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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第4章 紙の勝利と、消える子どもたち

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第85話 黒鍵と、欠けた印

 

 ヴァルターの厨房は、夜でも火が落ちていなかった。

 湯気と塩気の匂いが、紙の気配を追い払ってくれる。


 隅の椅子に縛られた運び屋は、目を伏せたまま黙っている。

 黙り方が、強がりというより「言えることが少ない」黙り方だった。


「開けて、中を見た」


 シルヴァが言った。声は抑えているのに、言葉の端が硬い。


「灰袋の溜まり場。道具。裸足の跡。……扉の向こうの“音”」


 ミリアが短く頷く。


「子どもがいる。たぶん“手”として」


 ロウが運び屋を見る。


「二つ目の鍵は、誰が持ってる」


 運び屋は答えない。

 代わりに、視線だけが一瞬だけ揺れた。


 ――厨房の壁。

 火の光が当たる、黒い鍋の縁。


 熱いものを見たときの目だ。


「鍵じゃない」


 俺がぽつりと言うと、全員の視線がこっちへ寄った。


「二つ目の鍵穴、鍵の匂いが薄い。油と鉄の匂いが違う。

 ……あれは“差し込むもの”じゃなく、“押しつけるもの”に近い」


 ミリアの眉が寄る。


「印章」


 シルヴァが小さく息を吐いた。


「だから“封鎖完了”の墨を扉に塗ってる。見せるための封鎖。

 開けるための封鎖。……面倒な扉だな」


 アメリアが手鉤をテーブルに置いた。

 今日の彼女は武器が軽い。けれど目は軽くない。


「じゃあさ。鍵だけ取っても開かない?」


「開けられないかもしれない」


 ロウが淡々と言う。


「でも“鍵を持ってるやつ”に触れられれば、印章の所在も見える」


 ミリアが少しだけ口角を上げた。


「つまり、今日やるのは――扉を破ることじゃなく、持ち物検査ね」


 ヴァルターが鍋をかき混ぜながら言った。


「検査は飯の前にしろ。腹が空いてると雑になる」


 雑になる、は今の街で一番怖い言葉だった。


 ◇


 夜、袋小路の手前に集まったのは、俺たちだけじゃなかった。


「……おい。なんで俺が“壁の前”なんだよ」


 低い声で悪態をついたのは、バルドだ。

 Cランクのくせに、今日は鎧も剣も控えめ。目立たない格好をしている。


「規定は守る。だが、外は見る。……ってやつだ」


 シルヴァが短く言う。


 バルドは舌打ちした。


「面倒な仕事の割に、説明が雑だ」


「雑にすると死ぬ」


 ミリアが即答すると、バルドは黙った。

 黙り方が、嫌そうなのにちゃんと聞いてる黙り方。


 袋小路の入口、通りの向こう側。

 そこに、黒い外套の女が立った。


 城塞魔術師団――“Bランク相当”の魔導士だと、シルヴァが言っていた。

 名前はユリシア。目元が眠そうなのに、動きに無駄がない。


「……音、落とすわよ」

 ユリシアは地面に薄い金属片を三枚置いた。紙じゃない。

 指で叩くと、金属が乾いた音を返す。


「サイレンス・サークル」


 光は派手じゃない。

 ただ、世界の“耳”に布をかぶせたみたいに、遠音が薄くなる。

 代わりに、呼吸と衣擦れだけがやけに大きく残った。


 ミリアが思わず息を止めていた。


「……これが、上の魔法……」


 ユリシアは見向きもせずに言う。


「派手さは要らない。必要なのは、残すことと、漏らさないこと」


 言い終えると、彼女は通りの陰へ消えた。

 “結界を置いて帰る”という動きが、やけに大人だった。


 ◇


 運び屋は縄で繋いだまま、扉の前へ立たされた。


 ロウの縄は、首じゃない。腰だ。

 逃げるときに一番格好悪く止まる場所を選んでいる。


「運ぶだけだ。喋るな。余計な目をするな」


 シルヴァが低く言う。


 運び屋は不満そうに鼻で息をしたが、鍵を差し込んだ。


 ――がちゃり。


 壁が割れるみたいに隙間ができて、地下の冷気が漏れる。


 俺たちは先に降りて、灰袋の影へ身を隠した。

 “隠れる”というより、“荷物の一部”になる感じだ。


 ミリアは杖の灯りを消した。

 暗さに目が慣れる前に、地下の匂いが口の中に残った。


 灰。濡れた石。薬草。……そして、甘い汗。


 運び屋が袋を下ろす音がした。


「……遅い」


 扉の奥、さらに奥――二つ目の扉の向こうから声がした。


 低い。冷たい。若くはない。

 怒鳴らないのに、従わせる声だ。


 運び屋が、言い返しかけて飲み込む。


「……今日は重い」


「重いのは言い訳にならない。印が待つ」


 印。やっぱりそうだ。


 ――鍵穴が回る音。

 二つ目の扉が、ほんの少しだけ開いた。


 隙間から、手が伸びた。


 手袋。指輪。黒い石みたいなものが埋め込まれた印章環。

 もう片方の手に、短い黒鍵。


(あれだ)


 胸の奥で、嫌な形の確信が固まった。


 運び屋が袋を差し出す。

 印章環の指が袋の口に触れ――


 黒い粉が、ほんの僅かに“寄った”。


 生き物じゃないのに、寄る。

 寄せられている。


 その一瞬を、アメリアが逃さなかった。


 手鉤が、音もなく滑った。


 狙いは手首じゃない。指輪でもない。

 ――黒鍵。


 カツ、と乾いた音。


 黒鍵が床に落ちた。


「……?」


 扉の向こうの声が止まる。


 止まった瞬間、ミリアが床に釘を打ち込んだ。


「ライト・ピン」


 光の釘が、落ちた黒鍵のすぐ横に刺さる。

 鍵が転がる余地が消えた。


 ロウの縄が飛ぶ。


 運び屋の腰に繋いだ縄じゃない。別の縄。

 扉の隙間へ差し込むように投げて、手袋の手首に絡ませた。


「――っ!」


 引く。引きすぎない。

 関節を折らない程度に、扉の外へ“出させる”。


 アメリアが手鉤を逆向きに回し、指輪の指へ刃を添える。

 刺さない。剥がす角度だけ作る。


「外して。今」


 笑ってない声だった。


 手袋の指が抵抗する。

 印章環が、ぎらりと灯りのない光を返す。


 その瞬間、扉の内側から黒い糸が噴き出した。


 糸は釘を避ける。縄を狙う。声を狙う。

 狙い方が“慣れている”。


 ミリアが歯を噛む。


「……っ、そっちが先に動くのね!」


 彼女の釘が増える。二本、三本。

 糸の進路が削られる。けれど止まり切らない。


 カイが石灰を床に叩きつけた。

 白が黒に絡み、糸の動きが一拍だけ鈍る。


 その一拍で、俺は黒鍵を拾った。


 冷たい。煤の匂いが強い。

 そして――指の腹に、嫌な粘りが残る。


 扉の向こうが、低く言った。


「……やるな。Fを連れてきたのか」


 声だけで“主語”を作ろうとしてる。


 シルヴァが返した。


「今夜は主語を渡さない」


 その言葉が言い終わる前に、扉の向こうの手が引かれた。

 縄を断つような力で、スルリと抜ける。


 扉が閉まる。


 ――ガン。


 鉄が鉄に噛み合う音がして、地下が一段暗くなった。


 残ったのは、黒鍵と、釘の光と、床に落ちた黒い粉。


「……指輪、取れなかった」


 ミリアが息を整えながら言った。悔しさが声に混じる。


「取れないようにしてる。あれが“印”だ」


 ロウが淡々と答える。


 アメリアは床を一瞥して、小さく舌打ちした。


「でも落とした。鍵は落ちた。……雑」


 雑になってきている。

 それが救いでもあり、怖さでもあった。


 ◇


 戻る前に、カイがしゃがみ込んだ。


「ちょっと待って」


 彼が取り出したのは、蝋の小片だった。

 厨房から持ってきた、灯り用の蝋。


 カイはそれを、さっき印章環が触れた袋の口へ押し当てた。

 黒い粉が付いている場所。指輪の“面”が触れた場所。


「……これ、押し付け方に癖がある。癖は残る」


 蝋を剥がすと、小さな凹みができていた。

 指輪の模様――欠けた月みたいな紋が、浅く残っている。


「偽造する気?」


 ミリアが聞く。


「偽造って言葉は嫌いだけど……“同じ形”は必要」


 カイが答えた。


 ロウが頷く。


「紙じゃなく、蝋なら整えにくい。持ち帰れる」


 俺は黒鍵を握り直した。

 これで扉は半分しか開かない。半分だけ進める。


 半分だけでも、進んだ。


 ◇


 地上へ戻ると、結界の空気がほどけたのが分かった。

 通りの音が戻ってくる。馬の蹄、遠い笑い声、戸の軋み。


 バルドが待っていた。腕を組んだまま、眉間に皺。


「……で。取れたのか」


「鍵は取れた」


 シルヴァが短く言う。


「印は取れない。だが形は残した」


 カイが蝋を見せると、バルドは顔をしかめた。


「小細工かよ」


「小細工でいい。正面から殴ると紙にされる」


 ミリアが淡々と言うと、バルドは黙った。

 その黙りも、少しずつ増えていく。


 アメリアが手鉤を肩に担いで言った。


「次は、鍵と印が揃ったら開く。

 揃わなかったら……揃うまで“拾う”」


 シルヴァが頷く。


「石工に行く。蝋の凹みを、石に写す。

 紙にしない印章を作る」


 ――印章を作る。


 それが子どもたちを救うための言葉になる日が来るなんて、変な街だと思った。


 俺は黒鍵を布で包んだ。

 冷たさが掌に残る。


 地下の奥で聞いた、臼の音。

 息を呑む音。


 その音を、次は“扉の向こう側”から止める。


 そんな段取りを考えてしまっている自分に、少しだけ腹が立った。


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