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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第1章 Fランクなのに街で雑用するヒマがない

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第3話 Fランクの現実と、最初の「正式依頼」②

 依頼主の雑貨屋ブルーレーンは、ギルドから歩いて十五分ほどの場所にあった。

 青いひさしが目印で、店先にはおもちゃや駄菓子が並んでいる。

「すみませーん。冒険者ギルドから来ました」

 ミリアが声をかけると、奥から慌てた様子で女性が飛び出してきた。

 エプロン姿の、少し痩せた顔立ちの店主だ。

「あ、あなたたちが! 来てくれたのね!」

「ご依頼の“息子さんの捜索”の件で。詳しい話を聞かせてもらえますか?」

 ミリアが手際よく話を進めていく。

 俺はその横で、店内の様子をざっと見回した。

 壁には、小さな木製の剣や、布製のモンスター人形。

 棚には、ビー玉や紙風船。村の子どもたちが見たら、目を輝かせそうなものばかりだ。

「名前はリオ。五歳。

 いつも近くの広場で遊んで、暗くなる前にはちゃんと帰ってきてたのに……昨日は、夜になっても戻らなくて。

 衛兵さんにも相談したけど、“市内の迷子ならすぐ見つかる”って……」

 店主の声は、途中で震え始めた。

「昨日も、その広場で?」

「はい。近くの子たちも、一緒に遊んでたらしいんですけど……途中で“変なものを追いかけてった”って」

「変なもの?」

 ミリアが眉をひそめる。

 俺の胸にも、嫌な感覚が少しだけよぎった。

(変なもの、か)

「子どもたち、なんて言ってました?」

「えっと……ええと……“黒いイタチみたいなの”とか、“ぬるぬるしたウサギ”とか。

 子どもの言うことですから、本当かどうか……」


 黒い。

 ぬるぬるした。

 昨日の、あの黒い染みが頭をよぎる。


「レオン」

 ミリアが小声で俺を呼んだ。

 同じことを考えているようだった。

「とりあえず、その広場から当たってみましょう。

 何かあったら——」

「人目がある場所なら、そこまで大事にはならないはずです。

 でも、念のため気をつけます」

 店主に頭を下げ、俺たちは店を後にした。

 広場は、雑貨屋からそう遠くない場所にあった。

 小さな噴水と、石のベンチ。

 昼間だからか、すでに何人かの子どもたちが走り回っている。

「昨日も、こんな感じだったのかな」

 ミリアが呟く。

 俺は広場の周囲に目を走らせた。

(気配は……特に変なのはない、けど)

 少し離れた路地、塀の向こう、排水溝の口。

 いくつかのポイントを頭の中で印をつけていく。

「とりあえず、子どもたちから話を聞こう。

 “リオを見た”って子がいないか」

「任せてください」

 村で子どもたちの面倒を見るのは、日常だった。

 薪拾いのときに一緒に連れていったり、罠の場所に近づかないように釘を刺したり。

(ああいうときは、まず目線を合わせて、落ち着いて話を聞いて——)

 そう思いながら、近くで遊んでいる三人組に近づく。

「こんにちは。少しだけ、話を聞いてもいいか?」

「だ、誰? あんた」

 警戒気味に振り向いたのは、短髪の少年だ。

 俺はできるだけ柔らかく笑った。

「冒険者ギルドから来た、レオンっていう。

 リオって子を探してる。よく一緒に遊んでたって聞いたんだけど」

「リオ? あー、黒いの追っかけてったやつだ」

 あっさりとした返事が返ってきた。

 ミリアがすっと横に並ぶ。

「黒いの、って何か覚えてる?」

「えっとな、ウサギみたいにぴょんぴょん跳ねてた。

 でも、毛はなくて、つるつるしてて……ちょっとだけ光ってた」

「……スライムか?」

 思わず口にする。

 山の方にも、ごくたまに現れる魔物だ。

「スライムに耳が生えてたって聞いたことはないけど」

 ミリアが肩をすくめる。

「そいつ、どっちに行った?」

 少年が指さしたのは、広場の端にある細い路地だった。

 人一人がやっと通れるくらいの隙間。

「リオは“捕まえるー!”って言って、走ってった。

 俺たちは怖いから行かなかった」

「よく逃げ帰ってきたな。えらい」

 頭を軽く撫でると、少年は照れたように顔をそむけた。

「レオン」

「ああ」

 路地の入り口に立つ。

 日差しが届かないせいか、中は少しひんやりしている。

(……嫌な感じは、今のところしない)

 そう判断し、一歩を踏み出した。

「ちょっと待って」

 ミリアが背中に声をかける。

「念のため、先に“目”だけ入れておく。

 ——『スモール・ライト』」

 指先に小さな光球が灯り、ふわりと路地の奥へ飛んでいく。

 壁や地面を淡く照らしながら進むそれは、何も異常がないことを示すように静かに揺れていた。

「……とりあえず罠はなさそう。行こ」

「了解」

 俺たちは、細い路地を慎重に進んでいく。

 路地は途中で折れ曲がり、その先は行き止まりだった。

 古い木箱が積まれ、割れた壺が転がっている。

「……誰もいないな」

「子どもが隠れそうな場所は、あるにはあるけど」

 ミリアが木箱の裏、壺の中をひとつひとつ確認していく。

 俺も、壁や地面に目を走らせた。

(足跡……は、残ってないか)

 石畳だから、土の上みたいに分かりやすくはない。

 それでも、かすかな擦り跡が、行き止まりの壁の前に集中しているのが見えた。

「ミリア。ここ、何かこすった跡があります」

「どれどれ……」

 ミリアが近づき、壁に手を触れる。

「特に魔法の痕跡は……ない、と思うけど。

 ただの子どもの落書きが消えた跡じゃない?」

 たしかに、そうも見える。


 けれど——

(何か、引っかかる)

 胸の奥が、微かにざわついた。


「レオン?」

「……すみません。ちょっとだけ、静かにしてもらえますか」

 目を閉じ、深く息を吸う。

 耳に届くのは、ミリアの呼吸と、自分の鼓動。

 それから——

 ……ぴちゃ。

(……水音?)

 微かな音が、足元から聞こえた気がした。

 そっと目を開ける。

「ミリア。足元、気をつけて」

「え、な——」

 言い終わる前に、俺は木箱を蹴り飛ばした。

 中から、何かぬるりとしたものが飛び出す。

「きゃっ!」

 ミリアが一歩下がる。

 飛び出した“それ”は、陽の光を反射して、ねばつくように光っていた。

「……スライム?」

 半透明の体。

 だが、普通のスライムと違うのは、その中心に、黒い核のようなものが脈打っていることだ。

 そして、その上部には——小さな耳のような突起。

「ウサギスライム……? そんなの聞いたことないんだけど」

「ギ、ギギ……」

 スライムの表面が震え、黒い核がぎらりと光る。

 次の瞬間、ぴょん、と跳ねた。

「——来る!」

 俺は反射的に前へ出た。

 スライムが跳びかかってくる軌道に、剣を差し込む。

 ぷち、と嫌な感触が伝わる。

 透明な体が裂け、黒い核が剣に弾かれて飛び散った。

 それを追うように、一歩踏み込む。

 黒い核が壁にぶつかる前に、その上から剣の柄で叩きつけた。

 ぱん、と乾いた音とともに、黒い核が砕ける。

 体の方も、ずるずると崩れ、ただの粘液の塊になった。

「……一撃?」

 ミリアが目を丸くする。

「普通のスライムって、そんなに簡単に核を叩き割れるもの?」

「村で見たやつは、もっと硬かったですね」

「やっぱり、街、怖いわ」

 ミリアがため息をつく。

「でも、これくらいの相手なら、子どもが追いかけていっても……怪我で済んだのかな」

「逆に、それが厄介かもしれません」

「?」

「死体も残らないですし。

 もし、これがリオ君の前にも出てきていたなら——」

 リオは、それを追いかけてどこかへ行ってしまった。

 そう考えるのが自然だった。

「この路地で、行き止まり。

 でも、ここから“どこかに抜ける道”があるとしたら……」

 俺は壁をもう一度見上げた。

 少しだけ、石の色が違う場所がある。

「ミリア。そこ、光を当ててもらえますか」

「はいはい。——『スモール・ライト』」

 光球が、壁の一点を照らす。

 そこには、ごく小さな穴が開いていた。

 子どもの拳より少し大きいくらい。

 人間は通れないが、小さなスライムや獣ならぎりぎり通れるかもしれない。

「……地下か、隣の建物か」

「どっちにしても、子どもが無理やり通ろうとしたら、腕か頭を怪我するな」

 周囲に血痕はない。

 そう考えると、リオはこの穴からは行っていない可能性が高い。

「行き止まりっぽく見えて、実は違う道がある、ってことね。

 “街の子どもの通り道”とか」

「となると——」

 俺たちは広場に戻り、さらに聞き込みを続けた。

 何人かの子どもから話を聞いた結果、「リオは広場から郊外の草地まではよく走っていく」という情報が出てきた。

「郊外……街の外?」

「正確には、外壁の外じゃなくて、壁のすぐ内側の空き地。

 でも、門番からしたら、あんまり子どもを近づけたくない場所だね」

 ミリアが口を尖らせる。

「とりあえず、そこまで足を伸ばしてみよう」

「はい」

 広場から続く小径を抜け、街の外壁に近づいていく。

 途中、何度か衛兵とすれ違ったが、「迷子を探してます」と言うと、特に止められることはなかった。

 空き地は、本当にただの空き地だった。

 背の低い草が一面に生え、ところどころに石や壊れた樽が転がっている。

「子どもが走り回るには、ちょうどいい広さね」

 ミリアが周囲を見回す。

 俺は、足元に目を落とした。

(土の上なら、足跡が——)

 すぐに見つかった。

 小さな足跡が幾重にも重なっている。

 その中に、一つだけ、新しくて、少し深いもの。

 広場の方から続いてきて、空き地の中央付近で、ぴたりと止まっている。

「ミリア。この足跡、リオ君の可能性が高いです」

「だね。他のよりちょっと小さめだし。

 で、問題は——」

 ミリアも足跡を追っていく。

 空き地の中央で止まった足跡の先には、何もない。

 ただ、地面の色が、ほんの少しだけ黒ずんでいる。

「……これ」

 しゃがみ込み、指で触れる。

 土が、硬く固まっていた。

 水をこぼした跡のようでもあり——

(昨日の黒い染みに触れた後の石畳と、感触が似ている)

「レオン」

「はい。嫌な感じがします」

 胸の奥が、またひやりと冷たくなった。

「ここで、何かがリオ君を——」

「とりあえず、“ここで止まっている”って情報は、ギルドにも伝えないとね。

 黒い染み絡みで、調査隊を出すかどうかはあっちの判断だけど」

 ミリアが立ち上がる。

「でも、依頼としては、まだ終わってない」

「そうですね。リオ君を見つけるまでが、依頼ですから」

「時間もあんまりないし、一旦今日はここまでかな。

 街の門番や衛兵にも、“昨日の夕方にここで子どもを見なかったか”聞いて回らないと」

 俺たちは空き地を後にした。

 結局その日は、リオを見つけることはできなかった。

 雑貨屋に状況を報告し、衛兵にも情報を共有し——日が暮れかけたころ、ギルドへ戻る。

「おかえりなさい。捜索依頼の件ですね」

 リサが迎えてくれる。

 俺たちは見つけた情報を簡単に説明した。

「黒く固まった地面……ですか」

「はい。昨日の黒い染みとも、少し似ている気がします」

 リサは神妙な顔でメモを取り、それから小さくうなずいた。

「わかりました。この件も、調査班に回します。

 ……リオ君が早く見つかるといいんですけど」

「俺たちも、明日以降も時間を見て探してみます」

「ありがとうございます」

 依頼票には、「本日の活動内容」として、聞き込みと現地調査が記入された。

 報酬欄には、仮払い分としてごくわずかな金額。

 ランクポイントの欄には——「0」と書かれていた。

「……まあ、途中で投げ出したわけじゃないしね。

 “未完了依頼”はポイントが付かないのは仕方ない」

 ミリアが苦笑する。

 俺は、依頼票を見つめながら、ふと口を開いた。

「こういうのが続いたら、俺、本当にずっとFランクのままかもしれません」

「今ごろ気づいた?」

 ミリアがじろりと睨む。

「だから言ったでしょ、“事件を呼ぶ体質”だって。

 正式依頼の途中で、絶対こういうのにぶつかるタイプなんだってば」

「そんなタイプ、あるんですかね……」

「ある。断言する」

 ミリアは、ふっとため息をついたあと、俺の方を指さした。

「——だから、決めた」

「何をです?」

「しばらくの間、あんたの“専属Eランク”やってあげる」

「はい?」

「そもそもEランクって、“新人の面倒を見る”って意味もあるの。

 あんた一人で動かせてたら、絶対どこかで死ぬ。

 だから、パーティ。仮でもいいから組む。いいね?」

 一方的に決められている気がする。

 けれど——

(正直、ありがたい)

 街のこともギルドのことも、俺はまだよく知らない。

 分かるのは、剣の振り方と、危ない気配の察知くらいだ。

「……お願いします。ミリア」

「よろしい」

 ミリアは満足げにうなずいた。

「明日、ちゃんとギルドにパーティ申請出しとくから。

 FランクとEランクの“ちぐはぐコンビ”が、街にひと組くらいいたっていいでしょ」

「ちぐはぐって……」

「だって、Fランクのくせに黒い変な魔物とケンカするんだから、十分ちぐはぐだよ」

 言い返せない。

 こうして——

 Fランク冒険者レオン・アーディスは、

 雑用をするはずだった初日の翌日に、

 正式な雑用依頼すらまともに終わらせられないまま、事件の匂いを追いかけることになった。

 Fランクがみんな弱いと思っている人たちが、この街にはたくさんいる。

 俺自身も、まだ自分を“強い”とは思っていない。

 けれど、そのうち嫌でも分かることになる。

 ——Fランクだからって、平穏に雑用だけしていられるわけじゃない、って。

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