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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第4章 紙の勝利と、消える子どもたち

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第82話 灰袋の行き先と、地下の鍵


 夜中に目が覚めた。


 夢じゃない。鼻の奥に残った、あの匂いのせいだ。

 紙が燃えたあとの乾いた焦げ――その下に、湿った墨と、薄い油。

 そして、一瞬だけ混じった子どもの汗みたいな甘さ。


 消え方が、嫌だった。

 風で飛ぶみたいに、ふっと。


 朝、ギルドの裏でミリアにそれを話すと、彼女は眠そうな目のまま言った。


「……気のせいにしたら、次は“整えられる”」


 そのまま二人でシルヴァのところへ行った。


 ◇


「夜に動く」


 シルヴァは窓際で短く言った。


「焼却は昼に見せる仕事だ。だが灰は、夜に運ぶ。

 監察の下働きが袋をまとめて持ち出す。――そこを追う」


 ロウが確認する。


「袋を追って、どこへ」


「通常なら外の廃棄場だ。だが……“外”へ出るなら騎士団の記録が残る。

 残るのが嫌なら、残らないところへ行く」


 ミリアの目が細くなる。


「地下」


 シルヴァは頷いた。


「お前の鼻と、ロウの目が要る」


 俺は返事の代わりに息を吐いた。

 それがもう答えになってると、最近知った。


「……あと一人、付ける」


 シルヴァが扉の方へ視線をやる。


 そこにいたのはアメリアだった。


 いつもの軽さで立っているのに、空気だけは妙に強い。

 今日の武器は、短い槍――というより、柄の長い手鉤てかぎみたいな形だった。


「街の中なら、私の仕事でしょ」


 アメリアが肩をすくめる。


 ◇


 その日の夕方、裏庭を通るとノーラがいた。


 肩はまだ完全じゃない。固定具が残っている。

 でも足の置き方だけは、昨日よりずっと静かだった。


 ヴァルターが言う。


「目で追うな。足で感じろ」


 ノーラは頷いて、俺たちに気づくと小さく手を上げた。


「夜、行くの?」


「行く」


 俺が言うと、ノーラは一瞬だけ唇を噛んだ。


 悔しい顔。だけど、逃げない顔。


「……私は、裏で“声”を拾う。

 張り紙、もう貼れないし。母親たち、口に出すしかなくなる」


 ミリアが言った。


「それ、危ないよ」


「分かってる。でも……声が残らないと、木に刻めない」


 ノーラは息を整えた。


「私、盾がなくても“線”は作れるって、昨日教わった。

 なら、今はそれをやる」


 ヴァルターが鼻で息をした。


「行くな。走れないやつが現場に行くと、線が増える」


 線が増える、は厄介の意味だ。


 ノーラは悔しそうに頷いた。

 悔しそうに頷けるのは、まだ折れてない証拠だと思った。


 ◇


 夜。


 倉庫街の灯が落ち、通りが細くなる。

 人の匂いが減って、油と木と石の匂いが濃くなる。


 焼却場の裏手――昼に荷車が入った門の影で、俺たちは待った。


 ミリアは杖を抱えるように持ち、ロウは壁の陰に溶けている。

 カイは石灰袋を腰に下げたまま、無駄に喋らない。偉い。


 アメリアは、逆に雑に見える位置に立った。

 雑に見えるのに、影の境界だけは踏まない。


「来た」


 俺が言ったとき、すでに足音がしていた。


 荷車じゃない。人が担いで運ぶ音。

 布袋が擦れる、鈍い音。


 男が二人。監察の下働きみたいな地味な服。

 肩に灰袋を担いで、無言で歩く。


 近づいた瞬間、鼻の奥がひやりとした。


 灰の匂い。焦げた紙。

 その下に、湿った墨と、薄い香油。


 そして――やっぱり、甘い汗。


(いる)


 誰かが袋の“先”にいる。

 袋は煙じゃなく、道になってる。


 俺たちは距離を取ってついた。


 曲がる回数が多い。

 道を覚えさせないための曲がり方だ。


 ロウが、ほとんど音を立てずに手で合図する。

 「右」「止まれ」「待て」


 カイが一度だけ靴を鳴らしかけて、ミリアに肩を押されて止まった。

 Fの限界はこういうところに出る。慎重でも、街の暗さは経験が要る。


 ――なのにアメリアは、歩いてないみたいに付いてくる。

 影が勝手に移動してるみたいだ。


 運び手の二人が、古い区画の袋小路へ入った。


 行き止まり。壁。

 普通なら終わり。


 でも匂いが、壁の向こうへ続いている。


 壁の前に積まれた木箱。

 運び手の一人が木箱をずらすと、奥から古い鉄の輪が出た。


 もう一人が鍵を差し込む。


 ――がちゃり。


 壁じゃない。扉だった。


 開いた隙間から、冷たい湿気が吐き出された。

 下水の匂い。土の匂い。古い石の匂い。


 その奥に――黒い石みたいな匂いが、一本。


 ミリアが口元だけ動かす。


「……つながってる」


 俺も同じことを思った。


 霧紺の洞。街の地下。古井戸。

 全部が一本の線になりかけてる匂い。


 灰袋が、一つずつ地下へ降ろされていく。

 運び手は迷わない。慣れている。


 そして最後に、扉が閉まる。


 木箱が戻される。

 袋小路は、ただの行き止まりに戻った。


 ……戻ったのに、匂いだけが戻らない。


「ねえ」


 アメリアが囁く。囁きなのに、声が妙に通る。


「ここ、私が壊そうか?」


 ミリアが即答した。


「最悪の主語になるからダメ」


「だよね」


 アメリアは楽しそうでもなく言った。


「じゃあ、残す」


 そう言って、ポケットから小さな金具を出した。

 針みたいな細い留め具。木箱の隙間に、するりと差し込む。


「これ、動かしたら分かる。……あとは、あなたの鼻が当てて」


 俺は頷いた。


 ◇


 帰り道、風向きが変わった。


 香油の匂いが、薄く尾を引く。

 その尾の先に、ほんの一瞬だけ――子どもの声の気配みたいなものが混じった。


 耳じゃなく、皮膚が拾う感じ。


 ミリアも気づいたのか、歩幅が僅かに縮む。


「……今、聞こえた?」


「“聞こえた気がした”」


 俺がそう答えると、ロウが淡々と言った。


「確かめるなら、確かめる手順が要る」


「うん」


 ミリアが頷く。


 アメリアが肩をすくめる。


「手順ってやつ、面倒だね。

 でも面倒な方が、残る。……今日の学び」


 カイが苦笑した。


「ギルド最強が言うと説得力あるわ」


 アメリアは返さない。

 返さないまま、袋小路の方角を一度だけ見た。


 目が笑ってない。


 ◇


 ギルドに戻ると、シルヴァが待っていた。


 俺たちは地図の上に、袋小路の位置を印で示した。

 紙じゃない。石札の裏に、刻みを増やす形だ。


 シルヴァがそれを見て、短く言った。


「……地下に灰を運ぶ。

 つまり、焼却は“消す”ためじゃなく、“運ぶため”の工程だ」


 ミリアが目を細める。


「灰にして、袋にして、地下へ。

 紙を燃やしてるんじゃない。……道を作ってる」


 ロウが言った。


「地下で何をしてるかは、まだ不明」


「不明でいい」


 シルヴァは言い切った。


「不明でも、“場所”が分かった。

 次は、そこに入る理由を作る。――正規の理由じゃない、残る理由をな」


 窓の外で、風が鳴った。


 あの袋小路の、壁の向こう。

 湿った石の下で、誰かが今日も“書いている”気がした。


 紙じゃない何かに。

 人の声じゃない何かで。


 俺は掌の中で、石札の角を触った。

 硬い。痛い。残る。


 残る形が増えるほど、向こうの動きは雑になる。


 雑になったぶん、見える。

 ――そう信じないと、眠れなくなりそうだった。


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