湯沢城落城
湯沢城最期の戦い
湯沢城は落城しました。
秀綱は、勘兵衛たちが孫作の許にたどり着いたのを見届けた。後は、奴らに任せようと思った。それよりも。かかってくる湯沢城兵を次々と討たねばならなかった。死を覚悟した兵士たちは手強く、下手をすれば自軍が崩されかねない。
「敵兵に一人でかかるな! 二人、三人で当たれ! 死兵にまともにぶつかってはいかんぞ!」
秀綱は、味方に号令をかけて回った。
◇◇◇
「勘兵衛殿、よくぞ参られた」
孫作が、槍を正眼に構えた。弾正が脇から見まわして、相手の突出を牽制した。
「孫作殿への礼儀、敬意は、戦で示さねばなりますまい。いざ」
勘兵衛もまた、槍を正眼に構えて向かい合った。
「よい目をしておるな。不足なし。参る」
初手は孫作から繰り出した。正確で鋭い突きであった。勘兵衛は、右に躱した。持ち手と逆方向への移動は、次の手を遅らせる。
「よき判断よ。だが、まだまだ!」
孫作は、踏みとどまって石突での打撃に切り替えた。狙いは顎。脳を揺さぶれば、討ち取るのは容易になる。防ぐには、前に出るしかない。勘兵衛は、一歩を前に踏み出した。
「槍を抑えるとはなかなかよな」
間合いが接近して、槍の利点をお互いが生かせない。次は、間合いを取り合うことになる。この刹那に、業を出し合う。孫作は足を薙いだ。勘兵衛は、退きながら突きを繰り出した。互いに不発だった。
「はっは、やるな、勘兵衛殿。左様、怯みは命取り。生きたければ、前に出よ」
「承知。大敵相手に突破口は前だけであると心得えており申す」
「それがわかっているとは心強い。では、再び参るぞ」
「応!」
勘兵衛と孫作は、再び打ち合った。何合も何合も打ち合った。その姿を、脇に控える弾正は見つめていた。綱元も、二人の打ち合いに目を奪われていた。秀綱もまた、脇目で二人の打ち合いを見ていた。その間にも、かかってくる敵兵を突き伏せ、なぎ倒していった。
孫作は、引き技と突きを交互に繰り返した。間合いを詰めさせず、攻撃を連続して繰り出せる業である。勘兵衛は突きを弾くが、弾いた後から薙ぎ技が襲ってくる。間合いを詰め切れず、攻め手を欠いていた。
――これには対処はできぬか……されど、この攻めは右腕の膂力があってこそ可能な業――
負傷した腕では、それほど持たぬと孫作も感じていた。だが、見せてやりたかったのだ。受け継ぐ者のへ、継承してほしい業を全て。
孫作は、最後の一撃に力を込めた。鋭さは影を潜めていた。勘兵衛は、孫作の槍を弾いた。掌内に槍を留めておく力は、孫作には残っていなかった。
槍は、勘兵衛によって弾き飛ばされた。勘兵衛は、槍を孫作の胸に突き立てた。孫作の胸から、血飛沫があがった。
「勝負ありましたな」
脇に控えている弾正が呟いた。孫作も、微笑を浮かべて頷いた。
「いいえ、腕に負傷がなかったら、この比ではなかったはずです」
勘兵衛は、槍を退いて、一礼した。
「まあ、これだけ血をあたりにまき散らせば、嫌でもわかりますな」
弾正が、冷静に話した。なるほど、打ち合ったあたりに血が飛び散っている。真紅の甲冑の右腕からも流血が続き、止まらなかった。
「それでもあれだけの業を繰り出せるのは、普段の稽古の賜物かと存じます」
勘兵衛は片膝を突いて、頭を下げた。
「勘兵衛よ、私の業を間近に見れたかね」
孫作の声が荒くなっている。呼吸音が大きい。
「はい。その槍をいかにして駆使するか。しかと見ました」
「左様か。鍛錬を怠るな。これで、思い残すことはないわ」
孫作は、地に胡坐をかいて座り、兜を置いた。弾正が脇に近づいた。
「殿、甲冑や兜、槍は勘兵衛殿に渡したので宜しいですな」
「ああ、お主に任す」
弾正は、孫作の甲冑を外した。
「ははは、弾正。もはや右手に力が入らぬ。寒くもなってきた。早く、致せ」
孫作は、短刀を抜いた。右手を添えるだけで、左で柄の末端に当て、腹に突き立てた。
「見事な御最期にございます」
勘兵衛は、平伏した。
「勘兵衛殿、止めを」
弾正が介錯を促した。勘兵衛は頷いて、立ち上がった。背を伸ばし、首を垂れる孫作に向けて、勘兵衛は刀を振り下ろした。
「勘兵衛殿、どうかこれぞと思えるお方に仕えて、その槍を存分に振るってくだされ。仕える主君を私のように間違えてはならぬと孫作から伝えてほしいと申しておりました。全く、自分で伝えればよいものを」
弾正は、遠くで指揮をする秀綱を見やった。秀綱は、ほぼ二の丸を制圧していた。湯沢城の負傷兵からは武器を取り上げた後、治療を施せと命じているように見えた。
「私は、勘兵衛殿を信じ切れておりませなんだ。この若武者は、ひ弱いところがある。主君の孫作は、最後の最後に自身を討てないのではないかと危惧しておりました。孫作もそういわれればなと、不安視されました。それゆえ、私はここに残ったのです」
弾正は感慨深げに慨嘆した。勘兵衛は黙っている。
「そのため、最期はいざとなれば私が介錯するつもりでした。しかし、勘兵衛殿は戦いの折に、孫作に一撃を入れられました。それに、介錯まで。それが、どれほど私を、そして殿を安堵させたか」
「安堵、でございますか」
「ええ、安堵です。もし、乱戦の最中で躊躇えば、別の武者によって討ち取られる惧れもございます。その折に、自身の首を望まぬ者に討たれるは無念でしょう。足軽風情などに討たれれば、自身の首の褒賞が、端女を買う金に代わるだけになってしまいます。ですから、孫作には、確実に勘兵衛殿に討たれるように私に補助しろと命じられました。だが、それは必要なかった。弾正、主君に代わって礼を述べます」
「我が殿より、奪う命に敬意を示せと言われており申す。私にできる最大限の敬意の示し方でございます」
「ええ、見事でございました。孫作は地獄で閻魔に自慢しましょう。当代一の剛の者であり、名将である鳥海勘兵衛に私は討たれたのであると。ですから、誓ってくだされ。立派な武士となられると。それが孫作の願いでもござる」
勘兵衛は力強く頷いた。弾正も満足げに笑った。
「されば、大きく名乗りを上げてくだされ。孫作を勘兵衛殿が討ち取ったと。それが、泉下に向かう我が主君に聞こえるように。さすれば、今の湯沢城に残っている兵士たちも戦意を納めるきっかけになりましょうほどに」
弾正の言葉に、勘兵衛も頷いた。
「湯沢城城主 小野寺孫作殿、この鳥海勘兵衛が討ち取ったり!」
勘兵衛の名乗りを受けて、綱元たちが叫んだ。
「孫作は死んだぞ!」
「城主は死んだ 戦は終わったぞ!」
「小野寺は死んだ! 抵抗はやめよ!」
湯沢城兵たちは、その言葉を聞いて、崩れ落ちる者がいた。泣き出す者がいた。なおも抵抗をする者もいた。抵抗する兵は、勘兵衛に向かってきた。その兵を制したのは、弾正であった。
「やめよ。殿は、これ以上の犠牲は望まぬ。悔しければ、殿のことを後世に伝えよ、彼の名将が、この地で奮戦したと。さすれば、殿は、小野寺孫作は永遠に生きることができるのだから」
弾正に武器を取り上げられた兵もむせび泣いた。
「そうだ。お主たちは生きよ! 殉死などする必要はない! それが、殿のお言葉だ」
弾正は湯沢城兵の生き残りに叫んだ。
「そうだ、殿の後を追うのは、私一人でいい」
その後の弾正の呟きを耳にする者はいなかった。
弾正は、その後、残った湯沢城兵60名を、城から落とした。秀綱たちは、本丸に最後に確認見分したいという弾正の願いを認めた。秀綱は、なかなか戻ってこない弾正を見に行かせた。そこでは、弾正が見事に腹を切った後、喉を突いて自害していた。
斯くして、湯沢城は落城し、最上領に組み込まれたのであった。
次回は論功行賞で、功一等の武勲と認められた勘兵衛は、孫作の甲冑や槍を賜ることを望みます。
一方、落城した湯沢城主 小野寺孫作の娘は、黒沢甚兵衛に迫られて拒絶。
その報復を受けてしまいます。




