口

 夜が来る前に、城塞の鍛冶場へ呼ばれた。


 炉の熱は、ヴァルターの厨房とは違う。

 腹を満たす熱じゃない。――「決めたこと」を曲げない熱だ。


 赤い鉄板の上に、騎士団の鍛冶師がたがねを当てる。

 カン、と乾いた音。火花が跳ね、黒い煤が空気に舞う。


「紙は燃える。墨は染みる」


 ガレスが横で、短く言った。


「だから、命令は鉄に刻む。燃やせない形で残す」


 鉄板には、まだ途中の文字が並んでいた。

 揃っていない。綺麗でもない。けれど、綺麗に“整え直す”には面倒すぎる文字だ。


 ――城塞騎士団 命令

 ――未成年者保護

 ――監察部門の介入は拒否

 ――現場指揮:副官ガレス

 ――協力:冒険者ギルド(指揮補助シルヴァ)


 ミリアが、息を吐いた。


「……やっと、紙じゃない命令が来た」


「遅いくらいだ」


 シルヴァはそう言ったが、顔は笑っていなかった。

 遅いぶん、向こうの段取りが進んでいる。


 ユリシアは鉄板を一瞥して、眠そうに言う。


「音は要る。これは残す音」


 鍛冶師が最後の一打を入れる。

 鉄板の文字が、熱の中で黒く沈んだ。


 俺の鼻には、煤と鉄の匂いしか入らない。

 それが、今夜はありがたかった。


 ◇


 夕方、ギルドの裏口に戻ると、ノーラが待っていた。


 肩の固定具はまだ残っている。盾もない。

 それでも彼女は、裏庭の土を踏む足の置き方が妙に静かだった。


「三つ目」


 ノーラはいきなり言った。前置きがない。線の声だ。


「出口、三つ目がある。……噂が揃った」


「どこ」


 ロウが聞くと、ノーラは一息で答えた。


「東の染物屋そめものやの裏。排水の水門。

 灰袋を担いだ影が、教会裏からそこへ入ったって」


 ミリアが目を細める。


「袋小路、教会裏、染物屋の水門……三本線」


 医務室の木片に刻まれた線と一致する。


 アメリアが短く言った。


「逃げ道を三つ用意して、どれかが潰れても回る。……段取り好き」


「段取りが好きなら、段取りを折る」


 シルヴァが言って、ガレスへ視線を投げた。


 ガレスは頷く。


「騎士団で線を作る。袋小路と教会裏は押さえる。

 染物屋裏は――バルド、お前が見ろ」


「俺かよ」


 バルドが悪態をついたが、拒否はしなかった。


「Cが街の水門なんて……」


「お前、外側だけ見る役だ。深追いはするな」


 シルヴァが釘を刺すと、バルドは舌打ちして腕を組む。


「規定は守る。……が、角は見る」


 言い終えてから、また嫌そうな顔をした。

 自分の台詞になってるのが腹立つらしい。


 ◇


 夜。


 ユリシアが、袋小路の手前に金属片を三枚置く。

 指先で位置を決め、淡々と唱える。


「サイレント・サークル」


 世界の耳が鈍くなる。

 遠い音が薄れ、代わりに自分の血の流れがやけにうるさい。


 木箱をずらし、鉄の輪を出し、黒鍵を差し込む。


 がちゃり。


 地下の湿気が吐き出される。

 灰と石と――薬草。


 俺たちは息を止めずに降りた。

 止めると、逆に音になる。


 最初の空間は、前より散らかっていた。

 灰袋の山が崩れ、臼の周りに粉が多い。作業が急いでいる。


 ロウが床を指でなぞる。


「裸足の跡……新しい。数も増えてる」


 ミリアが杖先に、淡い灯りをつけた。最小の光。

 影が増えない、必要な分だけ。


 例の鉄扉へ。


 俺は本物の印具――欠けた月を、扉の面に押し当てた。


 沈む。


 内側で外れる音。扉がずれる。


 開く。


 ◇


 臼の部屋は、空だった。


 昨日の子どもたちの目がいた場所に、目がいない。

 臼だけが並んで、杵が転がり、粉がまだ湿っている。


 息の跡だけが残っていた。


 ミリアが、低く言った。


「……移した」


 カイが臼に触れようとして、やめた。


「温い。さっきまで回してた」


 アメリアの金属棍が、半分だけ伸びる。

 叩くためじゃない。距離を測るための長さ。


「どっち」


 彼女が視線で示すと、部屋の奥に小さな扉があった。

 昨日、監督役が退いた方だ。


 俺の鼻が、そっちへ引っ張られる。


(……甘い汗)


 薄い。けれど、確実に続いている。


 扉の取っ手に触れた瞬間、黒い糸が床から生えた。


 糸というより、濡れた線。

 狙いは喉じゃない。足首。


 転ばせる。音を出させる。人を呼ぶ。

 地下でも地上でも、段取りは同じだ。


「ライト・ピン!」


 ミリアが床へ釘を打つ。一本、二本。進路を縫う。


 糸は薄くなって釘の間を探す。

 ロウの縄が、糸の“根元”へ短く叩き込まれる。


 黒がよれる。


 その一拍で、アメリアの棍が走った。


 潰さない。叩かない。

 線を弾いて壁へ流す。


 黒い糸が散って粉になり、床へ落ちる。


 カイが石灰を撒いた。

 白が黒を噛んで、粉が縮む。


 俺は削り屑を重ねる。

 木の粉が黒を嫌がらせる。芯が見える。


 短剣の柄で、芯だけ潰す。


 黒は汚れに戻った。


 ミリアが短く息を吐く。


「……行ける」


 ◇


 奥の扉を開けると、狭い通路だった。


 石の湿気が強い。

 下水の匂い。灰の匂い。――そして薬草が、線みたいに続く。


 通路の先に、人の気配。


 足音が複数。軽い。裸足に近い足音。

 その周りを、革靴の音が囲っている。


 子どもたちを運んでいる。


「止める」


 シルヴァが低く言った。


「音は出すな。声も出すな。最短で切る」


 ロウが先に出る。縄を短く、低く。

 カイは壁際に貼り付く。

 ミリアは杖を握り、アメリアは棍を縮めた。狭いからだ。


 角を曲がると、列が見えた。


 子どもが五、六人。縄で繋がれてはいない。

 でも、歩き方が揃っている。揃えられている。


 その後ろに、監督役。昨日の男じゃない。別の男。

 欠けた月の印を持つ手が見える。指輪じゃない。印具だ。


「……予定より早い」


 監督役がぼそりと漏らす。


 その瞬間、アメリアが動いた。


 棍が伸びる。音が出ない。

 伸びた先が、監督役の手首の“少し先”を叩いた。


 叩いたというより、ずらした。


 印具が落ちる。


 落ちる音が出る前に、ロウの縄が印具を拾う形で巻き取った。

 綺麗な手順。音が残らない。


 監督役が目を見開き――黒い線を床へ走らせた。


 今度は糸じゃない。輪だ。薄い輪。

 輪が床を舐め、足元を撫で、子どもの足を止める。


「動くな」


 監督役の声が、子どもたちに刺さる。


 子どもたちの肩が一斉にすくむ。

 命令が染みついている。


 ミリアが、いつもより低い声で唱えた。


「ライト・ピン!」


 釘が輪の縁を縫う。輪が一瞬だけ揺れる。


 でも輪は薄くなって、釘の隙間から抜けようとする。

 命令は、抜け道を探すのが上手い。


 カイが石灰を叩きつける。白が黒を噛む。輪が鈍る。


 俺が削り屑を重ねる。

 木の粉が、輪の“輪郭”を嫌がらせる。


 輪の芯が見えた。


(そこだ)


 短剣は抜かない。

 足で踏み込んで、柄で押し潰す。


 輪がほどける。床の黒が、ただの汚れになって落ちた。


 監督役の目が、俺に向く。


「……鼻のやつか」


 名前じゃない。役割で呼ぶ。

 役割に押し込めば、紙にしやすい。


 アメリアが、監督役の視線を横から切った。


「見てる場合じゃないよ」


 棍が再び走る。今度は腕じゃない。膝。


 倒すんじゃない。立てなくする。

 監督役がよろけた瞬間、ロウの縄が手首を取る。関節じゃない位置で。


 声が出る前に、口元へカイの布が当たった。

 汚い布だ。灰の匂いがする。


 監督役の目が、さらに見開く。

 嫌がる匂いを嗅がされてる目だ。


 ミリアが子どもたちへ言った。柔らかくしようとした声。


「歩ける? ――歩ける子は、前へ」


 返事がない。

 でも一人、指が震えて、薬草の匂いの方向を指した。


 通路の先。水の匂い。


 水門だ。


「染物屋裏へ繋がってる」


 ロウが短く言う。


 ここで止めないと、地上の出口へ流される。


 シルヴァが低く言った。


「前へ。子どもを挟むな。左右で守れ」


 俺たちは子どもたちの前後へ入った。

 盾はいない。ノーラはいない。だから“体で線を作る”。


 そのとき、背後の暗がりで、影が一つ動いた。


 犬みたいな影。

 でも確かめる暇はない。


 水の音が近づく。

 湿った空気が濃くなる。


 ――そして、通路の先が明るくなった。


 上からの灯り。地上が近い。


 バルドの声が、低く響いた。


「止まれ!」


 染物屋裏の水門の向こう。

 外側の線が、ちゃんと引かれていた。


 子どもたちが、そこで初めて動きを止めた。

 止められたんじゃない。止まった。


 線があると、人は止まれる。


 監督役が呻き、口元の布の下で何かを噛んだ。

 黒い匂いが強くなる。


 ――自分の歯で、何かを割る匂い。


(まずい)


 俺が息を吸った瞬間、アメリアが棍の先で監督役の顎を軽く叩いた。


 強くない。折らない。

 でも噛めない角度にするには十分だった。


 監督役の目が、憎しみで滲む。


 その目の奥に、焦りがあった。


「……扉は、もう一つあるぞ」


 布の下で、かすれた声。


「欠けた月だけじゃない。満ちた輪が――」


 そこまで言って、言葉が途切れた。


 通路の隅で、小さな影が並んだ気がした。

 犬の影が、落ちた黒い汚れに鼻を寄せた、気がした。


 そして次の瞬間には、何もいなかった。


 ◇


 地上へ出ると、夜の空気がやけに軽かった。


 子どもたちは騎士団の毛布に包まれ、城塞へ運ばれていく。

 誰も声を出さない。出せない子もいる。けれど足は動いている。


 ミリアが、息を吐いた。


「……出せた」


「出せた“分”はな」


 シルヴァの声は低いままだ。


 まだ奥がある。

 まだ臼の音が残っている場所がある。


 バルドが、子どもたちの列を一瞬だけ見て、顔をしかめた。


「……クソ。こんな仕事、Fに回して平気な顔してる連中がいるのかよ」


 言い終えて、舌打ちした。自分の言葉に腹が立ったみたいに。


 俺は、掌の中の欠けた月の印具を握り直した。


 冷たい。重い。

 そして、薬草の匂いがまだ薄く残っている。


 今夜、止められた線が一つ。

 でも監督役の言葉が残した線も一つ。


 欠けた月だけじゃない。

 満ちた輪。


 紙の上に浮いた、もう一つの印。


 地下の扉は、まだ終わっていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ