表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第4章 紙の勝利と、消える子どもたち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/135

第81話 灰の匂いと、石の札

 焼却場の煙は、朝になっても細く残っていた。


 遠くから見れば、ただの生活の煙。

 けれど鼻で嗅げば分かる。紙が燃えた匂いと、焦げたインクの匂い――その奥に、湿った墨と香油が混ざっている。


 俺の布袋の中には、昨夜拾った灰と、削り屑がある。

 小さすぎる証拠。弱すぎる証拠。


 でも、紙じゃない。


 ◇


 シルヴァの部屋は窓が少し開いていた。

 風が入るせいで、部屋の中の紙の匂いが薄い。――それだけで助かる。


「焼却場の場所は押さえた。見張りも確認。監察の腕章もいた」


 ロウが淡々と報告する。


 ミリアが続けた。


「張り紙を燃やしてる。通達で“貼るな”って言いながら、回収して焼く。

 ……やりたいのは、紙じゃない。“探す声”を終わらせたい」


 シルヴァは頷いた。

 頷き方が、疲れている。


「分かっている。だが、正面から噛みつくな」


「噛みついたら、“騒いだF”が主語になる」


 カイが吐き捨てる。


「そして紙で整えられる、ってやつ」


 シルヴァは反論しなかった。


 机の上に、俺は布袋を置いた。

 口をほどいて、中身を少しだけ見せる。


 黒い灰。木の削り屑。石灰の白。


「これ、残します。木に刻むだけじゃなく」


 シルヴァは目を細めた。


「……石も欲しい」


 俺が言うと、ミリアが頷く。


「木は削られる。燃やされる。

 だから“削り屑”を残した。次は“石”よね」


 シルヴァは短く息を吐いた。


「石板は城塞の管轄だ。だが、街の石工なら小さな札くらいは作れる。

 記録じゃない顔で、ただの石の札としてな」


 ただの石。

 ただの札。


 ただのものにしか、残らないことがある。


「それと――」


 シルヴァの視線が、机の隅の木札の束に落ちる。


「“糸屋のリサ”の件だが」


 ミリアが一瞬だけ眉を動かした。

 受付のリサと同じ名前だからだ。


「別人だ。東区の糸屋の娘。八歳。……母親の声は、ノーラが拾った」


「ノーラが?」


 俺が言うと、シルヴァは頷く。


「声で線を作ったそうだ。――ヴァルターの前でな」


 カイが少しだけ笑いそうになって、やめた。


「ノーラ、やるじゃん」


「やるからこそ、折れる前に立ち方を変える必要がある」


 シルヴァは淡々と言って、机を指で叩いた。


「石の札を作ってこい。刻むのは“失踪の一覧”じゃなくていい。

 場所と日付。焼却場の位置。……紙の外側に残る形で」


「分かりました」


 俺たちは部屋を出た。


 ◇


 石工の区画は川沿いにあった。


 叩く音が多い。

 金属じゃない音。石が石を叩く音。乾いた粉の匂い。

 木工の匂いとは違う、冷たい匂い。


「……こういう音、落ち着くな」


 カイが小さく言った。


「整えられない音だから?」


 ミリアが返すと、カイは肩をすくめた。


「そう。紙みたいに“綺麗にしすぎる”感じがない」


 店先に出てきたのは、年配の石工だった。

 白い髭。大きな手。目は細いのに、動きは速い。


「札かい」


 石工は俺たちを見て、短く言った。


「重いもんは嫌われるぞ。紙の方が楽だ」


「楽なのが困るんです」


 ミリアが言うと、石工は鼻で笑った。


「……なるほどな。面倒を買いに来た顔だ」


 俺は袋から、丸い小石をいくつか出した。

 川で拾える程度のやつ。重すぎない。


「これに、刻めますか」


「刻める」


 石工は即答して、机に並べた。


「何を刻む」


「場所と日付」


 ロウが淡々と言う。


「焼却場の位置。……それと、拾った灰がここで出たということ」


 石工が目を細める。


「灰を札にするのか。変わった」


 変わってるのは自覚がある。

 でも変わらないと、消される。


 石工がタガネを当てた。

 カン、と乾いた音が鳴る。


 石に傷がつく。

 紙みたいに薄れない傷。


 ――そのとき、俺の鼻がぴり、と鳴った。


 石粉の匂いの中に、湿った墨。

 それと、薄い香油。


(来る)


「ミリア」


「分かってる」


 ミリアが杖を握る。

 ロウは縄を手に取った。カイは石灰袋を構える。


 石工は、まだ気づいていない。

 タガネを打つ手が止まらない。


 次の瞬間、石工の足元の水桶が――ぬらりと光った。


 黒いものが、桶の縁から這い上がる。

 糸じゃない。虫みたいな塊。墨喰い。


 墨喰いは最初、石に向かった。


 刻みかけの文字へ。

 だが石に触れた瞬間、動きが止まる。


 嫌がるみたいに、薄くなる。

 薄くなって、石の縁を避け――今度は石工の指へ跳ねた。


「っ!」


 石工が短く息を呑んだ。

 指先に黒が触れた瞬間、じゅ、と嫌な音がして皮膚が赤くなる。


「動くな!」


 ロウが即座に縄を飛ばす。


 縄が墨喰いを床へ叩きつけ、絡め取る。

 墨喰いがじたばたと薄くなり、縄の隙間から抜けようとする。


「ライト・ピン!」


 ミリアの光の釘が床に刺さる。

 縄ごと縫い止める。


 止まった。……止まっただけ。


 薄くなった黒が、釘の隙間を探し始める。

 そして狙いを変える。


 石じゃない。

 石工の口元――声。


(声を消す)


 昨日と同じだ。線が嫌いだ。嫌いだから狙う。


「――っ!」


 石工が声を出しかけた瞬間、黒が跳ねた。


 俺は袋を開けた。

 中身は石灰じゃない。削り屑だ。


 木の粉を、黒に叩きつける。


 黒が、びく、と縮んだ。

 嫌がるみたいに、薄く引っ込む。


(効く)


 木は噛めない。

 木は整えられない。だから嫌う。


 その一瞬で、核が見えた。


 小さな黒い粒。

 紙の繊維じゃなく、灰と混ざったみたいな硬い芯。


 短剣は抜かない。

 柄でいい。


 こつん、と押し潰す。


 黒が、ふっとただの汚れになった。


「……なんだ、今の」


 石工が指を押さえながら言った。

 驚きより先に、怒りが顔に出ている。


「墨だ」


 ミリアが短く言う。


「紙だけじゃなく、人の声も消す。……石まで狙いに来た」


 石工は指先の赤みを見て、舌打ちした。


「紙の時代に、石を刻む理由ができたわけだ」


 そして、何事もなかったみたいにタガネを握り直す。


「続けるぞ。どこまで刻む」


 ロウが言った。


「全部」


 石工は笑わなかった。

 ただ、カン、と音を鳴らし続けた。


 ◇


 刻み終えた石札は、小さいのに重かった。


 重いのがいい。

 重いと運べない。運べないと勝手に動かせない。動かせないと整えにくい。


 俺が石札を布に包んでいると、足元の影がすっと伸びた。


「……ワン」


 小さな鳴き声。


 黒い犬の影が、石工の床の隅に現れていた。

 さっきの黒い汚れに鼻を寄せ、ひと舐め。


 汚れが、吸い取られるみたいに薄くなる。


 犬は俺たちを見ない。

 石札も見ない。

 ただ黒だけを回収して、影ごと消えた。


 石工が、ぽつりと言った。


「……あれ、犬か?」


「見間違いです」


 カイが即答した。

 言い切り方が雑なのに、目だけ真剣だ。


 ミリアが小さく息を吐く。


「見間違いってことにしないと、紙にされる」


 俺は布を結び直した。


 石札の重みが、掌に残る。


 ◇


 ギルドへ戻る途中、遠くでまた煙が上がっているのが見えた。


 焼却場だ。

 昼前のはずなのに、早い。


 俺の鼻の奥に、湿った墨と香油が刺さる。

 そして――一瞬だけ、別の匂いが混じった。


 汗。

 子どもの汗に近い、薄い甘さ。


 俺は足を止めた。


「レオン?」


 ミリアが呼ぶ。


「……今」


 言葉にする前に、匂いが風に切られて消えた。

 残るのは、紙が燃える匂いだけ。


(気のせいか)


 でも、気のせいにするには、近すぎた。


 俺は歩き出す。

 今は飛び込まない。主語を渡さない。


 代わりに、残る形を増やす。


 木札。削り屑。灰。

 そして――石。


 布の中の石札が、重く背中を押した。


 紙が燃えても、名前を削っても、声を消そうとしても。

 残る形が一つ増えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ