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Fランク冒険者がみんな弱いと思ったら間違いだ 〜街の雑用をするヒマもなく事件を片付けてたら、いつの間にか最前線戦力でした〜  作者: 那由多
第1章 Fランクなのに街で雑用するヒマがない

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第1話 Fランク、街へ行く

初めて書きました。温かい目で見守ってください。

街は、うるさかった。

 人の声と、荷車の軋む(きし)音と、どこかの店から漂ってくる肉の焼ける匂い。

 山と森に囲まれたアルナ村で育った俺には、その全部が新鮮で、少しだけうるさい。


(これが、トラヴィス市……)


 門をくぐった瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。

 子どもの頃から、村の狩人たちが酒のつまみに語っていた「冒険者の街」。

 いつか自分もそこに行ってみたいと、薪割りをしながら何度も空想した場所だ。


 十八歳。

 村じゃとっくに一人前扱いされる年齢だが、冒険者としては「少し遅い」と言われた。

 普通はもっと早く、十代前半からランクを上げ始めるらしい。


(まあ、今さら気にしても仕方ないよな)


 背中の大剣を軽く持ち直し、俺——レオン・アーディスは人波の中を歩き出す。


 目指すはひとつ。

 街の中心近く、石造りの立派な建物。

 屋根に掲げられた灰色の鷹のレリーフが、風にきしりと鳴った。


「……ここが、冒険者ギルドか」



「というわけで、以上がギルド利用の注意点になりますね〜。質問はありますか?」


 受付嬢の明るい声が、カウンター越しに響く。

 栗色の髪を肩で結び、にこにことマニュアル通りの笑顔。

 俺は、差し出された書類に指で触れながら首を振った。


「えっと……つまり、俺は今日からFランク、ってことでいいんですよね?」


「はいっ。登録したての新人さんは、みんなFランクからスタートです。

 ここから、依頼をこなして実績とポイントを積めば、E、Dと昇格していきますよ」


 受付嬢は慣れた調子で、壁にかかったランク表を指さす。


 F:新人。雑務・街中の簡単な依頼のみ。

 E:初心者。街の外にも出られるが、近場に限定。

 D:中堅。魔物討伐など、本格的な依頼が増える。

 C以上は、一般人からすれば英雄扱いだとか。


 ……村で聞いていた話と、だいたい同じだ。


「Fランクさんには、このあたりの依頼がおすすめですよ〜」


 受付嬢が差し出した板には、「ゴミ捨て場の整理」「運搬」「子どもの見守り」など、雑用っぽい依頼が並んでいる。


(こういうのから地道に、ってことか)


 別に嫌じゃない。

 村でも、薪割りや畑仕事、罠の見回りなんていくらでもやってきた。

 役に立つなら、なんだっていい。


 そう思って、俺が板に手を伸ばしかけた、そのときだった。


「た、大変だ! 市場にゴブリンが出たぞ!!」


 ギルドの扉が乱暴に開き、息を切らした男が飛び込んできた。

 薄汚れたエプロンに小麦粉まみれ。たぶん、パン屋だ。


「ゴブリン? なんで街の中に……」


「門を抜けたばかりの荷車に紛れてたんだ! 数は三匹か四匹か……とにかく、近くに子どももいて危ないんだ!」


 ざわ、とギルド内の空気が揺れる。


「近くにCランク以上はいるか!?」


「Cパーティの《赤い牙》は、昨日の遠征でまだ戻ってないぞ!」


「Dランクの“盾”はどうした!」


「さっき出払ったばかりだ!」


 冒険者たちの視線が一斉に掲示板の方へ向かい、すぐに戻ってくる。

 そのほとんどが、苦い顔をしている。


「街の中だから正式依頼になってねえぞ」


「ギルドが動く前に衛兵が片付けるだろ。タダ働きはごめんだ」


「ゴブリン程度で怪我してランク落としたくねえしなぁ」


 数人が腰を上げかけては、「まあ、衛兵もいるしいいか」と座り直す。

 パン屋の顔から、じわじわと血の気が引いていくのがわかった。


(……ああ、そういうもんなんだな)


 街の「常識」を知らなかった俺でも、空気で理解できた。

 依頼として成立していない仕事は、タダ働き。

 タダ働きで怪我でもしたら損。

 それがギルドで生きる冒険者たちの価値観なんだろう。


 でも。


「すぐに行った方がいい。市場って、こっちで合ってますか?」


 気づけば俺は、パン屋に声をかけていた。

 受付嬢が目を丸くする。


「レオンさん!? まだ登録したてでしょ? しかもFランクで、外での戦闘経験は——」


「ありますよ。村で、ですけど。ゴブリンなら何度もやりました」


 山の中で一匹で夜を越すより、昼間の市場で戦うほうがよほど気が楽だ。

 俺が当然のように答えると、周りの冒険者たちがどっと笑った。


「新人がゴブリン“何度も”だってよ」


「田舎のイノシシを魔物って呼んでたんじゃないか?」


「まあ、せいぜい衛兵の足止めくらいには——」


 そのとき、一人だけ違う声がした。


「……あんた、本当にやれるの?」


 カウンターの端に座っていた少女だ。

 ローブの袖口が焼け焦げているのが目立つ。

 さっきから黙っていたが、腰にはきちんと冒険者カードが下がっている。


「ミリアちゃん?」


 受付嬢がその名を呼ぶ。

 ミリアと呼ばれた少女は、じっと俺の剣を見つめていた。


「その剣、村の鍛冶屋製じゃない。刃こぼれも少ないし、ちゃんと研いでる。

 握り方も……素人のそれじゃない。

 ——Eランク、ミリア・フェルノート。炎魔法使い。同行していい?」


 そう言って、彼女はひらりと立ち上がる。

 ローブの焦げ跡から、彼女が本当に前線を経験していることが伝わってきた。


「ミリアさん、でも——」


「ゴブリン三〜四匹なら、私の魔法でどうとでもなる。

 問題は、街の中ってこと。炎はあまり使えない。だったら、前衛が必要になる」


 ミリアは俺を一瞥し、ふっと笑った。


「本当に“何度も”やったことがあるなら、ね」


 挑むような視線。

 試されているのはわかったけれど、怖さより先に、嬉しさの方が勝っていた。


(ああ、やっとだ。やっと、ちゃんと戦える)


「レオン・アーディス。Fランクだけど、前衛は任せてください」


 思わず背筋が伸びる。

 ミリアは満足げにうなずき、受付嬢の方を向いた。


「ギルドとしては、これ“非公式”扱いでしょ? だから、ランクポイントは付かない。

 それでも行くって、この新人は言ってる。止める?」


「え、えっと……ギルドとしては、もちろん自己責任というか、その……」


 受付嬢が視線を彷徨わせたあと、小さく息を吐いた。


「……どうか、お二人ともご無事で。衛兵にもギルドから伝令を出します」


「感謝。じゃ、行こっか、新人くん」


 ミリアがひらりとローブを翻し、ギルドを飛び出す。

 俺も慌ててその背中を追った。



 市場は、きれいに騒がしかった。


 逃げ惑う人、人、人。

 ひっくり返った屋台、転がるリンゴ。

 そして、その中心に——黄色い目をぎらつかせた小さな影。


「ギ、ギギィ!」


「うわっ、来るな!」


 ゴブリンだ。

 山で見慣れているはずなのに、石畳の上に立っているのを見ると妙な違和感がある。


「数は三匹……いや、あれは四匹目か」


 屋台の影でもう一匹が身を潜めている。

 俺の目には、はっきりと見えた。


(それと——)


 胸の奥が、ひやりと冷たくなる。

 ゴブリンたちの後ろで、何か黒いものが蠢いた気がした。


(嫌な、気配……?)


 アルナ村の森で、何度か感じた感触に似ている。

 危ない獣の気配とは少し違う、もっと粘つくような“異物”の感覚。


「新人くん、前、お願い。私は後ろから援護する」


 ミリアの声で我に返る。

 柄を握り直し、一歩、石畳を蹴った。


「ぎ、ギギィ!」


 こちらに気づいた一匹が、歯をむき出しにして跳びかかってくる。

 その動きは、村で見たどのゴブリンとも変わらない——


「ふっ!」


 剣を横薙ぎに振る。

 ゴブリンの腕ごと、短剣が弾き飛ばされた。


 軽い。

 筋肉がまだ余裕を訴えてくる。

 村の大猪と比べたら、この程度の重さは誤差だ。


 振り抜いた勢いのまま、ゴブリンの首筋に刃を当てる。

 黄色い目が驚愕に見開かれ、そのまま崩れ落ちた。


「ひっ……!」


「な、なんだあのFランク……」


 周囲の悲鳴とざわめきが耳に入る。

 だが、体はもう次の動きに入っていた。


「ギ、ギギギィ!」


 二匹目が横合いから突っ込んでくる。

 足音、呼吸、石畳を蹴る角度。

 全部が、やけにはっきりと感じ取れた。


 ——ああ、これだ。

 村ではいつも、こうやって戦っていた。


「レオン、右!」


 ミリアの声。

 言われる前から、右側の屋台の下に潜む影には気づいていた。

 だが、その声が合図になった。


「——『フレイム・ボルト』!」


 ミリアの詠唱とともに、屋台の下から這い出ようとしたゴブリンの顔面に、小さな火球が直撃する。

 炎は必要最低限に抑えられていたが、それでも十分な威力だった。


「ギャアア!」


「ナイスです、ミリアさん!」


「さん付けはいいってば!」


 軽口を交わしながら、二匹目の懐に飛び込む。

 短剣を構えた腕を、肩ごと叩き落とす。

 悲鳴を上げる暇もなく、柄頭で顎を打ち抜き、そのまま地面に転がした。


「残りひと——」


 言いかけて、足が止まる。


 黒い気配が、濃くなった。


 最後の一匹の背後で、空気が歪む。

 黒い染みが石畳に滲み出て、ぐにゃりと形を変えた。


「な、なにあれ……?」


 ミリアの声が震える。

 俺は、喉の奥がひりつくのを感じた。


(知ってる。これ……知ってる)


 村の、誰も近づいてはいけないと言っていた古い祠。

 そこで一度だけ嗅いだ、鉄と土と、何か焦げたような匂い。


 黒い染みは、やがて人の腕ほどの大きさになり、触手めいたものを伸ばしてゴブリンの足を絡め取った。


「ギギィ!? ギャアアア!」


 悲鳴とともに、ゴブリンの体が一瞬で干からびる。

 残ったのは、ボロ布みたいにしなびた皮と骨だけ。


「……っ!」


 ミリアが思わず後ずさる。

 俺も背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


(ヤバい。あれは、ヤバい)


 理屈じゃなく、体がそう叫んでいた。

 あれを放っておけば、きっと市場全体が飲み込まれる。


「ミリアさん!」


「な、なに!」


「少しだけ、大きめの炎、出せますか! 俺が抑えます!」


「街の中でそんな——」


「ここで広がる方が、もっと被害が出ます!」


 一瞬の逡巡ののち、ミリアの目が決意に光った。


「……いい、わかった。五秒だけ時間を稼いで!」


「了解!」


 黒い染みが、触手をこちらに伸ばしてくる。

 石畳がじゅわじゅわと溶け、嫌な臭いが鼻をついた。


 柄を握る手に、力を込める。

 恐怖はある。

 けれど、その向こうに——


(守りたいものがあるなら、前に出るしかない)


 村でも、何度もそう教えられてきた。


「来いよ」


 低く呟き、俺は前へ踏み込んだ。


 黒い触手が、鞭のように振り下ろされる。

 それを剣の腹で受け、弾き飛ばす。

 衝撃が肩まで痺れるが、歯をくいしばって踏ん張る。


「レオン、いくよ!」


 背後から、熱が集まる気配がした。

 ミリアの声が、はっきりと響く。


「——『フレイム・ランス』!」


 次の瞬間、槍の形をした炎が俺の肩越しに飛び出した。

 一直線に黒い染みへと突き刺さり、その中心を貫く。


 鈍い音とともに、黒い何かが破裂した。

 焦げた匂いとともに、煙が立ち上る。


 しばらくして、煙が薄れたとき——そこにはもう、黒い染みはなかった。



「すげえ……」


「あの新人、なんだったんだ?」


 いつの間にか、周囲には衛兵やギルドの人間が駆けつけていた。

 遠巻きに見ていた市場の人たちも、ぽつぽつと近づいてくる。


「だ、大丈夫か君たち!」


 駆け寄ってきた衛兵隊長らしき男が、俺とミリアの様子を確認する。

 大きな怪我はない。

 少し、肩と足が痺れる程度だ。


「お、お前たちが抑えてくれていなければ、被害はもっと出ていただろう。本当に——」


「いえ、俺はただ、目の前のものを斬っただけですから」


 そう答えると、ミリアがじろりとこちらを睨んだ。


「謙遜しすぎ。半分以上あんたの功績だからね」


「ミリアさんだって、あの炎の槍がなかったら——」


「だから“さん”はやめなさいって」


 そんなやり取りをしていると、ギルドの制服を纏った男が走ってきた。

 胸には「Dランク」と刻まれたバッジ。


「おいおい、先に片付いちまってるじゃねえか。出遅れたなぁ」


 男は現場を一瞥し、にやりと笑った。


「ま、ギルドからの公式な『対応部隊』は俺たちってことになる。

 新人くんたちも頑張ったんだろうが、詳細はギルドで聞くからよ」


 そう言って、あっさりと話をまとめにかかる。


 ミリアの眉間に、ぴきりと青い筋が浮かぶのが見えた。

 俺はといえば——


「あ、はい。わかりました」


 素直に頷いてしまっていた。


(別に、誰の功績とかは……街が無事なら、それでいいしな)


 村でも、誰が一番獲物を仕留めただとか、あまり気にする人はいなかった。

 みんなで冬を越せるかどうかの方が、ずっと大事だったからだ。


「……あんた、本当にそれでいいの?」


 ギルドへ戻る道すがら、ミリアがぽつりと言った。


「え?」


「今の、どう見てもあんたが一番動いてた。

 でも、たぶんギルドの報告書にはDランクパーティの功績って書かれる。

 あんたの名前なんて、どこにも載らない」


 ミリアの声には、あからさまな苛立ちが混じっている。

 でも、それでも俺は首をかしげた。


「……まあ、街の人たちが無事なら、それでいいかなって。

 俺、そもそもまだFランクですし。名前が出るとかは、別に」


「はぁ……」


 ミリアが大きくため息をついた。


「冒険者としては、そういうの、全然よくないんだけどね」


「そうなんですか?」


「そうよ。依頼として成立してないから、今回のはランクポイントにならない。

 つまりあんたは、Fランクのまま。

 街を救った“Fランク冒険者”なんて、誰も信じない」


 その言葉を聞いて、少しだけくすぐったくなった。


「街を救ったは、言いすぎですよ」


「言いすぎじゃないっての」


 ミリアはぼそりと呟き、俺から視線を逸らした。


「ま、いいわ。

 ——本当に“Fランクのまま”でいられるなら、だけどね」


 その言葉の意味は、そのときの俺にはまだ、よくわからなかった。


 この街で、Fランクとして過ごす日々が——

 雑用をするヒマもないほど、事件と騒動に満ちていることも。


 そして。


 Fランク冒険者が、みんな弱いわけじゃないってことを、

 嫌でも証明させられることも——まだ、知らなかった。

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