表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第1章 Fランクなのに街で雑用するヒマがない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/56

第22話 古井戸封鎖作戦とFランク夜番②


 ◇


 日が落ち、街の灯りが一つずつ灯り始めるころ。

 井戸の周囲は、妙に静かだった。


 遠くから、子どもたちの笑い声や商人たちの呼び声がかすかに聞こえる。

 でも、古井戸の周囲だけは、音がひとつ減っているような感じがした。


(……これが、“何も起きていないようで何かが起きているときの空気”なんでしょうか)


 バルドの言葉を思い出しながら、結界杭と井戸の蓋を見比べる。


 今のところ、白い紐は静かなままだ。

 光も、まだない。


「下、どうなってるんでしょうね」


 ノーラがぽつりと言った。


「静かなときは、静かな方がいい」


 ロウが短く答える。


「“音がしないから不安”って言ってるうちは、まだ平和だよ」


「そういうもんですか」


「そういうもん」


 俺も同じ意見だった。

 大きな音が聞こえるときは、大体ろくなことが起きていない。


 ……と、考えたところで。


 ごぉん、と鈍い音が足元から伝わってきた。


「……今のは?」


「下で何かやってるんじゃない?」


 ミリアが耳を澄ます。


 続けて、どん、どん、と何かを叩くような音。

 それから、かすかな雷鳴のような反響。


(戦ってる、って感じでもないな)


 瘴気の核を壊そうとしているのか、封じ直しをしているのか。

 下を想像しても、想像は当たらないだろう。


 そう考え直して、俺は結界杭に目を戻した。


 そのときだった。


 白い紐が、一瞬だけ、ぴくりと震えた。


「……?」


 すぐに何かが起きるわけでもない。

 けれど、胸の奥に、ひやりとしたものが走る。


 鼻からゆっくりと息を吸い込む。


(匂いが——濃くなった)


 下から。

 井戸の蓋の隙間から、じわりと。


「ミリア」


「来る?」


「かもしれません」


 言った瞬間、結界杭の一つが、ぼうっと淡い光を放った。


「一番、北側の杭!」


 ノーラの声が上がる。


 井戸から少し離れた位置にある杭だ。

 そちらに意識を向けた、その直後。


 俺は、自分の判断ミスを悟った。


(逆だ)


 匂いは——

 北側ではなく、真横から来ている。


「右!」


 叫んだ瞬間、足元の影が盛り上がった。


 黒い犬の形をした影。

 でも、今まで見たものよりも、ずっと薄い。

 紙の切り抜きのように、地面に張り付いている。


「っ——」


 ノーラがとっさに盾を前に出した。


 だが、影は盾の下をすり抜ける。

 影だからだ。


「足元!」


「わっ!?」


 ノーラが慌てて足を上げる。


 黒い影は、井戸から離れる方向へ走り出した。

 まるで、どこかへ導こうとするように。


 その進行方向には——

 古井戸周辺の見張りに駆り出された、別のFランクの子どもたちの姿があった。


「止まれ!」


 思わず声が出る。


 黒い影の犬は、子どもたちの足元をすり抜け、路地の方へ走る。

 子どもたちの何人かが、それを目で追った。


「今の見えた?」


「黒い犬……?」


「追うな!」


 自分でも驚くくらいの大声が出た。


 子どもたちがびくりと振り返る。


「絶対に追うな!

 今のは“線の向こう側”だ!」


 訓練場で何度か顔を合わせた子たちもいた。

 ジンも、その中にいた。


「レオン兄ちゃん……?」


「その場から動くな!」


 まずは、地面を蹴って影の犬を追う。


 路地の入口で、影が一瞬だけ立ち止まり、こちらを振り返った。


 目は、白く光っていない。

 ただの黒い穴だ。


「……悪いけど」


 剣の柄に手をかける。


「今日は、そっちに付き合ってる場合じゃないんだ」


 影の犬に向かって、地面を払うように剣を振る。

 普通なら、影なんて斬れない。


 でも、刃が通った瞬間——

 黒い影は、ざらりと砂に戻るように散った。


 斬れた。


(薄いやつだからか……)


 足元には、うっすらと黒い粉のようなものが残るだけ。

 それもすぐに、石畳の隙間に吸い込まれていった。


「レオン!」


 ミリアが駆け寄ってくる。


「大丈夫?」


「はい。今のは……“抜け殻”みたいな感じでした」


 匂いも、少ししか残っていない。

 井戸の下にいる本体から切り放された、端っこのような。


「子どもたち!」


 ミリアが振り返る。


「今の見た子は?」


「は、はい!」


 ジンたちが、おずおずと手を挙げた。


「よく見てた。

 でも、今みたいなのを見ても、“追いかけない”のが今日のお約束。

 わかった?」


「……はい!」


 ジンたちは、少し悔しそうな顔をしながらも頷いた。


「レオン兄ちゃんは追っていいの?」


「俺たちは、“追っていいかどうかを判断する係”だからな」


 そう答えながらも、胸の奥で少しざわつくものがあった。


(さっきの、本当に“追ってよかった側”だったのか)


 影の犬は、井戸から離れる方向に走っていた。

 井戸から瘴気を引っ張り出す“逃げる瘴気”だったのか。

 それとも、何かから子どもたちを遠ざけようとしていたのか。


 答えは、わからない。


 ただ一つわかるのは——

 あの影がそのまま子どもたちを路地の奥へ引っ張っていったら、

 きっとそれは、とても嫌な事態に繋がっていた、ということだけだ。


 だったら、今はこれでよかったのだろう。


 ◇


 結界杭の光は、しばらく弱まったり強まったりを繰り返した。

 井戸の下では、きっとまだ何かが起きている。


「……長いですね」


「簡単に終わる仕事なら、そもそも封印なんてされてないだろうしね」


 ミリアが杖に体を預けながら言う。


「眠くなってきた」


「カイ、交代で目ぇ冷やしてなさい」


「交代で目ぇ冷やすって何」


 そんな他愛もない会話をしていると、

 今度は、井戸の蓋そのものが、かすかに震えた。


 ご、という低い音とともに、足元から伝わる重たい振動。


「今のは——」


「“下が殴られた”音、かな」


 ミリアが眉をひそめる。


 同時に、風が変わった。

 今まで冷たいだけだった井戸の空気に、少しだけ“乾いた”成分が混ざる。


 鼻をくすぐる、焦げたような匂い。


(火か……)


 アメリアか誰かが、下で炎を使ったのだろう。


 それから、数十拍。


 ふっと、胸の締めつけが軽くなった。


「……今、少し楽になりましたね」


「私も感じた。

 匂い、薄くなった」


 結界杭の光も、じわじわと弱まっていく。


「とりあえず、“第一波”は収まった、ってところか」


 ロウがぼそりと呟いた。


「第一波とか言わないでくださいよ……」


 肩の力が抜ける。


 そのとき——

 井戸の蓋の隙間から、一筋の光が漏れた。


 白く、小さな光。

 すぐに消えたけれど、確かに見えた。


「今の……?」


「さあ。

 “封印の火花”みたいなもんかもしれないし、

 “誰かの魔法”かもしれないし」


 ミリアが肩をすくめる。


 どちらにしても、今はまだ俺たちの出番ではない。


 ◇


 やがて、ロープが軋む音とともに、最初の一人が井戸から姿を現した。


 血の気の引いた顔の魔法使い。

 続いて、傷だらけの前衛たち。

 最後に、アメリアがひょい、と軽い身のこなしで出てきた。


「お疲れさまです」


 思わず頭を下げる。


「うん。

 なかなか、骨の折れる挨拶だったよ」


 アメリアはそう言って、井戸の蓋に軽く手を置いた。


「どうでしたか?」


 ミリアが訊ねる。


「“瘴気の核候補”、ひとまず“本物”だったね」


 アメリアはあっさり答えた。


「水脈にへばりついて、じわじわと街のあちこちに染み出していた。

 ……昔の封印が完全に切れる前に、間に合った感じ」


「倒したんですか?」


「“倒した”というより、“鎖を太くし直した”ってところかな。

 全部を消し飛ばすには、街ごとやるしかないレベルだったからね」


 さりげなく物騒なことを言う。


「でも、前よりはマシになった。

 しばらくは、新しい黒い染みの出方も落ち着くはず」


「落ち着く、だけですか」


「“止まる”とまでは言えない」


 アメリアは正直だ。


「でも、テオの夢が教えてくれた線までは、今日ちゃんと行けた。

 そこは、素直に誉めてもいいと思うよ」


 そう言って、アメリアはテオの頭をぽん、と軽く叩いた。


 いつの間にか、テオも井戸の様子を見に来ていたらしい。

 遠巻きに見ていた顔には、不安と安心が半々に混じっていた。


「テオの夢は、“怖がっていい夢”だったろう?」


「……はい」


「でも、怖がったあとで、“誰かに話せた”のは、もっといいことだ」


 テオは、小さく頷いた。


「それと——」


 アメリアは、今度は俺たちの方を見る。


「地上は地上で、よく見張っててくれた。

 影の犬を一体、斬ったんだって?」


「はい。

 たぶん、“抜け殻”みたいなやつでしたけど」


「抜け殻でも、噛みつかれれば面倒だからね。

 よくやったよ」


「……ありがとうございます」


 素直に頭を下げる。


「さて」


 アメリアは大きく伸びをした。


「今日の仕事は、ひとまずここまで。

 細かい解析はシルヴァたちに任せるとして……

 レオンたちは、ちゃんと飯食べて、ちゃんと寝ること」


「それ、最近よく言われますね」


「言われてるうちは、まだ大丈夫ってことだよ」


 アメリアは、そう言って笑った。


 ◇


 ギルドに戻ると、リサが出迎えてくれた。


「お帰りなさい。

 古井戸の地上支援、お疲れさまでした」


「ただ見張ってただけですけどね」


「“ただ見張ってるだけ”ができる人は、そう多くないですよ」


 リサは板に新しい刻みを入れた。


 ——正式依頼達成数:18件/50件。

 ——観察依頼報告数:6件。


「古井戸の件は、今後もしばらく注意が必要ですが……

 少なくとも、“今すぐ何かが噴き出してくる”という状況ではなくなりました」


「よかったです」


 心からそう思った。

 今夜、宿のベッドで眠るときに、井戸の蓋の映像が頭に浮かぶのは、さすがに遠慮したい。


「黒い犬の噂も、これで少し落ち着くといいですね」


 リサの言葉に、ミリアが肩をすくめる。


「どうかなぁ。

 むしろ、“古井戸から黒い犬が出てくる”って新しい怪談が増えそう」


「やめてくださいよ」


「でも、そういう噂がある方が、子どもは近づかないかもよ?

 “怖いからやめとこう”って」


 それは、それで一理ある。


「……ほどほどに、怖がってくれるといいですね」


「そうね。

 “怖がる”と“何もできなくなる”の間くらいで」


 ミリアがあくびを噛み殺した。


「とりあえず、今日のところは解散。

 レオン、ほんとにちゃんと寝なさいよ」


「家具運びの翌日より疲れましたから、素直に寝ます」


「比べる基準おかしくない?」


 そんな会話をしながら、ギルドを後にした。


 外に出ると、空にはいつも通りの星が出ていた。

 古井戸の下に何がいようと、空の見え方は変わらない。


 宿への道を歩きながら、ふと鼻をひくつかせてみる。


 冷たい夜気と、石畳と、遠くの屋台の匂い。

 黒い何かの匂いは——今日は、もうしなかった。


「……よし」


 誰に聞かせるでもなく、小さく呟いて、宿の扉を押した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ