第12話 Fランク教室と黒い犬の影①
ギルド倉庫の黒いやつ事件から、三日が過ぎた。
その間も、俺たちはいつも通り——いや、いつも以上に——Fランクの依頼をこなしていた。
「これで、正式依頼達成……十件目、ですね」
受付カウンターで板に刻まれた数字を見て、思わず指でなぞる。
——「正式依頼達成数:10件/50件」
三ヶ月と五十件。
Eランク昇格までの道のりはまだ遠いが、“ひと区切り”くらいは感じられる数字だ。
「登録してから、まだ2週間くらいで十件。
ペースだけなら、かなり優秀よ?」
隣でミリアが肩をすくめる。
「まあ、間に黒いやつ絡みで寄り道してる分、頑張ってる方だと思う」
「寄り道って言いますかね、あれ」
黒いスライム。倉庫の黒い染み。
どれも寄り道というには重すぎる。
「レオンさん、ちょうどよかったです」
受付のリサが顔を上げた。
「今日の午後、“Fランク向けの実技講習”があるんです。
よろしければ参加されませんか?」
「実技講習?」
「はい。
Fランクは十代前半の子が多いですから、月に一度くらい、ギルド主催で簡単な訓練会をしているんです。
今日は“街の外壁近くの訓練場”で、基礎戦闘と連携の練習をする予定で……」
「お、あれか」
背後からカイの声が飛んできた。
「子どもFが一列に並んで木人相手にポコポコ殴ってるやつだろ?
たまに参加すると、無料で飯も出るぞ」
「食い物基準やめなさいよ」
ロウが呆れたように言う。
「でも、レオンに必要かしら」
ミリアが、じっと俺を見る。
「“Fランクは子どもが多い”って話、頭ではわかってるだろうけど……
実際に並んでみると、結構ショック受けると思うよ?」
「そんなショックなものなんですか」
「身長差的に」
言われて、なんとなく納得した。
「それに、レオンみたいな“年長F”は、講師の手伝いをお願いされることも多いんです」
リサが補足する。
「子どもたちからすると、お兄さん役がいると安心しますから」
「……やります」
即答だった。
リオのことが頭に浮かぶ。
行方がわからないあの子。
ぽん太を握りしめていた、小さな手。
(ああいう子たちが、Fランクとしてここに立つんだよな)
そう思うと、断る理由はなかった。
◇
午後。
ギルドから十分ほど歩いた先、外壁ぎりぎりの場所に、その訓練場はあった。
簡易な木の柵でぐるりと囲われた土の広場。
一部には木製の人形や、藁を詰めた標的。
端の方には簡単な障害物が組まれている。
「おー……」
思わず声が漏れた。
広場には、すでに十人以上のFランクたちが集まっていた。
俺より背の低い子たちがほとんどで、最年少らしき子は、まだ剣より重いものを持ったことがなさそうな顔をしている。
「ね?」
ミリアが肘でつつく。
「あんた、完全に“保護者側”でしょ」
「否定できない……」
視線が、自然と一番小さな子に向かう。
髪を二つに結んだ少女で、大きめの木の剣を両手で抱えていた。
「うわ、レオン兄ちゃんでかい!」
別の少年がこっちを見て叫んだ。
「本当にFランク? Eじゃないの?」
「カード見せて!」
一気に子どもたちに囲まれる。
「あ、えーと……」
苦笑しながら冒険者カードを見せると、「本当にFだ!」と変な歓声が上がった。
「レオン“兄ちゃん”ね。
今決まったから」
ミリアが勝手にまとめる。
「決めるの早くないですか?」
「見た目の説得力って大事だから」
そんなやり取りをしていると、訓練場の中央に一人の男性が立った。
「集まってくれてありがとう」
短く刈った茶色の髪、軽装の鎧。
胸元には「Cランク」と刻まれたプレートが光っている。
「今日の講師を務める、Cランク冒険者のバルド・ヘイグだ。
普段はギルドの護衛や、新人の送り役なんかをやってる」
バルドは、俺たち全員をぐるりと見渡した。
「Fランク講習の目的は二つ。
一つ、街の外に出る前の“基礎動作の確認”。
二つ、“一人で動かない癖”をつけることだ」
「一人で動かない、ですか」
俺が小さく繰り返すと、ミリアが横目で見てきた。
「聞いた? レオン」
「聞こえてますよ」
「特に、“最近登録した年長F”は要注意だからな。
“自分はもう大人だから一人で平気だ”って思い込みがちだ」
バルドの視線が、ぴたりと俺に刺さった。
「……心当たりは、ないとは言い切れません」
思わず目を逸らす。
「そこで——」
バルドが手を叩くと、訓練場の端に立っていた数人の冒険者が前に出てきた。
Eランクが二人、Fランクが三人。
「今日の“補助講師”だ。
それぞれ、小グループの面倒を見てもらう。
ミリア・フェルノート、カイ・サリット、ロウ・ヘイズ、ノーラ・ブラン……」
名前を呼ばれて、仲間たちがちらほら前に出る。
「それから——レオン・アーディス」
「はい」
呼ばれて、一歩前に出た。
子どもFたちの視線が、一斉にこちらに向く。
「お前らの中には、すでにレオンの噂を聞いてるやつもいるだろう」
バルドがそう言うと、「黒いスライム斬った人でしょ!?」と前の方から声が上がった。
「市場でゴブリンやっつけたって本当!?」
「倉庫の黒いのも倒したって聞いた!」
「え、そんなに広まってるんですか」
「子どもの情報網、なめちゃダメよ」
ミリアが小声で笑う。
「レオンには、“年長F組”の面倒を見てもらう。
年齢が近い方が、遠慮なく相談できるだろうしな」
「よろしくお願いします!」
何人かの少年少女が元気よく頭を下げる。
その中に、ひときわ元気な少年がいた。
「俺、ジン。ジン・カルド! 十三歳!
レオン兄ちゃんみたいに、黒いのぶった斬る冒険者になる!」
「ハードル上げないでくれます?」
とはいえ、悪い気はしなかった。
◇
講習は、まず素振りから始まった。
「剣でも杖でも、まずは“ちゃんと振れる”ことが大事だ。
力任せでも、形だけでもダメだ。
自分の体を“安全に運べる”動き方を覚えろ」
バルドの説明を聞きながら、俺は自分の組の子たちを見て回る。
「ジン、腕だけで振らない」
「え、こう?」
「腰をもっと回して。足、固まってる。
村で薪割りするとき、斧を振るう形に近いです」
「薪割りしたことない!」
「じゃあ、今覚えましょう」
一人ひとりの肩や肘の位置を直していくと、最初はバラバラだった動きが、少しずつまとまってきた。
「レオン兄ちゃん、教え方うまいね」
隣で、二つ結びの少女——マリナが言った。
「村で、子どもたちの相手してましたから」
「村って、どんな感じ?」
子どもたちの目が、いっせいに輝いた。
「山と森ばっかりで、ギルドもこういう訓練場もないです。
だから、村の大人たちに教わって、自分たちで肩慣らししてました」
「ゴブリン、出る?」
「たまに出ましたね。
夜に薪を取りに行くとき、よく出くわしてました」
「すげえ……」
ジンの目がきらきらしてくる。
「じゃあ、黒いやつは?」
その問いに、手がぴたりと止まった。
「……黒いやつ?」
「最近、噂あるじゃん」
別の少年が口を挟む。
「街のそこらに、“黒い犬”が出るって」
「黒い犬?」
思わず聞き返す。
「うん。
夜、訓練場の近くとか、広場とかに出てくるんだって。
真っ黒で、目だけ光ってて、でも犬みたいに尻尾振ってて——」
ジンが身振りを交えて説明する。
「子どもが近づくと、ちょっとだけ走って逃げて、また振り返って見てくるんだって。
“こっち来いよ”って言ってるみたいに」
胸の奥が、いやな形でざわついた。
(ぽん太……)
リオがいつも握っていた、木の犬のおもちゃ。
雑貨屋で、お母さんが言っていた。
『リオ、いつもこれ握りしめてて……
“犬のぽん太”って名前つけて……』
「黒い犬は、“子どもにしか見えない”って話もあるんだ」
マリナが続ける。
「大人の人が一緒に探しても、“何もいない”って言うらしくて……
だから、みんな“きっと遊び相手を探してる霊なんだ”って」
「霊って……」
ロウあたりが聞いたら、頭を抱えそうな話だ。
(でも、“子どもにだけ見える黒い何か”か……)
黒い染み。黒いスライム。
あれらも、最初は“気づく人”が限られていたのかもしれない。
「レオン兄ちゃんは、見たことある?」
ジンが期待に満ちた目で尋ねてくる。
「……“黒い犬”としては、まだ見てないですね」
素直に答える。
「でも、“黒い何か”なら、何度か」
「やっぱり!」
子どもたちのテンションが上がる。
「今夜、黒い犬、見に来ようよ!」
「ちょっと待て」
思わず制止の声が出た。
「夜の訓練場に勝手に来るのは、ダメです。
衛兵の人にも迷惑になりますし」
「えー……」
「でも黒い犬……」
不満そうな顔。
そこに、ミリアの声が飛んできた。
「そこまで。
黒い犬がどうとか言ってる暇があったら、足の運び覚えなさい、足の」
「ひぃ」
子どもたちが一斉に姿勢を正す。
「黒い犬の噂、ミリアは知ってる?」
休憩時間、俺は近くに来たミリアに小声で訊ねた。
「うん。
ここ一週間くらいで、子どもFたちからちょこちょこ聞いてる。
“黒い犬が遊び相手してくれた”とか、“追いかけっこした”とかね」
「本当に、犬なんでしょうか」
「さあ。
ただ……」
ミリアは訓練場の端、外壁の影を見た。
「レオン。今、“何か”感じる?」
目を閉じ、空気を吸い込む。
子どもたちの声、木を打つ音、土の匂い。
その奥に——
(……いる)
訓練場の隅、雑草が生えているあたり。
ごく薄い、黒い気配。
「弱いですけど、“あれに似た匂い”が」
「だろうと思った」
ミリアが苦笑する。
「講習が終わったあと、バルドさんに許可取って、ちょっとだけ残ろうか。
あくまで“観察依頼”の範囲でね」
「線は守ります」
自分に言い聞かせるように答えた。




