第41話 不穏な夢と、貴族街からの招待①
Fランク講習会の翌朝。
ギルドに行く前に、訓練場の様子でも覗いていこうと足を向けたら、
木剣の音とは別の、少しざわついた空気が流れていた。
「……で、本当に見たのか?」
「うん……」
聞き覚えのある声だ。
覗いてみると、ジンと、その向かいにテオが立っていた。
他にも何人か、輪になっている。
「おはようございます」
声をかけると、ジンがぱっと振り向いた。
「あ、レオン兄ちゃん!
テオさ、また変な夢見たって!」
「また?」
テオは、少しだけ申し訳なさそうな顔でこちらを見た。
「おはようございます、レオンさん……」
「おはよう、テオ。
どんな夢だった?」
「きのう、アメリアさんにも話したんですけど……」
テオは、言葉を選びながら話し始めた。
「前に見たのと、少し似てました。
黒い犬がどこかを走っていて……
遠くで“こっちだよ”って呼ぶ声がして」
「前も言ってた、“誰かが犬を呼んでる”ってやつですね」
「はい。
でも今回は、ちょっと違ってて……」
テオは目を閉じ、思い出すように続ける。
「最初は、三つの輪っかが並んでました。
黒い石の指輪みたいなのが、三つ」
「……」
ロウの眉が、わずかに動く。
「でも、途中で二つになりました。
前もそうでしたけど……
ただ、今回はその二つも、よく見たら——」
「よく見たら?」
「ひとつは、“高い塔の中”みたいな場所に見えて。
もうひとつは、“山の方”にあるみたいでした」
訓練場のざわめきが、少しだけ静まった。
「高い塔は、きっとこの街のどこか。
山の方は、城壁の外。
そんな気がして……」
「山って、どっちの山だ?」
ジンが素朴な疑問を投げる。
「トラヴィスの周り、山だらけじゃん」
「でも、“霧”みたいなのがかかってて……
アメリアさんは、“霧紺の洞の方かもしれない”って」
その名前を聞いた瞬間、背中が少しだけ冷たくなった。
霧紺の洞——初心者向けダンジョン。
でも、黒い犬や古井戸と何か繋がっているかもしれない場所。
「ごめんなさい、また変な話で……」
「いや。
変な話ほど大事だって、この前も言ったろ」
俺は、できるだけ落ち着いた声で言った。
「アメリアさんは、なんて?」
「“ギルドにちゃんと伝えておく”って。
それと、“自分の部屋の窓をしっかり閉めること”」
「大事ね、それ」
後ろから、ミリアの声がした。
◇
ギルドに向かう道すがら、ミリアが小声で言う。
「“高い塔”と“山の方”ね」
「塔は、まあ……貴族街とか、城とか、いろいろありますけど」
「山の方に関しては、霧紺の洞の可能性が高まったわね」
ミリアは眉を寄せる。
「黒い指輪が三つ並んでる夢。
そのうち二つは、“街の中でほぼ確保済み”」
ギルドの隔離庫にある一本。
貴族会議で暴れかけたあと、騎士団に押収された一本。
「残り一本が、“山の方”なら——」
「“街と外を繋ぐ線”の片方が見えてきた、ってことだな」
ロウが冷静に言った。
「直接行けるかどうかはともかく」
「直接は、行けないでしょうね」
ミリアは肩をすくめる。
「霧紺の洞の本格調査は、C以上の仕事になる。
でも、“街側での準備”は、Fの仕事」
「準備……ですか」
「さしあたっては、“街の塔の方の指輪と黒い物たちが、変な暴れ方をしないように見張る”ことね」
暴れ方、という表現が妙にしっくり来てしまうあたり、
もうだいぶ感覚がおかしくなっている気もする。
◇
ギルドに着くと、今日は受付前が妙に静かだった。
「おはようございます、レオンさん」
リサが、少し硬めの笑顔で迎える。
「ちょうど呼びに行こうとしていたところです。
エドガーさんとシルヴァさんが、二階でお待ちです」
「またですか」
「またです」
返事がぴったり揃った。
◇
小会議室には、すでに三人がいた。
エドガー副ギルド長。
調査班のシルヴァ。
そして、城塞騎士団のガレス。
さらに、その端に——見慣れない男が一人。
妙に柔らかそうな服を着ている。
貴族街の人間だろうか。
「来たか」
エドガーが頷く。
「座る前に、一つだけ先に確認だ。
テオ少年の夢の話は、もう聞いているか?」
「今朝、訓練場で聞きました。
“塔の中”の指輪と、“山の方”の指輪の話を」
「話が早い」
シルヴァが、記録板にさらさらと何かを書き込む。
「テオの夢の内容は、アメリアからも報告が来ている。
君たちからの聞き取り分も合わせて、こちらで整理しておくよ」
そう言って、シルヴァは軽く咳払いした。
「で、本題。
——貴族街から、“また内緒の頼み”が来た」
「内緒の頼み、ですか」
「正確には、“半分公式、半分内緒”だ」
エドガーが眉をひそめる。
「ガレス殿、説明を」
「分かった」
ガレスが一歩前に出る。
「数日後、貴族街で小さな夜会が開かれる。
防衛の要である数家の当主たちが集まる、半分会議のような場だ」
「また会議ですか」
「今回は、“黒い指輪や小物をどう扱うか”が議題の一つになる」
ガレスの視線が、隅に座る男に向けられた。
「紹介しておく。
トラヴィス貴族街の一角を預かる、ヴァーロン子爵家の執務官、デルト・ハイゼルだ」
「デルト・ハイゼルです」
柔らかそうな服の男が軽く会釈した。
「前回の説明会での件——
レオン殿が指輪の異常をいち早く察知し、
大事に至る前に対処してくれたことについて、
我が主も感謝しております」
「俺はただ、走って手袋を引っ張っただけですけど」
「それができる者は、そう多くありませんよ」
デルトは、にこやかに微笑んだ。
「そこで、次の夜会にも、
“前回現場にいたFランクの一部を、裏方として招きたい”という話が出まして」
「裏方として、ですか」
「表には出しません」
ガレスが引き取る。
「会場の隅、貴族たちの輪の外側。
主に“使用人側”の通路の見張りだ」
「また隅っこFランク席ですね」
ミリアがぼそっと言う。
「前回同様、“黒い犬”“黒い霧”“怪しげな小物”が目に入ったら、
即座に知らせろ。
君たちが動くのは、あくまで“線のこちら側”だ」
「了解です」
それなら、いつも通りだ。
◇
「もうひとつ、大事な話がある」
シルヴァが、別の紙を広げた。
「テオの夢の話と、ここ最近の報告を照らし合わせた結果——
“黒い指輪の残り一本”は、どうやら街の外にある可能性が高い」
「霧紺の洞の方ですか」
ロウが訊ねる。
「確定ではないが、“霧に包まれた山”というテオの描写は、
霧紺山脈周辺の風景と一致する。
その辺りに“古物商を名乗る商人”が出入りしているという報告もある」
「前に出てきた、“行商人”ですね」
「そう」
シルヴァが頷く。
「その行商人と、“先生”と呼ばれる影抜きの元締めが、
同一人物か、あるいは繋がっているかもしれない」
「でも、霧紺の洞の本格調査は——」
「C以上の仕事だ」
エドガーがきっぱりと言った。
「だからこそ、“街側は街側で線を押さえる”必要がある。
——貴族街の夜会は、その一つだ」
「外と中、両方で線を押さえる、ってことですか」
「そういうことだ」
ガレスが短く言う。
「霧紺の洞の周辺には、我々騎士団と上位ランクの冒険者が向かう。
君たちは、街の中——特に貴族街と、“なくし物通り”の線を見ていろ」
それぞれの役割は、分かりやすい。
「夜会の警備、その一環としてFランクを?」
「“顔の知られていない、事情通のF”だ」
シルヴァが、少しだけ意地悪そうに笑う。
「顔を覚えられているのは、一部の貴族だけ。
盗賊や影抜きの本隊からすれば、“ただの雑用F”」
「雑用Fって言いましたよね、今」
「だから、相手の油断を誘える」
全然フォローになってない気がする。




