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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第3章 Fランクなのにダンジョンデビュー。入口の線は、誰が守る

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第70話 封の字と、影のオーガ

!祝70話!!


 黒い波の奥で、輪郭だけが立ち上がった。


 肩が広い。腕が太い。頭が高い。

 影なのに、“重さ”だけは本物みたいに圧がある。


 ――オーガ級。


 白い粉の上に、黒い足が落ちる。

 きし、と音がした気がした。粉が軋むなんて、あり得ないのに。


「……来るぞ!」


 誰かが叫んだ瞬間、群衆の空気が跳ねた。

 跳ねるのを押さえ込むように、ノーラの声が飛ぶ。


「止まらない! 下がる! 歩いて! 歩いて!」


 声で線を作る。

 盾がなくても、彼女は線を作る。


 影のオーガは、その線に向かって――まっすぐ来ない。


 半歩ずれて、柵の“足元”を踏みにいった。


(線を、崩す気だ)


 槍の先を避ける。

 板の壁を避ける。

 代わりに、柵の柱。荷車の車輪。石板の角。


 “形”じゃない。“支え”を折りに来る動き。


「バルド!」


 レイヴァンの声が短い。


「押せ。止めろ。斬るな」


「分かってる!」


 バルドが剣を盾みたいに構え、影のオーガの脛へ体ごと当てた。


 どん、と鈍い衝撃。

 刃が入った感触はない。入れたら増える。だから入れない。


 それでも、押し返せる……はずだった。


 影のオーガは、押されたまま“形”をほどいた。

 脚が脚じゃなくなる。黒い面になる。面が、バルドの剣の“横”から抜ける。


「っ――!」


 バルドが体勢を崩す。半拍。


 その半拍に、黒い糸が二本伸びた。

 狙いはバルドの足首じゃない。剣の柄。握り。


 武器を落とせば、線が割れる。


「ミリア!」


「ライト・ピン!」


 光の釘が床に刺さり、糸の進路を縫い止めた。

 止まる。止まるが、糸は薄くなって逃げ道を探す。


 俺は息を止めた。


(核の匂い……どこだ)


 オーガ級の影の匂いは濃い。濃すぎて、中心が分かりにくい。

 でも、濃い匂いの中に“異物”がある。


 紙とインクの乾いた匂い。

 そして――香油。


 上品な匂いが、胸のあたりからする。


(胸……か)


 俺は石灰袋を裂いて、影のオーガの“胸”へ叩きつけた。


 白が舞う。

 黒の輪郭が一瞬だけ浮く。


 胸の中央に、線が見えた。


 一本、払って。

 一本、止めて。

 ――字だ。


 「封」。


 影のオーガの胸に、黒い字が書かれかけている。


「……封じたことにする気か」


 ミリアが低く吐き捨てた。


 封の字が完成した瞬間、影のオーガの輪郭が“固く”なる。

 柔らかく抜ける面じゃなくなる。叩いても崩れない塊になる。


 固くなる前に、壊す。


(字は、壊せる)


 俺は短剣を抜いた。刃じゃない。刃先の“角”でいい。


 紙は裂けない。

 でも字なら、書き順を壊せる。


 胸の「封」の――縦の芯。

 そこだけを、浅く削る。


 ぎ、と嫌な抵抗。

 石でも肉でもない、“濡れた紙”みたいな手触り。


 次の瞬間、影のオーガの輪郭がふっと揺らいだ。


「今!」


 レイヴァンが前へ出る。


 大剣は抜かない。鞘で、胸を叩く。


 ごん。


 バルドも剣を盾にして、肩から押す。


「押せ! 押し返せ!」


 黒が崩れた。

 崩れて――また寄ろうとする。


 寄る前に、ロウが木の板を突っ込んだ。


 荷車の横木を折って作った、尖った木片。

 線じゃない。縄じゃない。木だ。


 木片が、崩れかけた黒の中心へ刺さる。


 黒が、ぴたりと止まった。


 嫌がる。

 木を嫌がっている。


「効いてる!」


 ロウが叫ぶ。指が痛むはずなのに、声が振るえない。


 影のオーガが、初めて“後ろへ”引いた。

 引きながら、足元の白い粉を踏み荒らす。


 白が舞って、視界が曇る。


 その曇りの中で、声がした。


 紙を擦るみたいな音に混ざって、低い丁寧な声。


「……整えておけば」


 誰かが、どこかで笑った気がした。


 ◇


 影のオーガは、引いたのに終わらない。


 引きながら、柵の外へ“糸”を伸ばす。

 狙いは人。足じゃない。指。喉。目。


 ――混ぜる。


 混乱を混ぜて、線を崩す。


「退路、そっち! こっちじゃない!」


 ノーラの声が飛ぶ。


 声が少し掠れている。

 掠れているのに、止まらない。


 黒い糸が、またノーラの方へ行きかけて――途中で止まった。


 ノーラが木片を出している。

 包帯の上に結んだ、小さな木。


 黒が、木の前では迷う。


「……木、効く!」


 ノーラが掠れた声で言った。

 苦しい声。でも、折れない。


 ミリアが即座に追い打ちする。


「ライト・ピン!」


 光の釘が床に刺さり、糸の逃げ道を縫った。

 薄くなった糸へ、カイが白を投げる。


 ……カイは、まだ入口にいた。


 顔色は悪い。腹を押さえる手も震えている。

 それでも、白い袋を投げる手だけは迷わない。


「こっちの仕事だろ……!」


 声が少し掠れているのは、冷えが回っているせいだ。

 無理をしてるのが分かる。


 レイヴァンが、振り返らずに言った。


「一歩後ろ」


「分かってる……!」


 分かってるのに、下がりきれない背中。

 悔しい背中。


 ◇


 影のオーガの胸の「封」は、まだ書かれたがっている。


 削った線が、じわじわ戻ろうとする。

 “綺麗に整える”癖が、黒にはある。


 なら、整わせない。


 俺は石灰をもう一度、胸へ叩きつけた。

 白で輪郭を浮かせて、木片が刺さっている場所を確認する。


 木片の周りだけ、黒が薄い。

 嫌がって、寄れない。


 つまり――ここが中心だ。


 木片を抜けばまた戻る。

 抜かずに、崩す。


 俺は短剣を、木片の“横”へ滑り込ませた。

 刺すんじゃない。こじる。


 木片の周りに溜まった黒の“膜”を、内側から裂くように。


 裂く瞬間、黒が嫌な音を立てた。

 紙が破れる音に似ている。


 ――それがいけない。


 破れた黒が、鳥になろうとした。


 だが、鳥になる前に。


「……ワン」


 短い鳴き声。


 黒い犬の影が、影のオーガの足元にすっと現れた。

 白い粉の上に、黒い影だけが立つ。


 犬は、破れかけた黒へ鼻を寄せて――一舐め。


 黒が、すうっと薄くなった。


 鳥になり損ねた黒が、犬の口へ吸い込まれるみたいに消えていく。


「……回収してる」


 ミリアが呟いた。


 犬は尻尾を一度だけ振って、影ごと消えた。


 残ったのは、中心を失った影のオーガだった。


 影のオーガは、立っていられなくなった。

 膝が崩れ、肩が落ち、輪郭が“面”に戻る。


 面になった黒が、白い粉の上で広がる。

 広がって――動きが鈍る。


 白が噛んでいる。


「押し返せ!」


 バルドが叫ぶ。


 レイヴァンが鞘で叩く。

 ガレスの兵が槍を揃えて、黒を洞へ押し戻す。


 押す。

 押すしかない。


 黒が、じわじわ後退する。


 入口が、少しだけ“入口”に戻る。


 ◇


 その瞬間、石板の方で、ぎ、と嫌な音がした。


 刻印係の石板。

 救出班の名を刻んだ、あの石。


 黒い面の端が、最後の悪あがきみたいに伸びて、石板の溝へ触れている。


 溝が、埋まる。


 埋まると、読めない。


「石板!」


 アルヴィンが叫んだ。丁寧じゃない声。


 アルヴィンがタガネを握って、石板へ突っ込む。

 手が震える。腕が貧弱。――でも、動きは速い。


「……深く刻めば、埋められない!」


 ぎん、と石を叩く。


 黒が溝に入り込むより早く、溝が深くなる。

 深くなると、黒が“綺麗に”埋められなくなる。


 黒が嫌がる。


 嫌がる黒が、今度はアルヴィンの指を狙った。


 細い糸。


「アルヴィン!」


 ミリアが振り向く。


「ライト・ピン!」


 光の釘が床に刺さる。

 糸が止まる――止まるが、薄くなって抜けようとする。


 その薄さに、俺の鼻が嫌に反応した。


 糸の匂いの奥に、香油が濃い。

 さっきより濃い。


(近い)


 香油の匂いが、石板のすぐ後ろからする。


 アルヴィンの背後。

 白い粉を避けて、綺麗な外套が立っている。


 マルトン。


 丁寧な顔のまま、距離を置いて。

 でも“近い”。


 マルトンが口を開く。


「危険です。そこから離れなさい。記録は後で――」


 言葉が終わる前に、黒い糸がもう一本、石板の溝へ伸びた。

 伸びる方向が、マルトンの足元と重なる。


 偶然にしては、匂いが綺麗すぎる。


 俺は言いかけて、飲み込んだ。

 今ここで主語を決めると、線が割れる。


 だから、やることだけやる。


 石灰をひとつかみ、糸へ叩きつける。

 白が噛む。糸が鈍る。


 短剣の柄で叩いて、糸を“ずらす”。


 糸が石板から外れた。


 アルヴィンが、歯を食いしばって石を叩き続ける。


 ぎん、ぎん。


 石に刻まれる音が、今夜いちばん頼もしい。


 ◇


 黒い面は、洞の中へ押し戻された。


 入口の線が、ぎりぎり保たれている。


 誰も勝った顔をしていない。

 誰も負けた顔もできない。


 ガレスが槍を鳴らして叫ぶ。


「入口線、維持! 追うな! 街へ出すな!」


 追うな、という言葉が重い。

 本当は追って潰したい。潰せないから、追うな。


 レイヴァンが鞘を下ろし、肩で息をした。

 バルドも剣を下ろす。握りが白い。


 カイが、ふらりと座り込んだ。


「……やべぇ。マジで、冷てぇ……」


 ミリアがすぐに膝をついて、カイの手首を掴む。


「……黒の冷え。回ってる」


「笑えるな……。粉屋、向いてねぇ……」


「黙って」


 ミリアの声は冷たいのに、手は早い。

 治療師を呼ぶ。布を巻く。温める。


 ノーラの声が、遠くでまだ動いていた。


「終わりじゃない! 列を保って! 帰るまでが線よ!」


 その声が、今夜の最後の盾だと思った。


 そして、石板。


 アルヴィンが、刻み終えた溝を指でなぞっていた。

 石の粉で指が白くなっている。


「……残った」


 小さく言った声は、勝利じゃない。

 生き残った声だ。


 俺は息を吸った。


 入口の湿気の匂いの奥に、まだ墨がいる。

 まだ書いている匂いがする。


 でも今夜、ひとつだけ確かになった。


 綺麗に整えさせなければ、黒は弱い。

 木があれば、黒は迷う。

 石に刻めば、消されにくい。


 そして――香油の匂いは、ここから消えない。



 これは終わりじゃない。

 でも、線は折れなかった。


 折れなかったことだけが、今夜の“記録”として残る。


いつもありがとうございます。


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