第29話 ユークリッド家からの「内緒の依頼」②
◇
ひと通り棚を見て回ると、「怪しさレベル」が高い物と、そうでもない物の差がだいぶはっきりしてきた。
「ここら辺の、“どこで買ったか覚えていない系の古物”は、全部リストアップしておきましょう。
あと、“古井戸近辺”って書いてあるのは、優先的に」
ミリアが棚に紙片を貼っていく。
「これは?」
カイが別の箱を開ける。
中には、銀の指輪が三つ並んでいた。
黒い石がはめられている。
「“悪夢を食べる指輪・三点セット”って書いてあるわね」
ミリアがメモを読む。
「レオン?」
「……うっすら、ですね」
鼻をひくつかせる。
昨日のリネアの指輪と、細工店で話を聞いた指輪。
たぶん、同じ系統のものだ。
「ルークスさんのところから盗まれた指輪も、“三つのうち一つ”でしたよね」
「そう。
“同じ職人筋の品”が、貴族の倉庫と細工店に分かれてる可能性が高いわね」
ロウが腕を組む。
「盗まれたのは、どっち側からなんだろうな。
先にルークスの店から一つ。
次は、こっちから一つ——とか」
「どっちにしても、“全部集めてるやつがいる”ってことだけは確かね」
ミリアが小さく息を吐いた。
「黒い石付きの指輪、古井戸回りの石、怪しい枕の詰め物……
“悪夢と眠り”に絡むものが多いのも気になるわ」
「リオのときも、“夢に出てきて誘った”んでしたっけね」
テオの話が頭をかすめる。
夢に出てくる犬と、悪夢を食べる指輪。
ここで全部繋げてしまうには、まだ材料が足りない。
「いったん、まとめてギルドに投げるべき情報が増えましたね」
ノーラが淡々と言う。
「ここの倉庫自体が、“黒い小物の寄せ集め”になりつつあるのかもしれない」
「それは本気でやめてほしいところね」
ミリアが肩をすくめた。
◇
倉庫整理は、夕方前までかかった。
リネアが途中で顔を出し、怪しげな壺を見つけては「これ何?」と騒いだり、
グレイソンが頭を抱えたりするのを眺めつつ、俺たちは地道に箱のラベルを書き換え、目録を作っていく。
「だいたい、こんなところですね」
作業を終えて倉庫を出ると、リネアが待ち構えていた。
「どう? うちの倉庫」
「“よくわからない物置き場”という表現は、あながち間違っていませんでした」
ミリアが正直に答える。
「ただ、“よくわからないうえに危なそうな物置き場”になってきているので、
今後は“どこで買ったか覚えている物”だけを増やすことをおすすめします」
「うっ」
リネアが顔をしかめた。
「そこまで言われると、ちょっと反論しにくいわね……」
「特に、“古井戸近辺から拾ってきた”って書いてある石とかは、
ギルドに預けた方が安心かもしれません」
俺も口を挟む。
「古井戸は、一応封鎖されてますし」
「……父様に、話してみます」
リネアは真剣な顔になった。
「黒い犬の噂も、使用人たちから聞いているし。
父様自身は“くだらん”って顔をするかもしれないけど、
グレイソンと一緒になら説得できるかも」
「お嬢様、それを前提に話を進めないでください」
グレイソンがこめかみを押さえる。
「でも、そうしていただけると助かります」
ロウが真面目な顔で言った。
「“危なそうな物”を、危なさがわかる場所に移すのも、大事な線引きなので」
「線引き、ね」
リネアが小さく笑った。
「Fランクって、“線を引く仕事”もするの?」
「最近、上の人たちからそう言われるようになりました」
俺は少し照れながら答えた。
「“どこから先が自分たちの仕事じゃないか、決めて戻ってくるのも仕事だ”って」
「変な仕事ね」
リネアは楽しそうに笑った。
「でも、そういう人たちがいてくれた方が、貴族としても助かるのかもしれないわね」
◇
中庭に戻る途中、リネアがふと足を止めた。
「ねえ、レオン」
「はい?」
「今夜、暇?」
「……今のところ、予定はありません」
「だったら、今日の夜——」
リネアは、少しだけ声を落とした。
「ここに泊まっていかない?」
「泊まる?」
思わず聞き返す。
「倉庫整理のお礼、ってわけじゃないんだけど」
リネアは、ひそひそと続けた。
「裏庭で、“また黒い犬を見た”って話が、昨夜もあったの。
私自身は見てないんだけど……」
「昨夜も」
メイドの話と繋がる。
「騎士団に言うと、大げさな騒ぎになるし、
父様に言うと、“くだらん”で終わりそうだし。
だから、“黒い犬見たことあるFランク”に、一度ちゃんと見てもらいたくて」
理屈としては、かなり筋が通っている。
「いわゆる、“屋敷内夜番”ってやつですね」
ミリアが呟く。
「正式依頼にはできないけど、“今日一晩、裏庭の見張り”くらいなら、
ギルドも文句は言わないでしょうね。
古井戸のときも、地上夜番やったし」
「もちろん、タダでとは言わないわ。
ちゃんと謝礼は出すから」
リネアが慌てて付け加える。
「どう?」
こちらを見る目は、期待と不安が入り混じっていた。
黒い犬の影。
古井戸から伸びる線。
盗まれた黒い小物。
全部が、どこかでこの屋敷の裏庭をかすめている気がする。
「……いいですよ」
自然と口が動いていた。
「“黒い犬が何をしているのか”を見るくらいなら、線のこちら側ですし」
「ありがとう!」
リネアがぱっと表情を明るくする。
「じゃあ、夕食が終わったころに、裏庭に案内するわ。
使用人たちには、“倉庫整理の延長”って言っておくから」
「バレたら怒られませんか?」
「怒られるのは、私とグレイソンだけよ」
「それはそれで問題です」
グレイソンが小さく咳払いした。
「……お嬢様の安全のため、ということであれば、
多少の規則違反は、目をつぶるべき局面かもしれませんね」
さすが、長年仕えている執事だ。
諦めと覚悟が、同じ場所にある。
◇
一度ギルドに戻って簡単な報告を済ませ、
「今夜、ユークリッド家での“見張り”を頼まれた」と伝えると——
「線のこちら側の“延長”としてなら、許可する」
エドガー副ギルド長は、意外とあっさりと言った。
「黒い犬の動きと、貴族街での盗難との関係は、上としても気になっている。
ただし、“屋敷内での騒ぎを大きくしない”こと。
相手は貴族だ。やりすぎれば、こちらの首が飛ぶ」
「首はできれば飛ばしたくないですね」
「もう一つ。
“黒い何か”の濃度が高すぎると感じたら、
迷わずその場から下がること。
古井戸のときと同じだ」
「わかりました」
線は、はっきりしている。
その線のギリギリ手前まで、足を伸ばせるかどうか。
それは、いつものことだ。
◇
夕暮れ時、再びユークリッド家の門をくぐる。
日中とは違い、屋敷の窓には灯りが点り始めていた。
中庭には、人影もまばらだ。
「こっち」
リネアが、裏庭の方へ案内する。
本棟の裏側、あまり手入れされていない小さな庭があった。
洗濯物が干され、物置小屋が一つ。
昼間、メイドが話していた場所だ。
「使用人のお部屋は、あの二階の窓」
リネアが、建物の一角を指さす。
「黒い犬を見たって子は、あそこの部屋から外を見てたらしいわ」
俺は息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
冷たい夜気と、石の匂いと、草の匂い。
その奥に——
(……)
薄いけれど、たしかに“あの匂い”がした。
「いる?」
ミリアが小声で訊ねる。
「“通った”感じはします。
まだ“今いる”かどうかまでは——」
言いかけたとき、視界の端で何かが動いた。
物置小屋の陰。
地面の影が、一瞬だけ揺れたように見えた。
「——いた」
今度は、はっきり見えた。
黒い犬の輪郭。
ただし、古井戸のときよりずっと薄い。
影が、地面から少し浮いているような形。
白い目が、こちらを見た。
裏庭の最初の夜番は、どうやら、退屈せずに済みそうだった。




