第8話 Fランク歓迎会③
「この街で“ギルド最強”と呼ばれる、アメリア・グレインだ」
ざわ、と広間がどよめいた。
背中には使い込まれた長槍。
薄い革鎧の上に羽織ったコートが、ゆらりと揺れた。
“Fランク最古参”の冒険者。
“ギルド最強”、という肩書きまで付いているらしい。
「アメリア・グレイン。Fランク」
声は落ち着いていて、よく通る。
「“なんでFランクのままなんだ”って、よく聞かれるけど」
アメリアは、口元にだけ笑みを浮かべた。
「その話を全部すると長くなるから、今日はやめておくね」
広間から、くすくすと笑いが漏れる。
「私から言えるのは、ひとつだけ」
アメリアはゆっくりと、広間を見渡した。
「Fランクだからって、弱いとは限らない。
Dランクだからって、いつも正しいとは限らない。
ランクは、“目安”であって、“全て”じゃない」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「でも、ギルドという仕組みの中でやっていく以上、ランクは無視できない。
ランクが高い方が、できることも増える。
だから——」
一拍置いて、アメリアは続けた。
「“正しいことをすること”と、“ランクを上げること”。
その両方を、諦めないように」
ミリアが隣で、はっと小さく息を呑んだ。
「どっちかだけを選び続けると、いずれどこかで折れるからね」
アメリアの視線が、ほんの一瞬だけ俺の方を掠めた気がした。
「以上。あとは、好きに食べて飲んで。
どうせそのうち顔を合わせることになるだろうから、Fランク同士、今のうちにお互いの顔くらいは覚えておくといいよ」
そう締めくくって、アメリアは壇を降りた。
◇
「すごい人でしたね……」
壇上を降りるアメリアの背中を見送りながら言うと、カイがパンをかじりながらうなずいた。
「アメリアさんはガチでやべえって噂だぞ。
昔、街に出たオーガを一人で足止めしたとかなんとか」
「じゃあ、なんでFランクなんだ」
「それがギルド七不思議の一つ」
ミリアがぼそっと挟む。
「昇格試験を何回もすすめられてるのに、全部断ってるって話」
「……強くても、上に行く気がない人もいるんですね」
「いろんな生き方があるってことよ」
ミリアはそう言って杯を傾けた。
と、そのとき——
「レオン・アーディス君、だったかな」
不意に声をかけられ、振り向く。
そこに立っていたのは、アメリア本人だった。
「し、知ってるんですか?」
「市場の報告書、読んだよ。
“Fランク登録初日に、ゴブリン三体と不明な黒い物体と交戦”ってやつ」
(……やっぱり、あれ、ちゃんと報告されてたんだな)
「それから、下水第3排水路の報告書も。
変異スライムと戦って、子どものおもちゃを拾ってきたって」
「はい」
リオのぽん太を思い出し、胸の奥が少し締めつけられる。
「いい目をしてる」
アメリアの言葉に、思わず顔を上げた。
「危ないものの匂いに、ちゃんと気づける目。
それは、冒険者としてすごく大事なこと」
「でも俺、まだFランクで——」
言いかけると、アメリアが先に続けた。
「ただ、“危ないものに突っ込むのが好きな目”にも見えるけどね」
「……」
図星だった。
ミリアが全力でこくこく頷いているのが視界の端に見える。
「だから、いい仲間を選びな。
止めてくれる人と、支えてくれる人と、一緒にいること」
アメリアの視線が、ミリアやカイたちに移る。
「今のところは、悪くなさそうだね」
「光栄です」
ミリアが少し照れたように返した。
「それと——」
アメリアは声を落とした。
「黒い染みの報告、ありがとう。
ギルドの“正式な調査隊”は、たしかに腰が重い。
でもね、こっそり動いてる組もいるんだ」
「こっそり?」
「正式な予算が降りる前に、“どれくらいヤバいか”を見ておきたい物好きたち。
私も、その一人」
片目をつぶってみせる。
「黒いのを見つけたら、報告書だけじゃなくて、私個人にも教えてくれると助かる。
FランクにはFランクの動き方ってものがあるから」
「……必ず伝えます」
アメリアが満足そうにうなずいた、そのときだった。
「っと」
彼女の視線が、広間の隅で止まった。
視線の先では、ギルド職員が大皿を運んでいる。
その足元に、木箱がころがって——
「危ない!」
誰かが声を上げた。
職員が躓き、大皿と一緒にソースの入った壺が床に落ちる。
ぐしゃり、と嫌な音がして、ソースが床に広がった。
次の瞬間。
ソースの中から、黒いものがむくりと起き上がった。
「っ!?」
胸の奥が、冷たくなる。
下水で見た変異スライムに似ている。
ただ、色はもっと濃い。黒に近い紫。
「下がれ!」
アメリアの声と同時に、黒い塊が跳びかかった。
狙われたのは、大皿を抱えたまま固まっている職員。
間に合わない——そう思った瞬間。
「レオン!」
ミリアの声が、背中を押した。
考えるより先に、体が動いていた。
椅子を蹴り飛ばし、テーブルの上を踏み台にして跳ぶ。
「——っ!」
黒い塊が職員の胸に飛びつこうとする軌道に、剣を差し込む。
斜めに振り上げ、手応えで核の位置を捉え、そのまま叩き割った。
黒い液体が四散する。
床に飛び散ったそれは、石に触れた瞬間、じゅ、と音を立てて乾いていった。
静寂。
「な、なんだ今の……」
「スライム? いや、でも色が……」
広間中の視線が、床と俺に集まる。
「レオン、大丈夫?」
ミリアが駆け寄る。
俺は黒い飛沫が少しついた腕を見て、軽く振った。
「かすっただけです。ちょっとひりひりしますけど……平気です」
「す、すまない……君がいなかったら、私、胸に飛びつかれてた……」
さっきの職員が青ざめた顔で頭を下げる。
「レオン・アーディス」
アメリアがぽつりと言った。
「……やっぱり、“危ないものに好かれる目”してる」
「褒められてる気がしません」
「褒めてるんだよ、一応」
アメリアはしゃがみ込み、床の黒い跡を指でなぞった。
「下水のやつより、濃いね。
しかも、ソースに紛れてギルドの中にまで上がってきた」
壺の残骸と、ソースの名残り。
その中に、さっきまで黒い塊が潜んでいたのだ。
(食べ物にまで紛れるのか……)
背筋に冷たいものが走る。
「ドルネ」
アメリアが壇上の補佐官を呼ぶ。
「“正式な調査隊”に一言。
——のんびりしてると、ギルドの厨房から被害が出るよ」
「う……」
ドルネの額に、あからさまな汗が浮かぶ。
「市場、空き地、下水、空き家。
そして今度は、ギルドの中。
黒い何かは、確実に広がってる」
広間の空気が重くなった。
「わ、わかった。上に強く進言しておこう。
調査隊も、編成を早める」
「頼むよ。
その間、FランクはFランクで、“見える範囲”で動いておく」
アメリアは立ち上がり、俺の肩を軽く叩いた。
「レオン。
さっきも言ったけど、“正しいこと”と“ランクを上げること”。
両方やるんだよ」
「……はい」
「今日のこれも正式な依頼じゃないから、件数にはカウントされない。
でも、こういうのを見逃さない目は——いつか、正式な依頼にも繋がる」
その言葉に、ミリアがふっと笑った。
「聞いた? レオン。
“事件を呼ぶ体質”も、まんざら悪くないってさ」
「やっぱり褒められてる気がしません」
「大丈夫。私の中では超高評価だから」
ミリアのさらっとした言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
◇
歓迎会は、その後、どこか縮こまった空気のまま続いた。
厨房では、壺や材料の総点検が行われているらしい。
ギルドを出て夜の街を歩きながら、俺はふと口を開いた。
「……正式な昇格条件、ちゃんと聞けてよかったですね」
「三ヶ月と五十件、か。
ちゃんと依頼受けてる人からしたら、そこまで無茶な数字じゃないけど……
“黒い騒動”に首突っ込んでるあんたからすると、なかなか大変かもね」
「どっちも、やりますよ」
自分でも驚くくらい、自然に言葉が出た。
「目の前で困ってる人を助けるのも、
ちゃんと正式依頼をこなしてEランクを目指すのも。
どっちも大事だって、今日よくわかりましたし」
「素直〜」
ミリアが笑う。
「でも、ま、それでいいと思う。
“Fランクだから弱い”って思ってる人たちに、一番効くのってさ」
「一番効くの、ですか?」
「実力と、実績。
両方で黙らせるのが、一番わかりやすいでしょ?」
「……たしかに」
黒い何かは、確実に街に入り込んでいる。
正式な調査隊が動き出すまで、時間がかかるかもしれない。
でも、その間——
Fランク冒険者として、目の前で起きる“ちょっとおかしいこと”に気づいて、
ちゃんと正式な依頼も積み重ねていく。
雑用をするヒマもないくらい事件に巻き込まれるかもしれない。
それでも、いつか——
Fランクがみんな弱いと思っている人たちにも届くくらいの結果を、きっと。
夜空を見上げながら、俺はそっと剣の柄を握り直した。




