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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第1章 Fランクなのに街で雑用するヒマがない

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第8話 Fランク歓迎会③

「この街で“ギルド最強”と呼ばれる、アメリア・グレインだ」


 ざわ、と広間がどよめいた。


 背中には使い込まれた長槍。

 薄い革鎧の上に羽織ったコートが、ゆらりと揺れた。



 “Fランク最古参”の冒険者。

 “ギルド最強”、という肩書きまで付いているらしい。


「アメリア・グレイン。Fランク」


 声は落ち着いていて、よく通る。


「“なんでFランクのままなんだ”って、よく聞かれるけど」


 アメリアは、口元にだけ笑みを浮かべた。


「その話を全部すると長くなるから、今日はやめておくね」


 広間から、くすくすと笑いが漏れる。


「私から言えるのは、ひとつだけ」


 アメリアはゆっくりと、広間を見渡した。


「Fランクだからって、弱いとは限らない。

 Dランクだからって、いつも正しいとは限らない。

 ランクは、“目安”であって、“全て”じゃない」


 胸の奥が、少しだけ熱くなる。


「でも、ギルドという仕組みの中でやっていく以上、ランクは無視できない。

 ランクが高い方が、できることも増える。

 だから——」


 一拍置いて、アメリアは続けた。


「“正しいことをすること”と、“ランクを上げること”。

 その両方を、諦めないように」


 ミリアが隣で、はっと小さく息を呑んだ。


「どっちかだけを選び続けると、いずれどこかで折れるからね」


 アメリアの視線が、ほんの一瞬だけ俺の方を掠めた気がした。


「以上。あとは、好きに食べて飲んで。

 どうせそのうち顔を合わせることになるだろうから、Fランク同士、今のうちにお互いの顔くらいは覚えておくといいよ」


 そう締めくくって、アメリアは壇を降りた。



「すごい人でしたね……」


 壇上を降りるアメリアの背中を見送りながら言うと、カイがパンをかじりながらうなずいた。


「アメリアさんはガチでやべえって噂だぞ。

 昔、街に出たオーガを一人で足止めしたとかなんとか」


「じゃあ、なんでFランクなんだ」


「それがギルド七不思議の一つ」


 ミリアがぼそっと挟む。


「昇格試験を何回もすすめられてるのに、全部断ってるって話」


「……強くても、上に行く気がない人もいるんですね」


「いろんな生き方があるってことよ」


 ミリアはそう言って杯を傾けた。


 と、そのとき——


「レオン・アーディス君、だったかな」


 不意に声をかけられ、振り向く。


 そこに立っていたのは、アメリア本人だった。


「し、知ってるんですか?」


「市場の報告書、読んだよ。

 “Fランク登録初日に、ゴブリン三体と不明な黒い物体と交戦”ってやつ」


(……やっぱり、あれ、ちゃんと報告されてたんだな)


「それから、下水第3排水路の報告書も。

 変異スライムと戦って、子どものおもちゃを拾ってきたって」


「はい」


 リオのぽん太を思い出し、胸の奥が少し締めつけられる。


「いい目をしてる」


 アメリアの言葉に、思わず顔を上げた。


「危ないものの匂いに、ちゃんと気づける目。

 それは、冒険者としてすごく大事なこと」


「でも俺、まだFランクで——」


 言いかけると、アメリアが先に続けた。


「ただ、“危ないものに突っ込むのが好きな目”にも見えるけどね」


「……」


 図星だった。


 ミリアが全力でこくこく頷いているのが視界の端に見える。


「だから、いい仲間を選びな。

 止めてくれる人と、支えてくれる人と、一緒にいること」


 アメリアの視線が、ミリアやカイたちに移る。


「今のところは、悪くなさそうだね」


「光栄です」


 ミリアが少し照れたように返した。


「それと——」


 アメリアは声を落とした。


「黒い染みの報告、ありがとう。

 ギルドの“正式な調査隊”は、たしかに腰が重い。

 でもね、こっそり動いてる組もいるんだ」


「こっそり?」


「正式な予算が降りる前に、“どれくらいヤバいか”を見ておきたい物好きたち。

 私も、その一人」


 片目をつぶってみせる。


「黒いのを見つけたら、報告書だけじゃなくて、私個人にも教えてくれると助かる。

 FランクにはFランクの動き方ってものがあるから」


「……必ず伝えます」


 アメリアが満足そうにうなずいた、そのときだった。


「っと」


 彼女の視線が、広間の隅で止まった。


 視線の先では、ギルド職員が大皿を運んでいる。

 その足元に、木箱がころがって——


「危ない!」


 誰かが声を上げた。

 職員が躓き、大皿と一緒にソースの入った壺が床に落ちる。


 ぐしゃり、と嫌な音がして、ソースが床に広がった。


 次の瞬間。


 ソースの中から、黒いものがむくりと起き上がった。


「っ!?」


 胸の奥が、冷たくなる。

 下水で見た変異スライムに似ている。

 ただ、色はもっと濃い。黒に近い紫。


「下がれ!」


 アメリアの声と同時に、黒い塊が跳びかかった。


 狙われたのは、大皿を抱えたまま固まっている職員。

 間に合わない——そう思った瞬間。


「レオン!」


 ミリアの声が、背中を押した。


 考えるより先に、体が動いていた。

 椅子を蹴り飛ばし、テーブルの上を踏み台にして跳ぶ。


「——っ!」


 黒い塊が職員の胸に飛びつこうとする軌道に、剣を差し込む。

 斜めに振り上げ、手応えで核の位置を捉え、そのまま叩き割った。


 黒い液体が四散する。

 床に飛び散ったそれは、石に触れた瞬間、じゅ、と音を立てて乾いていった。


 静寂。


「な、なんだ今の……」


「スライム? いや、でも色が……」


 広間中の視線が、床と俺に集まる。


「レオン、大丈夫?」


 ミリアが駆け寄る。

 俺は黒い飛沫が少しついた腕を見て、軽く振った。


「かすっただけです。ちょっとひりひりしますけど……平気です」


「す、すまない……君がいなかったら、私、胸に飛びつかれてた……」


 さっきの職員が青ざめた顔で頭を下げる。


「レオン・アーディス」


 アメリアがぽつりと言った。


「……やっぱり、“危ないものに好かれる目”してる」


「褒められてる気がしません」


「褒めてるんだよ、一応」


 アメリアはしゃがみ込み、床の黒い跡を指でなぞった。


「下水のやつより、濃いね。

 しかも、ソースに紛れてギルドの中にまで上がってきた」


 壺の残骸と、ソースの名残り。

 その中に、さっきまで黒い塊が潜んでいたのだ。


(食べ物にまで紛れるのか……)


 背筋に冷たいものが走る。


「ドルネ」


 アメリアが壇上の補佐官を呼ぶ。


「“正式な調査隊”に一言。

 ——のんびりしてると、ギルドの厨房から被害が出るよ」


「う……」


 ドルネの額に、あからさまな汗が浮かぶ。


「市場、空き地、下水、空き家。

 そして今度は、ギルドの中。

 黒い何かは、確実に広がってる」


 広間の空気が重くなった。


「わ、わかった。上に強く進言しておこう。

 調査隊も、編成を早める」


「頼むよ。

 その間、FランクはFランクで、“見える範囲”で動いておく」


 アメリアは立ち上がり、俺の肩を軽く叩いた。


「レオン。

 さっきも言ったけど、“正しいこと”と“ランクを上げること”。

 両方やるんだよ」


「……はい」


「今日のこれも正式な依頼じゃないから、件数にはカウントされない。

 でも、こういうのを見逃さない目は——いつか、正式な依頼にも繋がる」


 その言葉に、ミリアがふっと笑った。


「聞いた? レオン。

 “事件を呼ぶ体質”も、まんざら悪くないってさ」


「やっぱり褒められてる気がしません」


「大丈夫。私の中では超高評価だから」


 ミリアのさらっとした言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。



 歓迎会は、その後、どこか縮こまった空気のまま続いた。

 厨房では、壺や材料の総点検が行われているらしい。


 ギルドを出て夜の街を歩きながら、俺はふと口を開いた。


「……正式な昇格条件、ちゃんと聞けてよかったですね」


「三ヶ月と五十件、か。

 ちゃんと依頼受けてる人からしたら、そこまで無茶な数字じゃないけど……

 “黒い騒動”に首突っ込んでるあんたからすると、なかなか大変かもね」


「どっちも、やりますよ」


 自分でも驚くくらい、自然に言葉が出た。


「目の前で困ってる人を助けるのも、

 ちゃんと正式依頼をこなしてEランクを目指すのも。

 どっちも大事だって、今日よくわかりましたし」


「素直〜」


 ミリアが笑う。


「でも、ま、それでいいと思う。

 “Fランクだから弱い”って思ってる人たちに、一番効くのってさ」


「一番効くの、ですか?」


「実力と、実績。

 両方で黙らせるのが、一番わかりやすいでしょ?」


「……たしかに」


 黒い何かは、確実に街に入り込んでいる。

 正式な調査隊が動き出すまで、時間がかかるかもしれない。


 でも、その間——


 Fランク冒険者として、目の前で起きる“ちょっとおかしいこと”に気づいて、

 ちゃんと正式な依頼も積み重ねていく。


 雑用をするヒマもないくらい事件に巻き込まれるかもしれない。

 それでも、いつか——


 Fランクがみんな弱いと思っている人たちにも届くくらいの結果を、きっと。


 夜空を見上げながら、俺はそっと剣の柄を握り直した。


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