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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第3章 Fランクなのにダンジョンデビュー。入口の線は、誰が守る

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第50話 台帳の空白と、通したくない匂い

!祝50話


 夜番明けの空は、やけに白かった。

 霧紺の洞の入口から漏れる湿気が、朝日をぼんやり滲ませている。


 隔離テントの脇で湯を沸かしながら、俺は耳を澄ませた。

 布の向こう――事務机の方から、紙をめくる音が聞こえる。


 羽根ペンの擦れる音。

 乾いたインクの匂い。

 ……そして、眼鏡の男の声。


「――昨夜、隔離品より小型影獣一体が発生。

 現場は騎士団が封鎖、当方が隔離処理を実施。封印札の再点検を手配しました」


 声は丁寧で、滑らかで、無駄がない。


 でも――

 盾を出したのが誰か。

 縄を投げたのが誰か。

 光の釘を打ったのが誰か。

 それは「現場」の二文字にまとめられて、どこかへ消えた。


「負傷は?」


 別の男の声。騎士団の伝令だろう。


「擦過傷程度です。騒ぎ立てるほどのものではありません」


 その最後の一言が、わざとらしく聞こえた。

 ――騒ぎ立てたのは誰でしたっけ。


 俺の横で、ミリアが小さく息を吸った。

 怒りの前に、冷える音だ。


「……ねえレオン。今の、聞こえた?」


「聞こえました」


「聞こえるように言ってるのよ。あれ」


 確かに。

 テントの布越しでも聞き取りやすい声量だった。


 ◇


 そのとき、隔離テントの入口が開いて、アルヴィンが出てきた。


 眼鏡はぴしっと正しい位置。

 手袋も新しい。

 昨夜の“尻もち”なんて最初からなかったみたいな顔。


 ただし――目だけが、少し硬い。


 俺たちを見ると、アルヴィンは一瞬だけ口元を引き締めたあと、すぐに営業用の笑みに戻した。


「おはようございます。昨夜は……その、助かりました」


 助かった、と言っているのに、声の温度は紙と同じだった。


「おはようございます」


 ミリアが返す。笑ってない。


 アルヴィンは、机の上の台帳をぽん、と叩いた。


「本日から、隔離品の運用手順を少し改めます」


「改める?」


「はい。昨夜の件で、入口線が“感情的”に動きすぎましたので」


 言った。


 丁寧な言い方で、刺してきた。


 ノーラが思わず「え」と声を漏らし、すぐ口を押えた。

 カイは目を丸くして、ロウは無言で縄の結び目を直している。


 ミリアの目が細くなった。


「感情的?」


「現場はそうなりがちです。特に低ランクの方々はそういう傾向があります。

 経験が少ないので仕方がありません。分かります」


 アルヴィンはうなずくふりをした。


「ですが、隔離品の管理は――規定と手順が命です。

 昨夜のように“勝手な判断”が増えると、責任の所在が曖昧になる」


「勝手な判断って、何のこと?」


 ミリアの声は静かだった。


 アルヴィンは、まっすぐ答えた。


「隔離品に対して、必要以上に接触すること。必要以上に騒ぐこと。必要以上に――」


 そこで言葉を切って、眼鏡を押さえた。


「……私が、皆さんの前で少々取り乱したのも事実です。恥をかきました」


 自分で言うんだ、と少し驚いた。

 でも次の瞬間、その「恥」が、矛先を変える音がした。


「同じことを繰り返したくない。

 だから“手順”を強化します。皆のためにも」


 皆のためにも、という言い方が便利だった。


 ◇


 アルヴィンが紙を差し出す。


 ――【隔離品取扱い注意書】――

 ・隔離品の搬入出は、騎士団または調査班の立会いがある場合に限る

 ・F〜Eランク当番は警戒線の維持と通報を優先し、単独判断での処理を行わない

 ・異常兆候を報告した場合、記録は事務班の書式に従い要約すること

 ———————————————


「……要約される?」


 カイが思わず読む。


 アルヴィンは、にこりともせず頷いた。


「報告は統一しなければ混乱します。

 昨夜のように、“誰が何をした”を細かく書くと、責任の押し付け合いになりますから」


 ミリアが、紙を持ったままアルヴィンを見る。


「責任の押し付け合いが嫌なら、功績の押し付け合いも嫌でしょうね」


「功績?」


 アルヴィンは、わずかに口角を上げた。


「功績は、正式な報告書に付随します。

 正式な報告書は、規定に従って取りまとめます。以上です」


 言い切った。


 昨夜の“焦り”は、もう見せない。

 その代わり、別の鋭さを出してきた。


 ――逆恨み。

 だけど、刃の持ち方を知ってるタイプの。


 ミリアは紙を返さなかった。

 破かない。怒鳴らない。

 ただ、声だけをさらに冷やした。


「じゃあ、私たちがすることは何? “立ってるだけ”?」


「立つのは重要な仕事です」


 アルヴィンは淡々と言う。


「入口線を維持する。異常があれば報告する。――簡単でしょう?」


 簡単、と言った。

 俺はその言葉が、黒い匂いより嫌だった。


 ◇


 そこへ、騎士団が木箱を運んできた。

 昨日の“影イタチ”が出た箱とは別。だが、封印札の貼り方が似ている。


 雑。急ぎ。乱れ。


 俺の鼻が、ちくり、と鳴った。


(……薄い。でも、通したくない)


「その箱」


 俺が口を開くと、アルヴィンが先に被せてきた。


「これは移送します」


 即答だった。


「ギルドの保管庫へ。入口に置くべきではありません。

 昨夜の件で、ここを“危険地帯”みたいに扱われると困るので」


 困るのは誰だろう。

 街か。ギルドか。アルヴィンか。


「待ってください」


 俺は言った。


「封印札の匂いが弱い。今動かすのは危ないです」


「匂い。……またですか」


 アルヴィンが、わずかに眉を動かす。


「君の鼻が優れているのは認めます。

 ですが、保管庫の方が設備が整っている。責任者もいる。手順も――」


「手順の前に、漏れます」


 ミリアが淡々と言った。


「ここなら“外”。街の中で漏れたら、止めにくい」


 アルヴィンは一瞬黙って、騎士団の兵を見た。


「予定通り運びます。……昨夜のように“騒ぎ”になる前に」


 その言い方が、明らかに棘があった。


 主導権を握りたい。そういう種類の焦り。


 兵が木箱に手をかける。


 その瞬間、木が、内側から――かすかに、きし、と鳴った。


 俺の背中に、冷たい汗が浮く。


「止めて!」


 言ったときには、遅かった。


 封印札の端が、ふわ、と浮いた。


「……っ」


 ミリアが杖を構える。


 ノーラが盾を前に出す。

 ロウが縄を半歩前へ。

 カイが石を掴む。


 俺たちの連携は、反射で出る。


 木箱の隙間から、黒いものが――ほんの糸みたいに漏れた。


 影ネズミほどの形にもならない。

 でも、匂いだけは濃い。


「アルヴィンさん!」


 俺が叫ぶ。


「札、貼り直して! 今!」


 アルヴィンが一瞬、固まった。


 Fランクに指示されるのが嫌なのが、顔に出た。

 その“半拍”が命取りになる。


 ミリアが先に動く。


「ライト・ピン!」


 光の釘が、浮いた札の縁を地面に縫い付けるみたいに固定する。

 完全ではない。時間稼ぎ。


「ロウ、縄!」


 ロウが箱の周りに縄を回し、ぎゅっと締めた。

 “箱を縛る”んじゃない。“隙間を殺す”。


「石灰!」


 俺は腰の袋を裂いて、箱の下に白い粉を撒く。


 黒い糸が、びく、と止まった。


 その一瞬。


「……ワン」


 黒い犬の影が、木箱の影にすっと現れた。


 箱の隙間へ鼻先を近づけ、ひと舐めする。

 黒い糸が、すうっと消える。


 回収。


 犬は何も言わず、影のまま消えた。


 静寂が戻る。


 兵が青い顔で手を離した。

 アルヴィンは、眼鏡の奥で目だけを忙しく動かしている。


「……ほら」


 ミリアが言った。


「“騒ぎ”じゃない。危険よ」


 アルヴィンの喉が鳴った。


 でも、彼は謝らなかった。

 代わりに、口の端を固くして言った。


「……だからこそ、保管庫に」


「だからこそ、ここで封印を立て直すのよ」


 ミリアの声は、刃物みたいに冷たかった。


 ◇


 そこへ、足音。

 シルヴァが来た。顔が最初から険しい。


「何やってる」


 状況を一目見て、理解したらしい。

 彼はアルヴィンを見ずに、木箱だけを見た。


「……動かしたのか」


「動かそうとしました」


 ミリアが短く答える。


 シルヴァは息を吐き、今度はアルヴィンを見る。


「君、昨日の件で何を学んだ?」


「手順の重要性です」


 アルヴィンが言う。


「手順は大事だ。だが、優先度がある」


 シルヴァの声が低くなる。


「この箱は“隔離の隔離”に回す。

 移送は封印を二重にしてから。調査班の立会いがある時だけ」


「ですが、上から――」


「上が誰でも関係ない。入口線が崩れたら、上も下も沈む」


 シルヴァが言い切った。


 アルヴィンの顔が、わずかに歪む。

 今度は“上位者への不満”に向かっていくのが見えた。


 でも――彼はそれを飲み込んだ。


「……承知しました」


 アルヴィンは頭を下げた。形だけきれいに。


 そのまま台帳を開き、羽根ペンを取る。


「記録します。

 『封印札の浮き、確認。調査班立会いの上、封印再施工』――」


 淡々と書く。


 俺はその紙に、俺たちの名前が載るかどうかを見てしまった。


 載せないなら、載せないで。

 載せたら載せたで、“責任”のところだけ太字になる気がした。


 ◇


 封印の貼り直し作業が始まり、結局、午前が潰れた。


 指先は札の糊でべたつき、石灰で白くなる。

 地味で、面倒で、でも必要な仕事。


 そして、夕方。

 シルヴァが俺たちを呼んだ。


「入口線だけでは追いつかなくなってきた」


 短く言って、霧紺の洞の簡易地図を広げる。


「だから明日から、線を一段内側に引く。

 初層の“搬送路”まで。補給棚までだ」


 ミリアが目を細めた。


「……Fも?」


「Fもだ。荷運び枠。あくまで本隊の後ろ。深入り禁止」


 ノーラが盾のベルトを握り直す。

 ロウが縄を締め直す。

 カイが「まじか」と小声で言った。


 俺は、洞の入口を見た。


 紺色の湿気が、今日もゆっくり息をしている。

 薄いのに、通したくない匂いが混じる。


 入口は逃げない。

 逃げないぶん、逃げ場もない。


 そして――入口の外でも、入口の内でも、

 “札を刻む手”は、同じ速度で動く。


 俺は短剣の柄を握り直して、

 明日の線の位置を、頭の中でなぞった。


本年は大変お世話になりありがとうございました。

どうぞ来年もよろしくお願いいたします。




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