勘兵衛の誓い 花輪の誓い
湯沢城の論功行賞が行われて、勘兵衛の功が認められます。
その恩賞として、勘兵衛は孫作の甲冑や武器の一式を賜りたいと願い出ます。
その意味を総大将の満茂に問われ誓いを立てました。
湯沢城の戦いは終わった。
首実検と暫定の論功行賞が、ふもとの寺で行われた。
寺では、本堂で実検が行われた。広間の正面には、総大将の楯岡満茂が床几に腰を据える。甲冑を完全に着込み、斜に構えて、刀の柄に手を掛けた。いつでも抜刀できるように構えている。脇には、弓を持つ兵士が控えた。弓を番えて立っている。
これは、首実検の作法であった。かつて平将門は、首だけになって故郷の関東に向けて飛んで行ったという伝説がある。そのため、恨みを抱いて亡くなった武将の首が、総大将に襲い掛かることに備えるのが、首実検の作法となった。
首実検が始まり、湯沢城の将の首が順に運ばれていく。この武将は誰が討ったのかは既に軍忠状に記している。それを、総大将の前で読み上げると同時に、複数の将兵が立ち会うことで証拠とした。もし、討手と違う者が記載されている場合、武将から異議が出され、審議される。
それが嘘の申し出であった場合、虚偽を申し立てた者は重罪とされた。そのため、実際は軍忠状記載の段階で整理がなされており、首実検はあくまで追認の場であることが多かった。
秀綱は、上座の左手に座っていた。湯沢城攻めの第三将の位置であった。続々と首が運ばれてくる。運ぶ兵士も、首を三方に乗せ、首の耳の穴に左右それぞれの親指を突っ込んでいる、これも、首が飛んでいかないようにする作法であった。
そのようにして運ばれてくる首の多くが、秀綱の前で戦い討たれていったものたちだった。秀綱は、首となった将のかつての戦いぶりを思い出し、心内で手を合わせていた。
「次、湯沢城 山木弾正殿」
軍忠方の老兵 坂井善右衛門のよく通る声で呼ばれた首が運ばれてきた、
孫作の側近の弾正であった。城に最後に残り密かに自害して後を追ったのである。覚悟の上の自害であった。無念も苦悶も浮かんでいない首であった。
「まこと潔し。武士の鑑じゃ」
満茂が呟いた。誰もが頷いた。
「湯沢城本丸で自害。討ち取り者、なし。首をもって来たるは、鮭延典膳殿が家臣 市来孫兵衛なり」
秀綱が頷いた。これで功を承認したことになる。
「市来には、褒美を取らせる。沙汰は追っていたす」
満茂の声に、一同が頷く。斯くして、弾正の首が室外に運ばれていった。しばしの静寂が本堂を包む。
「次、鮭延典膳が家臣 鳥海勘兵衛 出ませい」
善右衛門の声に従って、次の間から勘兵衛がやってきた。本堂中央にまで進んで、平伏した。
「次、湯沢城城主 小野寺孫作殿」
善右衛門の声で、孫作の首が離れからゆっくりと運ばれてきた。死に化粧も一際念入りに施された。眠るような、ほほ笑んでいるかのような首であった。
孫作の首が、勘兵衛と満茂の中間の位置に運ばれる。満茂は作法に則って、斜に構えた右目で首を見た。
「湯沢城二の丸で戦闘にて負傷。自害。槍をつけ、介錯をしたるは、鮭延典膳殿が家臣 鳥海勘兵衛なり」
秀綱が頷いた。勘兵衛は平伏したままである。
「戦場に骸を晒すは武士の運命なり。その折、我ら武将、斯くあるべしと言える御最期でござった」
満茂の言葉に、誰も異はなかった。
「勘兵衛の勲功 第一等なり。恩賞は何を望むや」
満茂の問いに一同、ざわついた。恩賞は総大将が指定するのが通常である。それが、恩賞を望むがままとは異例であった。よほどの大名首でもない限り、こんなことはあり得なかった。
「されば、孫作殿の甲冑、槍を頂きとうございます」
勘兵衛も臆せずに応えた。満茂は微動だにしなかった。
「勘兵衛、お主、その意味を理解しておるのか」
ややあって、勘兵衛が応える。
「惧れながら、某、孫作様に負けぬ武将として忠勤に存じたく思います」
「足らぬ」
満茂が否定した。ただでさえ、言葉の少ない満茂である。その分、一言一言の重みがある。座に緊張が走った。
「超えよ」
厳に満茂が言った。
「ははっ、目指しまする。彼の名将を超える将となることをお誓い申し上げます」
勘兵衛も声を張り上げた。満茂は、満足そうに頷いた。
「勘兵衛、恩賞はおって取らす。此度は、孫作殿の甲冑、槍、刀一式をそなたに下す。励め」
「ははーっ」
勘兵衛の対応も見事であった。秀綱は、若武者の勘兵衛がこの戦で大きく成長したことを知った。
――頼もしい武者が、また一人育ってくれたな――
実検が終わり、運ばれていく孫作の首に秀綱は感謝した。
◇◇◇
「花輪殿はおられるか」
乱暴に門を叩く音が近隣に響いた。黒沢甚兵衛であった。
「甚兵衛殿ですか。何事ですか」
屋敷の奥から花輪が出てきた。その美しさに、甚兵衛は臆した。
「此度の御父上のこと、誠に無念でございましたな」
甚兵衛の悔やみを、花輪は冷たい目で聞いた。
――お前が大伯父様を殺しておきながら、なんと白々しい――
「此度のご不幸に際し、小野寺義道様も心を痛めておられる。それゆえ、家中の者に輿入れをさせたいとの仰せでありましてな。それを伝えに参った次第でございます」
「その家中の者とは、甚兵衛様でいらっしゃいますか」
甚兵衛は否定はしなかった。花輪は虫唾が走った。
――小野寺家は、どこまで八柏の者を、そして父を侮辱すれば気が済むのだろう――
花輪は、心底に怒りの炎が燃え上がった。静かな炎であった。その心と裏腹に、花輪は優しい声で申し出を拒絶した。
「ご当主様の御心はありがたいのですが、私は寺に参って、父の菩提を弔いたいと思うておりまするゆえ、お断りさせていただきとうございます」
「それはあまりに勿体ない。そなたのようなお方が、子をなさずに孫作殿の血筋が絶えてはなりませぬ」
――どんなに考えても、お前とはねえんだよ、お前とはよ――
叫びたい思いを抑えて、花輪は重ねて断った。
甚兵衛は、それで一旦は帰った。しかし、やがては家中を使って、落としにかかってくるだろう。
――それよりも、私は父上の仇を討ちたい。最上家に復讐をすることで、私の人生を費やしたい――
その夜、花輪はわずかな供で横手を脱出した。花輪の逃亡を助けたのは、湯沢城から落ちた兵士とその家族であった。その途中、花輪は、怒った甚兵衛が、屋敷を焼き討ちしたと聞いた。
――所詮、小野寺家中では我らを八柏の家の者と軽んじていたのであろう。敬意をもっていれば、斯様な所業を許すわけはない――
途中の家で、花輪は涙した。そして、こうした状況に追い込んだ策を打った最上家へ復讐を改めて誓った。
次回は、新章が始まります。
最上家を最大の悲劇が襲います。
駒姫無惨編 お楽しください。




