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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第4章 紙の勝利と、消える子どもたち

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第80話 裏庭の朝と、燃える紙

!祝80話!!!


 朝、ギルドの裏庭はまだ冷えていた。


 土の匂い。濡れた草。乾ききらない木柵。

 そこに、金属じゃない鈍い音が混ざる。


 ――ぱん。


 音の正体は、お盆だった。


「受けるな。逃がせ」


 ヴァルターの声は低い。怒鳴らないのに、背筋だけは伸びる。


 ノーラは肩を固定したまま、足だけで立っていた。

 盾はない。代わりに、手には何も持っていない。


「受けないなら、どうやって……」


「線を引け。足でな」


 ヴァルターはお盆を斜めに構えて、木の実みたいな小袋を投げた。

 投げ方がいやらしい。胸じゃない。膝でもない。肩でもない。


 ――足首。


 ノーラが反射で一歩引く。

 引いた瞬間、体が流れた。


「ほら、線が崩れる」


「っ……!」


 肩が痛む。顔には出さない。出さないのに、呼吸が乱れる。


 ヴァルターはため息をついて、お盆を床に置いた。


「盾は“壁”じゃない。道具だ。

 道具に体を引っ張られるな」


 ノーラは唇を噛んで、足の位置を戻す。


「……道具に引っ張られないようにするには」


「立ち方を覚える。立つだけで勝てる場面がある」


 ヴァルターが足元の土を、靴先で軽く擦った。


「地面は正直だ。踏み方が雑だと、雑な線になる」


 ノーラは、少しだけ息を整えた。


 悔しい顔。

 でも、逃げる顔じゃない。


 ◇


 その頃、裏庭の門の向こう――ギルドの裏口はざわついていた。


 紙束を抱えた係が走る。

 騎士団の下っ端が腕を組んで立つ。

 そして、あの“通達”の紙が、今日も綺麗に貼られている。


 ――捜索の張り紙は禁止。

 ――情報提供は監察部門へ。


 綺麗な字。揃った行。丁寧な言い回し。


 紙の匂いは乾いているのに、その奥が湿っている。

 香油が、紙の端にへばりついている。


(燃やすためだ)


 俺がそう思ったのは、紙を剥がしている連中の手元に、黒い袋が見えたからだ。

 中身は、回収した張り紙。丸めた紙。


 持っていく先は、たぶん一つ。


 燃やす場所。


 ……燃やせば、紙は終わる。

 でも“匂い”は残る。


「おい、レオン」


 声をかけられて振り向くと、アルヴィンが立っていた。

 目の下に隈。きっちりした髪が、今日は少し乱れている。


「お前ら、裏庭で何してる」


「ノーラの立ち方を見てもらってる」


「……そうか」


 アルヴィンはそれ以上聞かず、俺の手元の布袋を見た。

 昨日拾った削り屑を入れている。


「それ、持ち歩くな。目立つ」


「目立たないと消される」


 俺が言うと、アルヴィンは一瞬だけ眉を動かした。


 そのまま、低い声で続ける。


「……監察が今日、張り紙をまとめて焼却する。昼前だ。

 だから“紙”は、今朝のうちに写しておけ。木に」


 忠告なのか、命令なのか、境界が曖昧な言い方。


 ミリアが横から口を挟む。


「どこで焼くの?」


 アルヴィンの視線が一瞬だけ逃げた。


「……知らないと言っておく。俺は俺を守る。

 でも匂いなら、お前らが勝手に嗅ぐだろ」


 そう言って、背を向けた。


 刺々しいのに、現場の匂いが混じっていた。

 巻き込まれている側の匂いだ。


 ◇


 そのとき、裏口の方で女の声が上がった。


「待ってください! お願いです!」


 振り向くと、布袋を握りしめた女が、係の男に縋りついていた。

 顔は泣き腫らしている。指は震えている。


「昨夜、うちの子が……戻ってこなくて……張り紙を……!」


「規定です。監察へ」


 係の男は繰り返すだけだ。


「監察なんて、どこにいるかも――!」


「規定です」


 言葉が丁寧すぎて、冷たい。

 丁寧な言葉で突き放すと、相手は声を失う。


 女の声が掠れた。


「……紙を貼らせて……せめて、名前だけでも……」


 その瞬間、ノーラが裏庭から半歩出た。

 肩は固定されている。走れない。けれど、足は出た。


「……名前、言って」


 ノーラが言った。声は震えてない。線の声だ。


 女が目を見開く。


「え……?」


「言って。私が覚える」


 女の唇が震えて、それから――


「……リサ。八歳。東区、糸屋の――」


 言いかけて、女は自分で口を押さえた。

 言ったら終わりみたいな顔。


 終わりじゃない。

 でも、終わりにされる。


 ミリアが一歩前に出て、静かに言った。


「木に刻む。紙じゃなくて。

 あなたが言った名前、消されない形にする」


 女は、助けてほしい顔をした。

 泣き崩れる前の、最後の顔。


 ヴァルターが裏庭から出てきた。

 エプロンのまま、お盆を片手に持っている。


「ここで泣くと倒れる。座れ」


 言い方が乱暴なのに、手が早い。

 木箱をひっくり返して椅子にして、女を座らせる。


「息をしろ。話はそれからだ」


 女は頷いて、必死に呼吸を整えた。


 係の男は困った顔で、俺たちを見た。


「……勝手なことを」


「勝手じゃない」


 ノーラが言った。声が少しだけ強くなる。


「紙が消えるなら、声で残す。木で残す。

 それを止める規定なら、規定がおかしい」


 係の男は口を開けて、閉じた。

 反論の言葉がない顔。


 反論すると“主語”が生まれる。

 生まれた主語は、紙で整えられる。


 だから黙る。


 その黙りが、いちばん嫌だった。


 ◇


 女を休憩所に預けたあと、俺たちは裏通りへ回った。


「……焼却の場所、探す」


 ミリアが言った。


「見張りが増える前に」


 ロウが頷く。


「追うなら今だな。紙が動く時間は短い」


 カイが石灰袋を握り直す。


「でも追ったら、また“騒いだF”にされるぞ」


「騒がない」


 俺は言った。


「匂いで追う。足で追う。声を出さない」


 そういうのは得意だ。


 通りを一本、二本。

 紙束を積んだ小さな荷車が、裏道を曲がっていくのが見えた。


 運んでいるのは監察の下働きだ。

 服は地味。だが手が綺麗すぎる。


 香油の匂いが、風の向こうで細く伸びる。


(あっち)


 俺たちは距離を取ってついていった。

 会話はしない。視線も合わせない。通行人の顔をする。


 荷車は、石畳の割れ目が多い通りへ入った。

 ここは古い区画だ。古い倉庫、古い排水路、古い壁。


 そして――古い煙突。


 煙突から、薄い煙が上がっていた。

 紙が燃える匂い。焦げたインクの匂い。


 その奥に、湿った墨と香油が混ざる。


「……ここ」


 ミリアが小さく言った。声が硬い。


 荷車が門の中へ入る。

 門の脇には“焼却場”の札。綺麗な字で、綺麗に貼ってある。


 でも、門の内側の空気は綺麗じゃない。


 紙が燃える。

 そして――“整えたもの”が煙になる匂い。


「儀式みたいね」


 ミリアが吐き捨てるように言った。


 ロウが門の上を見た。


「見張り二人。監察の腕章。

 今入ったら、主語になる」


「入らない」


 俺は言った。


 入らない代わりに、残す。


 足元の石畳に落ちていた、黒い灰を拾った。

 指先が汚れる。湿っている。墨の匂いがする。


 俺は削り屑を入れた布袋を開けて、灰を少しだけ落とした。


 木の粉の上に、黒い灰が乗る。


 紙なら、風で飛ぶ。

 でも木の粉は、手に残る。


 残った黒い灰から、香油の匂いがじわりと浮いた。


(燃やしても、終わらせられない)


 終わらせたいのは紙じゃない。

 終わらせたいのは、主語だ。


 主語が煙になって消えれば、探す声も消える。

 ――そういう動きだ。


 門の中で、紙束が炉へ放り込まれる音がした。


 ぱちぱち、と乾いた音。

 それを覆うように、湿った匂いが広がる。


 俺は息を止めた。


 煙の向こうに、一瞬だけ影が揺れた気がした。

 犬の影にも見えるし、ただの煤にも見える。


 分からない。

 でも、嫌な混ざり方だけははっきり分かる。


「戻ろ」


 ミリアが言った。


「今入るのは違う。

 でも……場所は押さえた」


 ロウが頷き、カイが悔しそうに唇を噛んだ。


 俺は布袋を結び直した。


 黒い灰と、木の削り屑。


 小さすぎる証拠。

 でも、紙じゃない証拠。


 燃やされても終わらないものが、残った。


 帰り道、裏庭の方角から、かすかに声が聞こえた。

 ノーラの声だ。誰かに名前を聞いている声。


 盾がなくても、声で線は作れる。

 その線が、今の街では一番厄介で、一番必要だった。


いつもありがとうございます。


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