第28話 ユークリッド家からの「内緒の依頼」①
貴族街の聞き取りをした翌朝。
ギルドに入った瞬間、今日はいつもより視線が多い気がした。
「ねえねえ、“貴族街で聞き込みしてるFランク”ってレオン兄ちゃんたちなんでしょ?」
「“黒い犬の次は貴族泥棒”って、どういう順番なの?」
「レオン兄ちゃん、貴族のお屋敷行ったんだって!」
……情報が広まるの、早すぎないだろうか。
「人気者ね、“何でも屋Fランク”」
ミリアが横でくすくす笑う。
「何でも、はやってないんですけどね」
「やってるから噂になってるのよ」
カウンターに辿り着くと、リサが苦笑気味の笑顔で迎えてくれた。
「おはようございます、レオンさん、ミリアちゃん。
昨日の聞き取り結果、さっそく調査班の方で照合が進んでいますよ」
「役に立ってるなら良かったです」
「はい、“とても興味深い”そうです。
……シルヴァさんの言葉をそのままお伝えすると」
それは興味深いの中でも、危険物寄りのニュアンスだ。
「で、今日はですね——」
リサは一枚の紙を丁寧に持ち上げた。
「レオンさんたち宛てに、直接依頼が来ています」
「直接?」
「はい。
貴族家からの依頼です」
紙に書かれた依頼主の名前を見て、心臓がひとつ跳ねた。
——【ユークリッド家 屋敷内雑務補助】——
依頼主:ユークリッド伯爵家
内容:屋敷内倉庫の整理および保管物の簡易目録作成。
加えて、作業中に黒い影/黒い犬などの異常を見かけた場合は冒険者ギルドへ報告すること。
条件:Fランク(複数人)、聞き取りと記録ができる者
———————————————
「……リネアさんのところですね」
「昨日の聞き取りの報告と、バルニスさんからの推薦が重なったようです」
リサが説明する。
「“最近、屋敷の裏で黒い犬を見た”という使用人からの話があったようでして。
貴族街では黒い犬の噂はまだ広まっていないのですが、ユークリッド家はわりと耳が早いようですね」
「“黒い犬窓口”として認識されている感がありますね、俺たち」
「実績って大事よ」
ミリアが横で肩をすくめた。
「内容としては、倉庫整理と目録作り。
ついでに、黒い何かを見たら報告。
線のこちら側で完結する仕事ね」
「受けましょう」
ユークリッド家の倉庫。
昨日見た、黒い指輪と似たものが、まだ何かありそうな気がしていた。
何より——あのリネアという貴族のお嬢様は、少なくとも話が通じそうだ。
「メンバーは?」
「いつもの五人で」
リサが受注印を押す。
「それでは、午前のうちに屋敷の方へ。
門番にはすでに話が通っているそうです。
……くれぐれも、倉庫の中身に“勝手な判断で手を出しすぎないように”とギルド長代理からもひと言」
「“出しすぎないように”ってことは、多少は出していいんですね?」
「“記録と報告のために最低限触れるのは可”という意味だそうです」
リサは、あくまで事務的に答えた。
「“壊す/持ち出す/勝手に浄化する”は禁止です」
「ちゃんと書いてありますね」
ミリアが依頼書の端をひらひらさせる。
「線、はっきりしていて助かります」
◇
貴族街の門をくぐるのは、これで三度目だ。
衛兵は、一度目より少しだけ慣れた目で俺たちを見た。
「ユークリッド家の依頼だな?
通れ」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて通り抜ける。
昨日と同じ道を進み、ユークリッド家の門の前へ。
門番に依頼書を見せると、すぐに中へ通された。
「お待ちしておりました」
中庭で出迎えたのは、見慣れた燕尾服——執事グレイソンだ。
「先日は荷物運び、ありがとうございました。
本日は倉庫の整理、および……」
「“黒い犬などの異常がないかの確認”、ですね」
ミリアが言うと、グレイソンはわずかに眉をひそめた。
「そのようにお伝えはしましたが、“屋敷に不吉なものがある”という話を広めたいわけではありませんので」
「記録はすべてギルド経由にします。
必要以上に口外はしません」
俺が答えると、グレイソンは小さく頷いた。
「助かります。
——お嬢様も、お待ちかねです」
「おーい!」
噴水の向こうから、元気な声。
リネアが、ひらひらと手を振りながら駆けてきた。
「また来たわね、Fランクたち!」
「また呼んでいただきました」
ミリアが軽く頭を下げる。
「“また変なの買ってないでしょうね”って言いに来たわけではないですよ」
「残念。
ちょっとはそういうツッコミも期待してたのに」
リネアは楽しそうに笑った。
「父様に話したのよ。“黒い犬の噂を調べてるFランクがいる”って。
そしたら、“倉庫の整理を頼んでみろ”って」
「ずいぶん話の飛び方しますね、お父様」
「“倉庫に妙なものが増えてきたから、整理するいい機会だ”ってさ」
リネアは肩をすくめる。
「本音は、“黒い犬なんて馬鹿馬鹿しい”って感じだけどね。
でも、私が“怖いから”って言ったら、折れてくれた」
……少なくとも、完全に無関心な親ではないらしい。
「倉庫は、どちらに?」
「こっち」
リネアが中庭の奥へと案内する。
屋敷の本棟とは別に、小さな建物が中庭の隅に建っていた。
石造りで窓が小さく、扉にはしっかりした錠前。
「ここが、ユークリッド家の宝物庫——とまではいかないけど、“よくわからない物置き場”よ」
「お嬢さま——」
グレイソンがこめかみを押さえる。
「事実じゃない」
リネアが鍵束を取り出し、扉の錠前を開ける。
重い扉がきしみながら開くと、ひんやりした空気が流れ出てきた。
(……)
鼻の奥で、何かがかすかにざわついた。
古井戸ほどではない。
でも、昨日外から感じた“残り香”よりは、はっきりしている。
「中、失礼します」
慎重に足を踏み入れる。
倉庫の中は、思ったより整然としていた。
壁際には棚が並び、箱や布に包まれた物が積まれている。
中央には、台の上に置かれた木箱がいくつか。
「“整然としているようでカテゴリーが混ざっている”感じね」
ミリアが周囲を見回す。
「食器の隣に魔道具、その隣に古書、その上に謎の壺」
「順番に見ていきましょう」
ノーラが盾を外し、記録板を構えた。
「私は物品の形と位置を。
ミリアはラベルや紙類を。
レオンは“匂い”と“違和感”担当で」
「匂い担当って公認になりましたね、完全に」
◇
棚の一番手前から、ひとつずつ見ていく。
古い銀食器セット。
古びた絵画。
よくわからない木彫りの像。
それ自体からは、特に黒い気配はしない。
奥へ進むにつれて、少しずつ空気が重くなる気がした。
「この辺りから、ですね」
俺は、棚の中段の箱に手を伸ばす。
蓋を開けると、小さな布袋がいくつか並んでいた。
それぞれに、簡単なメモが付いている。
「“悪夢除け袋・西の古物商”……
“呪い祓い石・南方産(真偽不明)”……
“眠りを深くする枕詰め物・実験中”……」
「“実験中”って何ですかね」
カイが顔をしかめる。
「やめてほしい表現だよね」
ミリアも同意した。
布袋にそっと指を触れると、中からひんやりした感触が伝わる。
そして——
(……この袋)
ひとつだけ、他と匂いが違う。
他の袋は、正直言ってただの怪しい商売の匂いしかしない。
けれど、その袋だけは、古井戸や指輪と同じ“黒い何か”の薄い気配があった。
「レオン?」
「これだけ、ちょっと違います」
布袋を取り出し、メモを読む。
「“呪い祓い石・古井戸近辺より回収(要調査)”」
喉の奥が、ひゅっと鳴った。
「古井戸近辺って、まさか」
「封鎖前に、誰かが勝手に拾ってきたやつかしらね」
ミリアが額を押さえる。
「“要調査”って書いてあるのに、倉庫に突っ込んで終わってるあたりが一番怖いわ」
「それ、誰が持ってきたか聞いた方がよさそうですね」
ロウが真面目な顔になる。
「ギルドに報告すべき“線の向こう側候補”」
「とりあえず、位置と見た目を詳細に記録だけしておきましょう」
ノーラが、袋の大きさと配置をきっちりメモする。
「今ここで勝手に持ち出したり、“浄化してみる”のはさすがにアウトだしね」
「線は守ります」
俺は布袋を元の場所に戻した。
それでも、手に残るひんやりした感触はしばらく消えなかった。




