第21話 古井戸封鎖作戦とFランク夜番①
翌朝、ギルドに入った瞬間、受付前の空気が少しだけぴりっとしているのがわかった。
子どもたちの声も、どことなく落ち着きがない。
受付カウンターでは、リサが立て続けに書類をさばいていた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます、レオンさん、ミリアちゃん」
リサは顔を上げると、すぐに声のトーンを落とした。
「ちょうどよかった。
レオンさんたち、《仮)レオン=ミリア隊》は、本日“特別任務”が入っています」
「特別任務?」
ミリアと顔を見合わせる。
「古井戸の件ですね」
「はい」
リサは小さく頷いた。
「今日の夕方から、C〜Bランクの方々が古井戸の“下側の調査”に入られます。
その間——地上側の見張りと住民対応を、F〜Eランクにお願いしたいんです」
「つまり、“井戸の上を任せるから下は任せろ”ってやつですね」
ミリアが苦笑した。
「そのとおりです」
リサは、一枚の紙をこちらに差し出す。
「これが本日の依頼内容です」
——【古井戸封鎖作戦 地上支援】——
依頼主:トラヴィス冒険者ギルド・特別調査班
内容:古井戸周辺の立入禁止区画の見張り、子どもや住民の誘導、黒い影の監視・観察
条件:F〜Eランクパーティ(複数人)
———————————————————
「“線のこちら側”の仕事ってことね」
ミリアがぼそっと言う。
「テオ君から夢の話が上がったのもあって、古井戸の優先度が上がりました。
……上の方も、かなり本気です」
リサは奥の方をちらりと見た。
視線の先には、見慣れない冒険者たちが数人、受付で何やら確認をしている。
鎧の質も、纏っている空気も、明らかに俺たちより“上”。
「あの人たちが、井戸の下に?」
「Cランクが二組と、Bランクが一組。
それから、アメリアさん」
「アメリアさん、やっぱり行くんですね」
「ギルド最……ごほっ。
“面倒事担当”ですから」
リサの咳払いは聞かなかったことにした。
「集合は、昼過ぎにギルド裏の裏庭です。
そこで作戦全体の説明がありますので、午前中の依頼は……軽いものだけにしておいた方がいいかもしれませんね」
「了解。
“黒くない軽いの”を一件だけにしようか」
「また“黒くない”って条件つけるんですね」
「午前ぐらいは胃に優しいやつにしたいじゃない」
そんなわけで、午前中は市場の荷物運びを一件だけこなし、昼にはギルド裏の集合場所へ向かった。
◇
ギルドの裏庭には、すでにそれなりの人数が集まっていた。
俺たちF〜Eランクのパーティに加えて、鎧を着込んだCランクの前衛たちと、
ローブ姿の魔法使いたち。
中央には、バルドとアメリア、それからシルヴァが立っている。
「お、来たな」
バルドが手を挙げた。
「今日の“地上支援組”は、大きく三つに分かれる」
そう言って、簡単な地図を広げる。
「まず一つ。“古井戸直上の警戒班”。
井戸の周囲に張った結界の状態を見張る役だ。
ここは、Cランクの補助と一緒に動いてもらう」
地図の井戸の周囲に、小さな丸がいくつか描き込まれる。
「二つ。“周辺路地の巡回班”。
黒い犬や黒い影が地上に逃げてこないか、見張る。
それから、間違って子どもが近づいてきた場合の対応」
訓練場や住宅区との間に、線が引かれている。
「三つ。“情報窓口”。
これは主にギルド側でやるが、途中で何かあれば、使者を飛ばしてもらうことになる」
「私たちは?」
ミリアが手を挙げる。
「《仮)レオン=ミリア隊》は、古井戸直上の警戒班だ」
「え、いきなり井戸の真上ですか」
「真上といっても、“蓋より内側には入るな”が大前提だ。
シルヴァの結界の杭を見張ってもらう。
それと、“黒い犬”が出た場合の観察役だな」
「匂い係ですね」
「お前が言うと変な響きだな、それ」
バルドがため息をついた。
「一応言っておくが——
地上支援だからといって、“安全”だとは思うなよ」
その言い方に、場の空気が少しだけ引き締まる。
「封印が緩んだ瘴気は、上にも下にも広がる。
下を叩いたときに、上へ逃げるやつも出てくるかもしれん。
そういうのを見逃さないのが、今日のF〜Eランクの役目だ」
「了解です」
素直に頭を下げる。
「アメリアさんは?」
誰かが訊ねると、アメリアは槍を肩に担ぎながら軽く手を挙げた。
「私はBランク組と一緒に、井戸の中。
下の“瘴気の核候補”にご挨拶してくるよ」
軽い口調とは裏腹に、その目は冗談を一切含んでいなかった。
「レオンたちは、地上を頼む。
“降りてくるやつ”の相手は、そっちの方が得意でしょ?」
「そう、なんですかね」
「市場、下水、倉庫、ギルド食堂、洗濯物……」
アメリアは指折り数える。
「もう十分、“降りてきたやつら”の相手してると思うけど」
言われてみれば、そうだった。
◇
夕方。
古井戸の周囲には、簡易の結界杭がいくつも打ち込まれていた。
白い紐でつながれた杭には、小さな魔術式が刻まれている。
シルヴァがそれを一つずつ確認していた。
「この結界は、“瘴気の濃度が一定以上になったら光る”ようになっている。
君たちは、その光り方を見ていればいい」
「見てるだけでいいなら、楽そうですね」
カイが気軽に言うと、シルヴァがじろりと睨んだ。
「“楽そう”に見える仕事ほど、大事なんだよ。
目を逸らした瞬間に、変化を見逃すからね」
「はい、すみません」
カイが素直に頭を下げる。
「レオン君は、“匂いの変化”も見ておいてくれ。
結界が反応する前に、危険を察知できるかもしれない」
「……がんばってみます」
そんなに立派な能力じゃないつもりなんだけどな、と思いつつ。
井戸の蓋の方では、バルドとアメリア、それから他の前衛たちがロープや装備の確認をしていた。
「じゃあ、行ってくる」
アメリアが槍を背負い直し、軽く笑った。
「上から何か変な音がしたら、逃げる準備しときなさい」
「下からじゃないんですか」
「下からのは、こっちでどうにかする。
上からのは、知らない」
そう言って、すっと古井戸の中へ消えていった。
続いて、バルドたちもロープに体を預けて降りていく。
やがて、井戸の蓋が半分だけ閉じられ、残った隙間からは暗闇とひんやりした空気だけが上がってきた。
「こっちも配置につこう」
ミリアが周囲を見渡す。
「ノーラは井戸から一番近い杭の前。
ロウはその横、すぐノーラを回復できる位置。
カイは外周をぐるぐる。
レオンは——」
「真ん中で匂いを嗅ぐ係ですね」
「そう。それそれ」
どんな係だ。




