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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第3章 Fランクなのにダンジョンデビュー。入口の線は、誰が守る

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第49話 隔離テントの夜番と、札を刻む手


 夕暮れの霧紺の洞は、昼より静かで、昼より不気味だった。


 入口の柵の向こう側――洞の口から、紺色の湿気がゆっくり漏れてくる。

 たいして濃くない。呼吸が苦しくなるほどでもない。


 でも、「薄いから安全」とは限らない。


 今日それを、もう思い知らされている。


 影ネズミ。

 袋から飛び出した、あの“影の形”。


 止められた。止めた。

 だからこそ、余計に嫌だった。


 ――入口の外で起きたことが、一番嫌だった。


 ◇


 夜番の割り当てが、追加で出たのは日が落ちてすぐだった。


 ガレスが来て、短く言った。


「隔離テントの番もつける。今夜からだ」


「隔離テント……押収品の?」


「そうだ。

 “外で起きた”以上、外で終わる保証がない。

 それと――盗まれると面倒だ」


 最後の一言に、ミリアの眉がわずかに動いた。


「盗まれる?」


「“危ない物”は、危ない奴が欲しがる」


 ガレスはそれだけ言って去った。


 俺たちは顔を見合わせる。


「……つまり、“危ない物を安全に保管する”仕事が増えた」


 ロウが淡々と言う。


「F向けだな」


「向いてるって言われても嬉しくないやつ!」


 カイが小声で突っ込む。


 そこへ、騎士団の伝令が木札を一枚持ってきた。


 ——【隔離テント夜番】——

 依頼主:城塞騎士団/トラヴィス冒険者ギルド

 内容:霧紺の洞入口の隔離テントにて、押収品・疑義品の保管番。

    無断搬出入の防止、および異常発生時の警報・初動対応。

    ※追跡・洞内深追いは禁止。検疫線の維持を優先。

 条件:F〜Eランク(複数人)

 ———————————————


「ほらね、“初動対応”って書いてある。怖い」


 カイが札を見て顔をしかめた。


「怖いから書いてあるのよ」


 ミリアが淡々と言う。


「書いてない怖さもあるけど」


「それ言うと、全部怖いです」


「全部怖いわよ」


 あっさり言い切られて、逆に笑いそうになった。


 ◇


 隔離テントは、入口の柵の内側にあった。


 外に一枚、内に一枚。

 布の壁。縄。札。石灰の袋。


 外から見ればただの仮設。

 中に入れば、匂いでわかる。


 薬草と消毒の匂い。

 汗と血の匂い。

 そして――薄い、黒い匂い。


「ここ、匂いが混ざりすぎて分かりにくくない?」


 ノーラが小声で言う。


「分かりにくいから、分かる鼻が必要なんだよ」


 ミリアがさらっと俺を見る。


「……努力しなくても必要にされるの、やめたいんですけど」


「努力してなくても必要なんだから、仕方ないでしょ」


 その会話の途中で、テントの外から足音が近づいてきた。


 砂利を踏む、軽い靴音。

 鎧の音じゃない。


 俺の鼻に、墨と紙の匂いが届いた。


(……事務)


 匂いだけで分かるのも、どうなんだろうと思う。


 テントの入口が開いて、男が入ってきた。


 細身。背筋がまっすぐ。

 清潔な手袋。眼鏡。

 服にはギルドの紋章が縫い付けられている。


「失礼。城塞騎士団から連絡を受けました。隔離テントの当番は――君たちですね」


 声が、やけに丁寧だった。


「はい。Fランクです」


 ミリアが名乗るより先に答えると、男は小さく頷いた。


「私はギルド事務班、アルヴィン・コールマン。

 本日から、隔離品の管理台帳もこちらで取りまとめます」


「台帳……」


 カイが小声で言う。


「また札を刻む人が来た」


 アルヴィンは聞こえないふりをして、紙束を机の上に置いた。


「押収品・疑義品は、内容の記載、封印札の枚数、保管番号。

 これが揃っていないと、後で責任問題になりますので」


「責任問題って、誰の責任ですか」


 ミリアが笑わずに聞く。


「運用の責任は、現場です」


 アルヴィンは、まっすぐ言った。


「そして現場の中でも――ここは“入口線”ですから。

 入口線が崩れたら、困るのは街です」


 正論の顔をしている。

 でも、口の端にほんの少しだけ、別の何かが混じっている。


(……線を守れ、は正しい)


 だけど、“線に立ってる奴は安い”も、同じ口から出そうだ。


 ミリアも同じことを感じたのか、言葉を一度飲み込んだ。


 ◇


 しばらくは、台帳の確認と、保管番号の貼り直しで時間が過ぎた。


 外から持ち込まれた布袋。

 木箱。

 回収品。


 アルヴィンは手際がいい。

 字が綺麗で、番号を振るのが早い。


 その手が“札を刻む”のに慣れているのが分かる。


「……手際、すごいですね」


 思わず言うと、アルヴィンは軽く眼鏡を押さえた。


「現場は混乱しがちですから。整える役が必要です」


「整えるだけで済めばいいんですが」


 ミリアの言葉は、棘が薄い。

 薄い棘が一番刺さる。


 アルヴィンは、気づかないふりをした。


 ◇


 そのとき、外で声がした。


「隔離品の追加だ。今すぐ預ける」


 鎧の音。騎士団だ。


 テントの入口が開き、騎士が二人、木箱を運び込んできた。

 箱は一つ。だが、妙に重そうだった。


 箱には封印札が貼られている。

 でも、貼り方が雑だ。


 俺の鼻が、ちくり、とした。


(……薄い。けど、いる)


 黒い匂い。


「アルヴィン殿、台帳に」


 騎士が言うと、アルヴィンは即座に羽根ペンを取った。


「はい。保管番号は――」


「待ってください」


 俺の声が、自分でも驚くほど低かった。


 全員の視線が、俺に向く。


 アルヴィンの眉が、わずかに動いた。


「……何でしょう」


「この箱、匂いが変です」


「匂い」


 アルヴィンは、ほんの一瞬だけ困った顔をした。


「それは君の“特殊技能”の話ですか?」


「そうです。

 黒い石と同じ系統が、薄く混じってます」


「封印札も貼ってありますし、騎士団経由です。

 まず台帳が先です」


「台帳の前に、隔離です」


 ミリアが、淡々と言った。


「番号を振るのは、動かなくなってからでもできる」


「……」


 アルヴィンは、一度だけ騎士を見る。


 騎士は肩をすくめた。


「昨日の件があったからな。念には念だ」


 アルヴィンの口元が、ほんの少しだけ歪んだ。


「……分かりました。隔離番号を仮で振って――」


 その瞬間。


 木箱の中から、かすかな音がした。


 ――カリ。


 爪が木を引っ掻くみたいな音。


 全員が動きを止める。


「……今の、なに?」


 カイが小声で言った。


 俺の鼻が、もう一度ちくりと鳴った。


(生きてる)


「箱、開けるなよ」


 騎士が低い声で言う。


「封印がある。勝手に開けたら――」


 言い終わる前に、箱の側面が、内側から押された。


 木が、みし、と鳴った。


「っ……!」


 ノーラが盾を前に出す。

 ロウが縄を構える。

 ミリアが杖を握る。

 カイが石を掴む。


 ……俺たちの連携は、もう体に染みている。


 アルヴィンだけが、一歩遅れた。


「ま、待ってください。これは、書類上――」


「書類より先に来ますよ、それ!」


 俺が言った瞬間、木箱の隙間から黒い影が噴き出した。


 影は小さい。

 影ネズミより少し大きい。――影イタチみたいな形。


 速い。

 狙いがいやらしい。


 一直線に、アルヴィンの足元へ飛んだ。


「うわっ!」


 アルヴィンが声を上げて尻もちをつく。


 影が、足首に噛みつこうとする。


「ノーラ!」


 ノーラの盾が、影の進路に滑り込む。


 がん、と乾いた音。

 影が盾に弾かれて、空中で回転した。


「ロウ!」


 ロウの縄が走る。影の胴に絡み、輪郭を縛った。


 影は潰れない。

 でも、“広がる”前に止められる。


「ミリア!」


「ライト・ピン!」


 針の光が、影の核に刺さる。


 影がきゅ、と縮む。


 縮んだ瞬間、縄がたわむ。


 ――影は、軽い。


「カイ!」


「任せろ!」


 カイの石が、縮んだ影を叩いた。


 影がほどけて、黒いシミみたいになって床に落ちる。


 残り香だけが、嫌に冷たい。


 そして――


「……ワン」


 短い鳴き声。


 テントの入口の影に、黒い犬が一瞬だけ見えた。


 床の黒いシミに鼻先を寄せ、ひと舐め。

 影ごと、消えた。


 回収。


 まるで「終わったなら片付けます」と言わんばかりに。


 ◇


 静寂が戻る。


 アルヴィンが、白い手袋を震わせながら立ち上がった。


 眼鏡が少しずれている。


「……い、今のは……」


「隔離品です」


 ミリアが淡々と言った。


「“書類上”じゃなく、“現場上”のね」


 アルヴィンは反論しようとして――言葉が詰まった。


 足首に、ほんの小さな赤い線ができている。

 噛みつかれる直前に盾で弾いたから、擦っただけだ。


 それでも、アルヴィンは顔色が悪かった。


「……たかが小型の影獣です。騒ぎすぎです」


 声が、さっきより荒い。


 余裕が剥がれると、口が悪くなるタイプだ。

 それが、妙に“らしい”。


「“たかが”が入口線を抜けたら、街の中で増えるかもしれません」


 俺が言うと、アルヴィンの目が一瞬だけ鋭くなった。


「……君たちFランクには分からないと思いますが、

 この隔離品は“とても大事な仕事”に関わるものなんです」


 言った。


 わざわざ口に出した。


 ミリアが静かに息を吐く。


「分からないって決めつけるの、便利ね」


 アルヴィンは口を開きかけて――そこで止まった。


 テントの外から足音が来たからだ。


「何があった?」


 シルヴァだった。

 記録板を持ち、眉間に皺を寄せている。


 俺は短く状況を説明した。


 木箱から影が出たこと。

 封印札が雑だったこと。

 黒い匂いが混じっていたこと。


 シルヴァは木箱の封印札を見て、すぐに顔を険しくした。


「……これ、貼ったの誰だ。騎士団?」


「いいえ。受け取った時点でこの状態でした」


 騎士が言う。


 アルヴィンが、喉を鳴らす。


「そ、それは――書類上、搬入経路は――」


「書類は後」


 シルヴァが珍しく強い声で言った。


「この箱は“隔離の隔離”に回す。

 アルヴィン、台帳は君がやれ。

 ただし、“今日ここで起きたこと”も、ちゃんと書け」


「……はい」


 アルヴィンは、唇を噛んで頷いた。


 その指が、ペンを握る手が、少し震えていた。


 ◇


 夜は更ける。


 隔離テントの外で、霧が少し濃くなった気がした。


 今日の影獣は小さかった。

 止められた。


 でも――


 “封印札が雑な木箱”から出てきた影は、

 洞の外側で、入口線の内側で、こちらに噛みつこうとした。


 つまり、線は外からだけじゃない。

 内側からも、どこかで歪められる。


(……誰が、何のために)


 鼻の奥に残った黒い匂いは、洞の湿気よりも薄いのに、

 ずっと嫌な形で居座っていた。


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