第7話 Fランク歓迎会②
◇
夕方。
ギルド二階の広間は、いつもとは違う雰囲気になっていた。
長机にはパンやスープ、簡単なおつまみ類。
薄い酒と水の入った壺が並べられ、「Fランク新人歓迎会」と書かれた布が壁に掛けられている。
「うわ、意外とちゃんとしてる」
カイが目を輝かせる。
周りを見回すと、俺より小柄な連中が多かった。
まだ声変わりしてなさそうな少年や、背丈もミリアより低い子たち。
(やっぱり、俺、ちょっと浮いてるな)
十代前半ばかりの中に、十八歳の新人Fランク。
自分でも、少し場違いな気がした。
「レオン、こっち空いてる」
ノーラが手を振る。
大盾を抱えた彼女と、ロウも既に席についていた。
「それでは——」
しばらくして、壇上にギルド職員らしき男が姿を現した。
腹が少し出ていて、いかにも“書類仕事慣れてます”という風貌だ。
「本日は、Fランク新人諸君のための歓迎会にお集まりいただき、誠にありがとう。
私はトラヴィス冒険者ギルド、運営補佐官のドルネだ」
ぱらぱらと拍手が起こる。
「まず、諸君に伝えておくべきことがある。
——Fランクは、“弱い”だ」
どよ、と広間の空気が揺れた。
「誤解するなよ。責めているわけではない。
冒険者というものは経験と功績で評価される。
それが“ランク”という形になっているのだ。」
「諸君らは冒険者としての経験も実績も、まだこれから積んでいく段階。
だからこそ、ギルドは諸君を“保護しながら見極める”必要がある」
ドルネは、背後のランク表を棒で指した。
「この街のFランクの多くは、十〜十五歳。
十五歳前後でEランクになれば一人前、というのが目安だ。
それを踏まえたうえで——FからEへの昇格条件は三つ」
広間の空気が、少し引き締まる。
「一つ。**登録から三ヶ月以上の活動期間**。
二つ。**正式依頼の達成件数が五十件以上**。
三つ。**ギルドによる適性評価**——つまり、報告態度や依頼主からの評判、他冒険者とのトラブルなどだ」
(……五十件、か)
三ヶ月、五十件。
一週間に五件ペースなら、ぎりぎり届くかどうかだ。
「ちなみに、“噂”で“十件こなせばすぐ上がれる”だの“強ければ飛び級できる”だのと言う話もあるが——」
ドルネは苦笑した。
「正式な規定ではない。
たしかに、例外的な昇格が認められたケースも過去にはあるが……
基本は、いま言った三つだ」
「Fランクの仕事は、雑用が多い。
街の掃除、荷物運び、迷子探し。
だが、それらは全て“街を支える仕事”だ。
それを忘れずに、一件一件を大事にこなしてほしい。
——それが、昇格への最短ルートでもある」
ドルネの言葉は、教科書的ではあるが、筋は通っていた。
「街で起きた小さなトラブルに首を突っ込むな、とは言わん。
だが、それだけでは“冒険者としての評価”は上がらない。
そこは、しっかり覚えておくように」
言いながら、ドルネはちらりとこちらを見た。
(……見られてるな)
「では次に、先輩冒険者から一言ずつもらおう。
まずは、Dランクのガンツ・バロウス」
壇上に上がったのは、大きな盾を背負った髭面の男だった。
鎖かたびらの上に分厚い革鎧。
いかにも前線で殴り合っていそうな体つきだ。
「ガンツだ。Dランクの盾役やってる」
ごつい見た目に似合わず、声は落ち着いていた。
「Fランクの仕事は、見ての通り地味だ。
だが、ここで“雑用なんかやってられるか”って突っ張ったやつから、先に死ぬ」
広間が静かになる。
「俺の同期にもいたよ。
Fになってすぐ、“討伐依頼じゃねえとカッコつかねえ”って、雑用を全部断って、外に出たやつが。
……今は、名前を覚えてるやつもいねえ」
ガンツは、淡々と続けた。
「Fランクのうちは、街の中で仕事を覚えろ。
依頼の受け方、報告の仕方、人との付き合い方。
そういうのをナメると、Eになってから詰むぞ」
言葉の一つ一つに、妙な重みがあった。
ノーラが、ぎゅっと盾の取っ手を握りしめるのが見える。
「次に、同じくDランクのセラ・フィン」
壇上に出てきたのは、ローブ姿の女性だった。
首からは、光る小さなペンダント。
「私はセラ。治癒魔法使い」
セラは、少しだけ周りを見回してから口を開いた。
「Fランクのうちは、“背伸びしたがる子”を山ほど見てきた。
“自分は強いから大丈夫”って、EやD向けの依頼に首を突っ込んで、傷だらけになって帰ってくる」
ロウが、思わず姿勢を正した。
「治癒魔法で傷は塞がる。
でも、怖かった記憶や、失った仲間は戻らない。
そこを、ちゃんと覚えておいて」
セラの視線が、広間のあちこちをゆっくりと撫でていく。
「“無茶をしない”のも、立派な実力の一つ。
Fランクのうちは、“自分がどれくらいできるか”を知ること。
……それができる子は、だいたいDまで上がって生きてる」
ロウが小さく息を吐いた。
「最後に——Fランクの先輩から話をしてもらおう」
「……あの人」
ミリアが小さく声を漏らした。
「知り合い?」
「名前しか知らない。“Fランク最古参”のアメリア・グレイン。
昇格試験を全部断って、ずっとFランクのままらしいよ」
「そんな人がいるんですか」
「いる。ギルド七不思議の一つ」
アメリアと呼ばれた女性からは、明らかに只者ではない気配が漂っていた。
ドルネの声が一段階低くなる。
「この街で“Fランク最強”と呼ばれる、アメリア・グレインだ」




