第36話 押収品の護衛と黒い箱の機嫌①
メリークリスマス!
影抜き拠点への踏み込みから、一日。
大事件だったわりには、街の表面は静かなものだった。
朝のギルドも、いつも通りうるさい……いや、いつもより少しうるさい。
「昨日の夜、騎士団が動いたんだって!」
「盗賊が捕まったんだよな?」
「Fランクもいたって聞いた!」
子どもたちの声が、妙にこっちを意識している気がする。
「レオン兄ちゃんだよね? ね?」
「あー……“その場にはいました”くらいですね」
「なにそれ!」
ジンたちから逃げるようにカウンターへ向かうと、リサが苦笑いで迎えてくれた。
「噂が広まるのは早いですね」
「“騎士団が動いた夜に、Fランクが盗賊を捕まえた”って話ですから」
「……だいぶ話が盛られてますね」
「事実部分も含まれてますけどね?」
リサは、さらりと言った。
「ともあれ、昨夜の件で再度“聴取”があります。
レオンさんたち、二階の小会議室へどうぞ」
「またですか」
「今回は、取り調べというより“報告会+今後の共有”だそうですよ」
それはそれで、緊張しそうだ。
◇
小会議室には、昨日とほぼ同じメンツが揃っていた。
エドガー副ギルド長。
調査班のシルヴァ。
商業組合のバルニス。
城塞騎士団第2中隊長、ガレス・ロウエン。
それに、見慣れない文官風の男が一人。
多分、記録係だ。
「来たな」
エドガーが頷く。
「昨日の件、まずは改めて礼を言う。
逃走中の二人を押さえたのは、大きい」
「俺たちはたまたま、入口の前にいただけですよ」
「その“たまたま”を活かせるやつは、そう多くない」
ガレスが短く言った。
「自覚しろとは言わんが、覚えておけ」
「……はい」
あまり深く考えないようにして、椅子に座る。
◇
「まず、踏み込みの結果だ」
シルヴァが書類をめくった。
「“なくし物通り”裏の建物からは、
黒い石の指輪が一つ、
“古井戸近辺回収”と書かれた袋が二つ、
その他、怪しい小物が十数点見つかった」
「黒い指輪は、やっぱり“あれ”と同じ系統ですか?」
ノーラが訊ねる。
「ルークスの店から消えたものや、ユークリッド家の倉庫にあったものと、ほぼ同じ。
細工の癖や魔力の残り方が一致している」
「じゃあ、三つ揃いました?」
「残念ながら、まだだ」
シルヴァが小さく肩をすくめる。
「もともと作られた数が三つなのか、五つなのか、それ以上なのかは不明だ。
“少なくとも二つはここを経由した”ということしか分からない」
「でも、“ここが流通の途中だった”ことは確かですね」
ロウが言う。
「全部の黒い小物が集まってきた“本丸”ではなく、
“街の中で一時的に貯めておく倉庫”」
「ああ、その通りだ」
ガレスが地図を机に広げる。
「取り調べの結果、この建物は“外から入った荷を受け取り、街の中の協力者に流す場所”だったらしい」
「外から?」
ミリアが身を乗り出す。
「どこからです?」
「霧紺山脈の麓だ」
地図の一点が、ガレスの指で軽く叩かれる。
トラヴィスから少し離れた山のふもと。
俺でも名前だけは聞いたことのある、小さな集落のあたりだ。
「“霧紺の洞”って、あの辺じゃなかったでしたっけ」
カイがぽつりと言う。
「初心者向けダンジョンの」
「そうだ。
霧紺の洞の入口近くに、最近“古物商を名乗る行商人”が出入りしているという話もある」
シルヴァが続ける。
「その行商人から、黒い指輪や石を仕入れた、という証言が出ている」
「……嫌な組み合わせですね」
ミリアが額を押さえた。
「ダンジョンと古井戸と黒い小物。
全部一緒くたにされる予感しかしない」
「だからこそ、慎重にいく必要がある」
エドガーが言う。
「霧紺の洞そのものの調査は、ギルドの“上”が正式に動くことになる。
Fランクの君たちは、しばらく街の中の線だけ見ていてくれ」
「分かりました」
少しだけ悔しいけれど、それが線なら守るしかない。
◇
「それから、もうひとつ大事なことが分かった」
シルヴァが別の紙を取り出す。
「影抜きの見習いだった男の一人が、ぽろっと名前を出したんだ」
「名前?」
「“先生”の、ね」
部屋の空気が、ほんの少しだけ冷たくなった気がした。
「“影抜きと、黒い石の扱い方を教えてくれた人”がいるらしい。
男たちは、その人を“先生”としか呼んでいない。
姿も声も、いつも覆いで隠していたそうだ」
「どこの誰かは?」
「分からない。
ただ、“騎士団やギルドの人間ではなさそうだ”という感触だけだ」
バルニスが渋い顔をする。
「商人でもなさそうだな。
あんまり商売のことは口にしなかったらしい」
「“影抜き”と“瘴気付きの小物”を同時に扱える誰か、か……」
ミリアがうんざりした声を出す。
「面倒くさそうな人ですね」
「間違いなく面倒だ」
ガレスがあっさり言った。
「だが、相手が誰であれ、やることは変わらん。
現場を潰し、流通を断ち、情報を集める。
君たちには、その“情報を拾う役”を引き続き頼みたい」
「Fランクの範囲でやれるだけなら」
「それで十分だ」
◇
一通り話が済んだところで、エドガーが別の紙を取り出した。
「それとは別件だが——
君たちに、もう一つ頼みたい仕事がある」
「もう一つ?」
「騎士団からギルドへの“押収品搬送”だ」
——【押収品搬送の護衛と補助】——
依頼主:トラヴィス城塞騎士団 第2中隊
内容:押収された魔道具・黒い小物の一部を、城塞側保管庫から、
ギルド地下の隔離庫へ搬送する際の護衛および運搬補助。
異常が発生した場合は、無理な戦闘を避け、荷物の確保と通報を優先すること。
条件:Fランク以上(複数人)
———————————————
「ギルドの隔離庫?」
カイが首をかしげる。
「そんなの、ありました?」
「そりゃあるさ」
シルヴァが笑う。
「古井戸のときに回収した石の一部も、そこに入れてある」
「あ、あの“絶対に手を出すな”って札がいっぱい貼ってあった場所ですね」
ノーラがぽつりと言う。
「そう、それ。
今回は、“騎士団側に置いておくより、ギルド側でまとめて管理した方がいい”と判断された物の一部を移す。
上からすれば、“変な物を置いておくスペースを空けたい”ってのも本音だろうけどね」
「そこにFランクが付いて行って大丈夫なんですか?」
「“運ぶ途中で変なことが起きたときの目撃者”が要るんだよ」
バルニスが肩をすくめる。
「黒い犬が出るかもしれんし、影の残りかすが動くかもしれん。
見て戻ってこられるやつが必要だ」
「なるほど、“いつものやつ”ですね」
ミリアが笑う。
「レオン、行ける?」
「行きます。
どうせ街の中ですし」
「じゃあ、《仮)レオン=ミリア隊》で受けるってことで」
リサから受注印を受け取り、その場で依頼書にサインする。




