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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第1章 Fランクなのに街で雑用するヒマがない

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第15話 黒い犬の正式依頼②

 ◇


 調査依頼を正式に受注して、俺たちは訓練場方面へ向かった。


 道すがら、ミリアが説明を整理していく。


「今回の依頼は、

 ・聞き取り:子ども、親、近くの店、衛兵

 ・巡回:黒い影が出やすい時間帯(夕方〜夜の前)に見回り

 ・観察:黒い何かを見つけたら記録板で写し取り、戦うかどうかは状況次第

 ——こんなところね」


「報酬は、普通のFランク依頼よりちょっといいですね」


 依頼票には、基礎報酬に加えて「有用な情報ひとつにつき+α」と書かれていた。


「“歩き回って話を聞くだけ”でお金もらえるなら、悪くないよな」


 カイがニヤリと笑う。


「いや、ただの噂話と有用情報の区別をつけるのが難しいと思うけど」


 ロウがすかさず冷静なコメントを入れた。


「そこはレオンが何とかしてくれるでしょ。“嫌な匂いセンサー”」


「そんな名前でしたっけ、俺の能力」



 訓練場に着くと、昨日の講習の続きのように、何人かのFランク子どもたちが木人相手に素振りをしていた。


「レオン兄ちゃんだ!」


 ジンとマリナが駆け寄ってくる。


「今日は訓練じゃなくて、“調査”で来たよ」


 俺は依頼票を見せながら説明した。


「黒い犬や、黒い影を見たことがある子から、話を聞きたい。

 いつ、どこで、何をしていたときに見たか。

 それから、“そのあとどうしたか”」


「追いかけた!」


「石を投げた!」


「お前ら……」


 盛大に頭を抱えそうになる。


「石投げるのはやめなさい。

 黒いの、何かしてきた?」


「ううん、じっと見てるだけだった。

 ちょっと近づくと、ぴょんって逃げて……

 でも、またちょっと離れたところで待ってるみたいにしてた」


 マリナが両手でジェスチャーをしながら言う。


「こっち見て、尻尾ふってたよ!」


 ジンが続ける。


「“遊ぼう”って言ってるみたいだった!」


「声は、聞こえた?」


「ううん。吠えない」


「鼻息も?」


「わかんない。

 でも、足音もあんまりしなかったかも」


 そのあたりは、俺の感覚とも一致していた。


(影みたいなものだから、音が薄いのか)


「見えた場所は?」


「訓練場の、あっちの端!」


 ジンが溝の方を指さす。


「あと、インガのおばちゃんの雑貨屋の前!」


「インガさんのところ……」


 心臓が、一瞬強く打った。


 《ブルーレーン》とは別の店だが、雑貨屋の前という共通点が妙に引っかかる。


「どんな時間帯に多い?」


「夕方! 日が沈みかけたくらい!」


「一人のとき?」


「ううん、みんなで遊んでたときもあった。

 でも、近づこうとすると、みんな見えなくなったって言う……」


「それ、“見えなくなった”んじゃなくて、“見えてなかった”んじゃない?」


 ミリアが小声で補足する。


「子どもと、それ以外で見え方が違う。

 レオンは“かろうじて見える側”、くらいかな」


「嬉しいような、嬉しくないような……」


 子どもたちから情報を集めていくと、共通していることがいくつか見えてきた。


 ・黒い犬は、主に夕方に出る

 ・子どもが遊んでいる場所の近くに多い

 ・追いかけると少し逃げて、また振り返る

 ・噛みついてきたことはない


(“誘導している”ように見える、か)


 リオも、ああやって黒い何かに誘われていったのかもしれない。


「他に変わった話、ない?」


 そう尋ねたとき、端の方で黙って話を聞いていた少年が、おずおずと手を挙げた。


「……あの」


「ん?」


「このあいだ、黒い犬が——」


 少年は言いづらそうに、言葉を選んだ。


「“ぽん太”って、言った気がします」


 空気が、ぴたりと止まった。


「“ぽん太”、って?」


「はい……

 犬が、じゃないかもしれないけど。

 頭の中に、ふっと浮かんだんです。“ぽん太”って名前。

 それで、なんとなく“ぽん太?”って声に出したら、犬が尻尾振ったから……」


「偶然、じゃないかもしれないね」


 ミリアが、俺の顔をちらっと見る。


 心臓の鼓動が、やけにうるさい。


「そのとき、犬はどっちに行った?」


「えっと……」


 少年が指差した先は、訓練場の外——住宅区と商業区の境目にある、小さな路地の方だった。


「そっちには、“インガのおばちゃんの店”がある」


 ジンが補足する。


「小さい子どもでも買えるおもちゃとか、お菓子とか、いっぱいあるところ!」


(子ども、おもちゃ、黒い犬、“ぽん太”)


 線が繋がったような、繋がってほしくないような感覚だった。


「まずは、その雑貨屋さんに行ってみましょう」


 ミリアが言い、俺たちは訓練場を後にした。


 ◇


 住宅区の中ほどにあるその店は、《ブルーレーン》より少し小ぶりだが、賑やかな雰囲気の店だった。


 色とりどりの紙風船、木製のおもちゃ、ガラス玉。

 子どもたちが吸い寄せられる匂いがする。


「いらっしゃい——


 あら、ミリアちゃんにレオン君?」


 カウンターの向こうから顔を出したのは、ふっくらした中年の女性だった。

 エプロンのポケットには、飴玉がぎっしり詰まっている。


「こんにちは、インガさん。お久しぶりです」


 ミリアが軽く会釈する。


「今日はお買い物じゃなくて、“黒い犬”の話を伺いに来ました」


「黒い犬?」


 インガさんの顔から、一瞬だけ笑みが引いた。


「……ああ、子どもたちが言ってる“影の犬”のことね」


「ご存じなんですね」


「この界隈の子は、みんなうちの店に寄るからね。

 お菓子買いに来たついでに、いろんな話をしてくれるのさ」


 インガさんはカウンターに肘をつき、少し声を落とした。


「黒い犬はね、最初は“いいもの”だって噂だったのよ」


「いいもの?」


「迷子になりそうな子の前に現れて、家の近くまで走って行って、振り返って——

 “こっちだよ”って教えてくれるみたいに見えたんだって。

 それで、子どもたちは“黒い犬は優しい”って」


 その話は、意外だった。


「でも、いつからか——

 “もっと遠くまで連れて行こうとする”って話が混じり始めた」


 インガさんの目に、不安の色が宿る。


「遊び場から外壁の方まで、子どもを引っ張っていこうとする。

 “ぽん太”って呼んだ子もいるし、“別の名前”で呼んだ子もいる。

 でも、だんだん——“戻ってこない子が出るんじゃないか”って、みんな怖がり始めてね」


 戻ってこない子。


 リオの顔が、脳裏に浮かぶ。


「実際に、まだ帰ってきてない子は?」


「……一人、いる」


 短い沈黙のあと、インガさんは小さく頷いた。


「名前はリオじゃないけどね。

 別の通りの子。

 衛兵やギルドにはもう話がいってるはずだよ」


「そう、ですか……」


 リオだけじゃない。

 黒い何かに関わって、行方がわからなくなっている子は、もう何人もいるのかもしれなかった。


「黒い犬を見た時間、場所……

 詳しい話も、もし思い出したらギルドかここに教えてください」


 ミリアが丁寧に説明する。


「ここに?」


「インガさんの店、子ども情報の集積地ですから。

 ギルド経由で拾うより早い場合もあります」


「なるほどねぇ。

 ……わかったよ。

 うちに来る子らには、“黒い犬を見たらレオン君たちに話すんだよ”って言っておく」


「名前が出ましたね、俺の」


「レオン兄ちゃんの方が子ども受けいいからね」


 ミリアがさらりと言った。


「やっぱりそうなんですか……」


 ◇


 雑貨屋を出るころには、空が少し赤みを帯び始めていた。

 夕方。“黒い犬”が出やすい時間帯だ。


「訓練場に戻る?」


「いや——」


 胸の奥のざわつきが、別の方向を指していた。


 外壁の方角。

 昨日、黒い犬が溝から現れた場所。


「もう一度、あの溝を見に行きましょう。

 さっきの“ぽん太”の話も確認したいですし」


「了解。

 バルドさんには、いったん使者を飛ばしておくね」


 ミリアが簡易の伝書魔法でギルドに連絡を入れ、俺たちは外壁沿いへ向かった。


 ◇


 訓練場近くの溝には、昨日と同じように、薄い水が流れていた。

 外壁の石のあいだから、かすかな冷気が漏れてくる。


(……いる)


 気配は、昨日より少しだけ濃かった。


「来るよ」


 俺が呟くと、ミリアも杖を構える。


 水面が、ふるりと揺れた。

 次の瞬間、黒い影がぴょん、と飛び出す。


「……」


 やはり、犬の形をしている。

 全身が黒い影でできているのに、輪郭だけはちゃんと“犬”だとわかる。


 白い目が、俺たちをじっと見つめた。


「……ぽん太?」


 口が、勝手に動いた。


 黒い犬の尻尾が、一度だけ大きく振られる。


「今の、完全に反応したわね」


 ミリアが小声で言う。


 黒い犬は、今度は訓練場の方へではなく、住宅区の方へ走り出した。

 子どもたちの遊び場がある方向だ。


「追うよ!」


「線は?」


「街の外までは行きません。

 住宅区の中、子どもの行動範囲まで。

 ……それ以上はバルドさんたちに任せます」


「よろしい!」


 ミリアが笑い、俺たちは黒い犬の後を追った。


 ◇


 黒い犬が向かった先は、意外にも、よく知っている場所だった。


 ——雑貨屋ブルーレーン


 リオの、家の店だ。


「……」


 胸の鼓動が、跳ね上がる。


 黒い犬は、《ブルーレーン》の前でぴたりと止まった。

 扉の前でくるりと振り返り、また尻尾を振る。


「中に入れ、ってこと?」


 ミリアが呟いた。


「いや、今は——」


 俺が戸惑っていると、そのとき扉が開いた。


「あら……」


 リオのお母さんが顔を出した。

 目の下のクマは、前より少しだけ薄くなっている。


「レオンさん? ミリアちゃん?」


「こんばんは。

 ——今、扉の前に、何か見えましたか?」


 俺は思わず、そう尋ねていた。


「扉の前?」


 お母さんが外を見回す。


「誰も、いませんけれど……」


「そう、ですか」


 黒い犬は、お母さんには見えていないらしい。

 それでも、影は確かにそこにいて、俺とミリアを見ていた。


「何か、用事が?」


「いえ、その……

 黒い犬の目撃情報の調査で、この辺りも見回っていまして」


 依頼票を見せながら説明すると、お母さんは小さく頷いた。


「ここでも、何度か子どもたちから聞きました。

 “お店の前に黒い犬がいた”って……」


 黒い犬が、店先でくるくると回り始める。

 まるで、“ここだよ、ここだよ”と主張するように。


「中、入らせてもらってもいいですか?」


「ええ、どうぞ」


 店の中に入ると、見慣れた棚の並びと、おもちゃたち。

 その隅——リオがいつも座っていたらしい場所に、木の犬のおもちゃが置かれていた。


「……ぽん太」


 思わず名前を呼んだ。


 お母さんが、ぽん太をそっと撫でる。


「リオの……大事にしていたおもちゃです」


 そのときだった。


 足元に、冷たい気配が走った。


(……中まで入った?)


 黒い犬の気配が、店の中に滑り込んでいた。

 目には映らないが、確かに感じる。


「ミリア」


「感じてる」


 ミリアが杖を握りしめる。


 黒い気配は、棚と棚の間をすり抜け、ぽん太の近くで止まった。

 木の犬と、黒い犬。

 ふたつの輪郭が、重なったように見えた。


「——っ」


 胸の奥が、きゅっと掴まれたように痛い。


(今、記録を——)


 アメリアからもらった記録板を取り出し、ぽん太の近くの床にそっと押し当てる。

 冷たい感触が、板を通じて指先に伝わった。


「レオンさん?」


 お母さんが、不思議そうに首をかしげる。


「すみません。

 黒い影が、時々こういう場所に現れるので……痕跡だけでも調べられたらと思って」


「影、が……」


 お母さんの手が、ぽん太をぎゅっと握りしめる。


「リオも、時々言っていました。

 “黒い犬がついてくる”って。

 ……そのとき、ちゃんと深く聞いてあげればよかった」


 声が、少し震えていた。


「いえ——」


 何か言おうとして、言葉が出てこなかった。


 本当に、何かできたのかどうか。

 わからないからこそ、下手な慰めはできなかった。


「今は、ちゃんと聞いて回っています。

 レオンが」


 ミリアが静かに言った。


「“黒い犬がついてくる”って言う子がいたら、そのたびに。

 だから、もう“何も聞いてくれなかった”ってことにはなりません」


 お母さんは、うつむいたまま小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


 ◇


 店を出るころには、黒い犬の気配は、もうなかった。

 ぽん太の近くにまとわりついていた気配も、薄くなっている。


「今の、どう見た?」


 ミリアが、帰り道で訊ねてきた。


「“ぽん太を媒介に、黒い何かが子どもと繋がっている”って見るか、

 “子どもの想いに黒い何かが寄ってきた”って見るか」


「どっちもあると思います」


 しばらく考えてから、答えた。


「ぽん太自体が黒い何かになったとは、やっぱり思いたくないです。

 でも、“ぽん太とリオの記憶”に、黒い何かが触った可能性は……あるかもしれません」


「うん、そのくらいの距離感で見といた方がよさそう」


 ミリアが満足そうに頷く。


「“全部敵だ”って決めつけるのも危ないし、

 “全部味方だ”って思い込むのも危ない。

 どっちかに寄りすぎると、絶対どこかで足元をすくわれるから」


「はい」


 記録板を握る手に、力が入った。


「……ひとつだけ、はっきりしてきたことがあります」


「ん?」


「黒い何かは、確かに“子どもの近くで動いている”。

 それも、“遊びや、大事なもの”の近くで」


 溝、広場、訓練場、雑貨屋、おもちゃ。

 どれも、子どもと縁が深い場所ばかりだ。


「だから、Fランクの期間——

 “子ども側に足を突っ込んでいる冒険者”のうちに、できるだけ多く見ておきたいです」


「いいね、それ」


 ミリアが笑う。


「“Fランクだから見える景色”、ってやつ」


 ◇


 ギルドに戻り、今日の聞き取りと、溝と《ブルーレーン》での記録をまとめて報告した。


「お疲れさまです。

 これで、“黒い影調査補助”の一日分の依頼達成になりますね」


 リサが、板に新しい数字を刻む。


 ——正式依頼達成数:11件/50件。

 ——観察依頼報告数:4件。


「調査班の方にも、すぐに共有しますね。

 ……特に、《ブルーレーン》での記録は、アメリアさんが気にしていましたから」


「アメリアさんが?」


「はい。“ぽん太”って名前も含めて」


 リサはそう言って、小さく笑った。


「“Fランクのうちは、たくさん迷って、たくさん見てきなさい”って。

 “答えは急いで出さなくていいから”とも」


 それは、今の俺には、とてもありがたい言葉だった。


(迷っていい。

 でも、目は逸らさない)


 黒い犬が敵かどうかも、リオの行方も、まだわからない。

 それでも、Fランクという“子どもの側”に近い位置から見られる時間は限られている。


 その限られた時間に、どれだけのものを見て、記録して、守れるか。


 雑用をするヒマもないくらい、やることは山ほどある。


 俺は、刻まれた「11/50」の数字を見つめながら、そっと拳を握った。


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