第33話 なくし物通り、最初の夜①
ぐっすり寝たはずなのに、体の芯だけがまだ夜の冷たさを覚えていた。
(犬と影の喧嘩見物なんて、そうそう経験するもんじゃないですからね……)
昼過ぎにようやくベッドから這い出して、軽く腹に詰め込んでからギルドへ向かう。
◇
ギルドの掲示板には、新しい紙が目立つように貼り出されていた。
——【なくし物通り 夜間見回り】——
依頼主:トラヴィス商業組合 本部/トラヴィス冒険者ギルド
内容:貴族街外れの“なくし物通り”周辺において、夜間の見回りを行い、
黒い影・黒い犬・盗賊と思しき動きの観察と、通行人の安全確保を行う。
異常発生時は、戦闘よりもまずギルド・商業組合への報告を優先すること。
条件:F〜Eランクパーティ(2〜4名)、一晩交代制
———————————————
「なんか、ちゃんと書くと仕事感出ますね」
思わず呟くと、横からひょい、と顔が出てきた。
「お、レオン。起きた?」
「起きました」
ミリアが欠伸をひとつ。
「依頼内容、ちゃんと“逃げて報告優先”って書いてあるのが偉いわよね。
“やれそうならやれ”って書いてあったら、一番危ないパターンだし」
「『やれそう』が一番危ないですね」
「そうそう。
——リサさーん、この依頼、私たちで受けちゃっていいやつ?」
カウンターに向かって手を振ると、リサが顔を上げた。
「もちろん、そのつもりで準備されてます。
昨日の夜番明けですから、今日はどうかなと思いましたが……」
「昼まで寝たので大丈夫です」
俺は素直に答えた。
「メンバーは、いつもの五人で」
「はい。《仮)レオン=ミリア隊》、本日夜の分を受注でよろしいですね」
リサが確認し、受注印を押す。
「他にも一組、Eランクのパーティが別区画を担当します。
そちらとは、出発前に顔合わせをしておいてください」
「どの辺を歩けばいいんですか?」
「なくし物通りは、貴族街の外周から一本外れた細い通りです」
リサは慣れた手つきで簡単な地図を描く。
「古物商や細工屋、屋台の倉庫なんかが集まっていて……
“なくしたものが見つかる”という噂と、“物がよく消える”という噂が、両方ある場所ですね」
「名前のつけ方が雑ですね、街の人」
「噂が名前になったパターンですから」
ミリアが笑う。
「でも、通りが“なくし物通り”と呼ばれるようになったあたりから、
本当に変な盗難が増えたって話もあるしね」
「……そういうの、笑えないですよね、今だと」
黒い犬、影抜き、瘴気付きの小物。
全部の線が、その通りをかすめている気がした。
「集合は日暮れ前、南門近くの広場です。
くれぐれも、無理はなさらないように」
リサの言葉に頷き、いったん解散して準備を整える。
◇
日が傾き始めるころ、南門近くの広場に集まると、すでに見慣れた顔がいた。
「やあやあ、人気者Fランク一行」
バルニスが、いつもの前掛け姿で手を振る。
「商人も、少しは歩かないとな。
今日は俺も通りの端っこをうろうろしてるから、何かあったら叫べ」
「敵が悲鳴で気づきそうですね、そのスタイル」
「俺の悲鳴で逃げてくれりゃ、それはそれでいい」
相変わらず前向きだ。
その横に、鎧姿の青年二人組が立っていた。
「こっちが、もう一組の担当だ」
バルニスが紹介する。
「Eランクパーティ《風切り燕》の、ダグとユノ。
片方が前衛、片方が弓だ」
「よろしくな、Fランクさん」
短く刈った髪の青年——ダグが手を上げる。
「噂は聞いてるぜ。“黒い犬の匂いを嗅ぎ分ける変なFランクがいる”って」
「変な、は余分ですね」
「すまん、誉め言葉だ」
もう一人のユノが苦笑した。
「俺たちは、通りの北側を中心に見回る。
そっちは南側。
無理に合流しようとせず、何かあったらすぐギルドか商業組合の見張りに飛ばせ。
それが条件だ」
「了解」
ミリアがうなずく。
「初仕事のEランクと、顔の知られてないFランク。
バランス的にはちょうどいいわね」
「自分で“顔の知られてない”って言わないでくれないかね」
ダグが苦笑した。
「まあ、盗賊に顔覚えられてない方が、こういう仕事はやりやすいかもな」
◇
夕闇の中、“なくし物通り”に足を踏み入れる。
思ったより狭い通りだった。
石畳の道の両側に、小さな店がぎっしり並んでいる。
古道具屋、細工屋、修理屋、布屋、香辛料屋。
看板も店構えも、どこか疲れた雰囲気だが、その奥には妙に目を引く品がちらほら見える。
人通りは、まだそこそこある。
使用人風の人たちが、包みを抱えて店と屋敷を行き来している。
「“なくした物が見つかる”って噂が立つのも分かりますね……」
俺は、店先の陳列をちらりと見た。
よく分からない鉄の部品、古びた魔道具の残骸のようなもの、
“ご利益ありそうな何か”として並べられた石や飾り。
こういう場所には、“変な物”も“便利な物”も、一緒くたに集まってくる。
「じゃあ、ルート決めよっか」
ミリアが通りの全体を見渡す。
「ざっくり三つに分けて——
手前の広場付近を私とロウ、
真ん中あたりの細い路地群をレオンとカイ、
通りの奥の方をノーラ。
ノーラは、途中で私たちと交代しながら合流して」
「一人で奥の方って大丈夫ですか?」
「“一人の盾役”が通ってると、“見回りしてる感”が一番出るのよ。
ノーラなら、何かあってもちゃんと下がって来られるし」
ノーラは静かに頷いた。
「異常があったら、すぐ笛を吹きます。
それまでは、“普通の見回り”として」
「了解」
そんな感じでざっくりと役割分担をして、散開した。




