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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第3章 Fランクなのにダンジョンデビュー。入口の線は、誰が守る

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第51話 初層搬送と、引き直した線


 ——【霧紺の洞・初層搬送補助】——

 依頼主:トラヴィス冒険者ギルド(調査班)/城塞騎士団

 内容:霧紺の洞の入口〜初層外周(補給棚)までの搬送路にて、封印札・石灰・補給物資の運搬補助。

    ※戦闘域への同行は禁止。本隊の後ろを維持し、異常兆候を確認した場合は即時報告・撤退。

 条件:F〜Eランク(複数人)

 ———————————————


 依頼札を見た瞬間、ミリアが小さく鼻で笑った。


「“初層外周”って書き方、好きね。『中に入るけど入らない』ってやつ」


「言い方」


 カイが肩をすくめる。


「でも実際そうじゃね? 入るけど、戦わない」


「戦わない、じゃない」


 ロウが淡々と訂正した。


「戦えない」


 ノーラが盾のベルトを握り直す。


「……でも、やる。入口で止まらなかったんだもん。線を引き直すしかない」


 俺は黙って札を見た。


 入口線を一段内側に引く。

 言葉は軽いけど、意味は重い。


 “危ないものが、もう入口まで来てる”ってことだから。


 ◇


 霧紺の洞の入口は、朝から忙しかった。


 騎士団が柵を増設している。

 調査班の机には紙が増え、封印札の束が積まれている。

 そして――眼鏡の男、アルヴィンが、いつもより早口で誰かに指示していた。


「番号の貼り間違いは、保管庫で混乱になります。こちらは“隔離の隔離”ですよ。扱いを統一してください」


 “隔離の隔離”。


 昨日の箱のことだろう。


 俺たちが近づくと、アルヴィンは一瞬だけ視線を向け、すぐに視線を外した。

 露骨じゃない。露骨じゃないのが、逆に気になる。


「おはようございます」


 ミリアが先に言った。


「……おはようございます」


 アルヴィンは返した。返しただけだ。

 それから、わざわざ紙を一枚差し出してくる。


 ——【搬送路当番・注意書】——

 ・本隊の後方を維持すること

 ・独断での戦闘介入を行わないこと

 ・異常兆候を報告した場合、当番は速やかに撤退し入口線へ復帰すること

 ———————————————


「昨日の“騒ぎ”が、よほど効いたんですね」


 カイが小声で言う。


 アルヴィンの眉がぴくりと動いた。


「効いた、ではなく、必要です。現場は――」


「現場は混乱する、ってやつ?」


 ミリアが被せる。


 アルヴィンは一拍置いて、眼鏡を押さえた。


「……“混乱させない”のが、仕事です」


 言い切った声は丁寧だった。

 でも、“こちら”を見てない丁寧さだった。


 逆恨み――というほど露骨じゃない。

 けれど、恥をかいた相手に対する“棘”が薄く残っている。


「注意書、受け取ったわ」


 ミリアは紙を折って懐に入れた。


「じゃあ、私たちは“本隊の後ろ”に行く。以上ね」


 アルヴィンは頷いたが、その頷きは「許可」みたいに見えた。


 ……変な気分だ。


 ◇


「来たな、荷物班」


 洞の入口の少し内側、詰所みたいな場所で、バルドが腕を組んで待っていた。


 Cランク。

 前に山道で会ったときより、顔色がましだ。

 でも目は相変わらず険しい。


「今日から初層まで入る。……と言っても、奥まで来るなよ」


「分かってます。補給棚までです」


 俺が言うと、バルドが鼻で笑った。


「分かってる、って言い方は好きだ」


「嫌味ですか」


「現場じゃ“分かってるつもり”が一番死ぬ」


 バルドはそれだけ言って、洞の奥を顎で示した。


「ついて来い。本隊は前だ。……昨日みたいに“外で影が出る”なら、中が無事な保証はねえ」


 ミリアが小声で呟く。


「つまり、入門ダンジョンは終わった、と」


「終わってない」


 バルドが聞こえたみたいに言った。


「終わってないから面倒なんだよ。

 “入門の顔”してるまま、牙が増えてる」


 嫌な言い方だった。


 ◇


 入口をくぐると、空気が変わる。


 湿気が肌に張りつく。

 壁の色が青黒く、薄暗い光を吸い込む。


 俺は無意識に鼻で息をした。


(……薄い)


 黒い匂いは、まだ濃くない。

 だけど、“何もない匂い”じゃない。


 初層外周。搬送路。


 言葉にすると安全そうなのに、足元は滑りやすく、壁はひんやり冷たい。

 洞の中は、外より静かなのに、外より落ち着かない。


「補給物資はここまでだ」


 バルドが指差す。


 壁際に木棚があり、石灰袋と封印札が積まれている。

 すでに何度か運び込まれているのか、棚の木が湿気で膨らんでいた。


「置いたら戻る。戻るまでが仕事だ。いいな?」


「はい」


 ノーラが頷き、カイが背負い籠を降ろす。


 ロウは棚の周りを一度だけ見回した。

 逃げ道の確認だ。


 ミリアは、棚の端の石壁を見ていた。


「……これ」


 彼女が指で示す。


 石壁の目地。

 そこに、薄い線が刻まれている。


 魔法陣、ってほど大きくない。

 でも、線の癖が――夜会地下で見たやつに似ていた。


「同系統……」


 ミリアの声が低くなる。


 バルドが不機嫌そうに言った。


「見んな。見るな。……余計なもんが頭に入る」


「余計じゃないわよ」


 ミリアは言い返さず、ただ杖を握り直した。


 俺は壁に顔を近づけた。


 匂いは、まだ薄い。

 だけど――


(ここ、息してる)


 壁が呼吸するみたいに、湿気の流れがゆっくり動いている。


 気のせいかもしれない。

 気のせいであってほしい。


 ◇


「撤収!」


 バルドの声で我に返る。


 俺たちは荷物を置き、空の籠を背負い直して戻り始めた。


 戻りの通路で、前方から金属音が響いた。


 剣と爪がぶつかる音。

 魔法の光が一瞬だけ壁を照らす。


 本隊の戦闘だ。


 俺たちは“戦闘域に入るな”と言われている。

 でも、音は勝手に届く。


「……結構やってるな」


 カイが小声で言った。


 ノーラが盾を少し強く抱え直す。


「初層、だよね……?」


「初層だ」


 バルドが吐き捨てる。


「だから厄介なんだ。ここで詰まったら、“初心者が詰む”ってことになる。

 ……上はそれを嫌がる」


「上、って」


 ミリアが言いかけて、飲み込んだ。


 聞かなくても分かる。

 ギルドの上層。貴族。城塞。看板。面子。


 そういうのが、洞の湿気より嫌にまとわりつく。


 そのとき――俺の鼻が、ちくりと鳴った。


(来る)


 匂いが動いた。

 薄いのに、鋭い。


「止まって」


 俺が言うと、全員が反射で止まった。


 バルドが振り返る。


「何だ」


「……匂いが、変」


 俺が言い終える前に、ミリアが杖を構えた。


「来るなら小さいやつ。入口線まで戻るわよ」


 ロウが縄を手に取り、ノーラが盾を前に出す。

 カイが石を握る。


 ――何も起きない。


 壁も床も、普通のまま。

 音は奥で続いているだけ。


「……気のせいか?」


 カイが小声で言う。


 俺は首を横に振った。


「気のせいじゃない。

 でも、“まだ出てない”だけ」


 自分で言って、嫌になった。


 バルドが舌打ちする。


「……戻るぞ。今の話は、シルヴァに言え」


「はい」


 俺たちは歩き出した。

 歩き出した瞬間、背中側――さっきまで立っていた壁の目地が、ほんの一瞬だけぬらりと光った気がした。


 振り返る前に、風が動いて匂いが散った。


 見間違いだと言い聞かせるには、鼻が正直すぎる。


 ◇


 入口詰所に戻ると、シルヴァがすぐに捕まえた。


「どうだった」


 ミリアが先に言う。


「補給棚の壁に、線がある。夜会地下と似てる」


 シルヴァの眉が深くなる。


「……やっぱり同系統か」


「それと」


 俺が続けた。


「戻りの途中で、匂いが動きました。出てはないけど、動きだけ」


 シルヴァは短く頷いた。


「分かった。記録する。……入口線を一段内側に引いたのは正解だ」


 その言葉は、褒めじゃなかった。

 “間に合ってない”の裏返しだった。


 ちょうどそのとき、アルヴィンが紙束を抱えて通りかかった。


 俺たちを見る。

 見て、すぐ視線を外す。


 でも、口だけが動いた。


「……本日から“搬送路当番”も記録に組み込みました。

 勝手な判断は増やさないでください。お願いします」


 丁寧に言った。

 丁寧に言って、釘を刺した。


 ミリアは何も言わなかった。

 言う代わりに、俺の袖を軽く引いた。


「行こ。今日は終わり。明日も同じ場所に立つ」


「うん」


 関係は変わらない。


 でも、線の位置が変わった。

 線が内側に引かれたってことは、俺たちが立つ場所が、昨日より危ないってことだ。


 霧紺の洞の入口を見た。


 紺色の湿気が、今日もゆっくり息をしている。

 薄いのに、通したくない匂いが混じる。


 そして俺は、確信に近い嫌な予感を抱いた。


 ――明日は、“まだ出てない”が、出るかもしれない。


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