孫作の願い
孫作の勘兵衛への思いを吐露しています。
湯沢城の最期の宴は、楽しく、そして静かに過ぎていきます。
「開門!鮭延典膳が家臣にて、先ほど孫作殿と槍を交えた鳥海勘兵衛でござる。主、秀綱からの差し入れにござる。お渡しいたしたい!」
勘兵衛が叫ぶと、奥から閂が開けられる音がした。ゆっくりと鈍い音を立てて、木戸門が開けられた。
「おお、先ほどの勇士じゃな。儂は、山中弾正と申す。さ、入られよ」
緋縅の具足に頭成兜の、武将と思しき武者が、勘兵衛と嘉蔵を城内に入れた。勘兵衛と嘉蔵は、頷いてゆっくりと城内に足を踏み入れた。
湯沢城内は活気があった。だが、それは負傷した兵の治療に慌ただしく人が動いていたからだと勘兵衛は気づいた。城内の兵は、既に150人ほどに減ってしまっているように見えた。
だが、不思議と悲壮感はなかった。むしろ、明日を最期と考えて、いかに立派に散るかを互いに競い合うかのようであった。
「皆、殿が見込んだ若武者が、酒を持ってきてくれたぞ」
弾正の声で、動ける兵士たちが、ワラワラと勘兵衛と嘉蔵の周りに集ってきた。
「おい、最上の謀略じゃないのか」
「きっと、毒が入っているに違いない」
「ああ、最上の者ならやりかねんな」
湯沢城兵は、口々に言いたいことを言っていた。
「ええい、この期に及んでそんな面倒なことをするものか。儂、自らが毒見をしてくれるわ」
弾正が樽を一つ開けた。柄杓を突っ込んで、一杯ぐいと飲み干した。ややあって、弾正が慌てる素振りで言った。
「うぐわあ、皆、これな正しく毒じゃ。毒に相違ない。みんな、飲んではならんぞ!」
湯沢城内に緊張感が走った。
「儂一人で飲むから」
その弾正を誰かの手が勢いよく叩いた。孫作だった。
「下らぬことをしないで、みなで分けよ」
「ああ、せっかく独り占めできると思ったのに」
弾正は恨めしそうに孫作を睨んだ。
「弾正、詫びに皆に一杯ずつ振舞ってまわれ」
「はいはい」
弾正は、部下に大八車を引かせて、本丸の中央に向かっていった。
「弾正は、ひょうきんな奴でな。だが、あの明るさで城の士気を維持してくれるのだ。絶望の戦いの中では、ふさぎ込んでしまってはほんとうにお仕舞だからな」
孫作は、優し気に弾正を見つめていた。
「腕は、大丈夫ですか」
勘兵衛は、孫作の負傷を気遣った。孫作は、驚いた顔をした。
「なんと、私の傷を気遣うとはな。むしろ討ち取る機会ととらえるべきものぞ、勘兵衛殿」
勘兵衛は頭を振った。
「そんなこと、私にはできません。いや、貴方は討ち取らねばならない相手ではありますが、その、なんというか、正々堂々というか……」
孫作は、勘兵衛の言葉を聞いて、高笑いをした。
「安堵せよ、右腕を負傷していても、貴殿らなど討てる。勘違い致すな」
そう言って、孫作は右腕を見つめた。
「だが、明日の戦は戦として、一杯に飲んでいかれよ。升を用意させるほどに」
孫作は、両の手を叩いた。鈍い音であった。勢いがないのであろう。
音に気付いた弾正が、升を3つ持って、孫作の許にやってきた。孫作が、1つを取った。残り2つを、勘兵衛と嘉蔵が一つずつ取った。そして、三人が同時に飲み干した。
「孫作様、娘御は無事に横手に入りましたぞ」
「左様か。お主がついてくれていたのだな。感謝する」
孫作は嘉蔵に頭を下げた。
「娘様は、すぐさま屋敷を片付けて、奉公人には家財一式を分けて、里に帰したようです」
「ふふふ。奴らしいわ。小野寺家を去るつもりだろうな」
孫作は、升の残りの数滴を口に運んだ。
「女一人で、いかに生きるつもりでありましょうか」
「心配はしておらん。お主がきっと助けてくれるであろうからな」
孫作は、勘兵衛をじっと見つめた。
「孫作様。その件で、勘兵衛様は味方からからかわれておるのです。嫁取りが決まったなと」
「嘉蔵、余計なことを」
勘兵衛は、嘉蔵をキッと睨みつけた。孫作は笑っている。
「勘兵衛殿、できればよいのだ。そこまで負担に考える必要はない」
「いえ、迎えるならば、それにふさわしい武士にならないといけないと思うております。私は、まだまだだと」
「なんだ、体のいい断りの文句か」
「いえ、決してそのような」
孫作も勘兵衛をからかっている。長閑な雰囲気が、三人の周りに漂っていた。頃合いをみて、弾正が、もう1杯ずつ運んできた。
「あーあ、このまま、この時が永遠に続けばいいのにな」
嘉蔵が呟いた。それは、孫作も勘兵衛も同じ気持ちであった。
「そうだな。だが、悲しいが、これは戦だ。我らは、明日殺しあわねばならぬ。これは、私たちの間の別れの盃だな」
孫作はしんみりと話し、升を見つめた。勘兵衛も嘉蔵も、押し黙った。今度は、長い沈黙が続いた。
「さ、そろそろお主たちは帰れ。明日は、戦場で見えようぞ。弾正、お二人を送れ」
「はっ」
弾正が、すぐにやってきた。そして、何か言いたげな勘兵衛と嘉蔵を促した。
孫作は、二人の姿が木戸の外に出るまで見送っていた。
◇◇◇
「似ておりますな。雰囲気が、千寿丸様に。長じたらあの若武者のようになったやも知れませんな」
弾正の言葉に孫作は笑って頷いた。
「あの生真面目さが、特にな。曲がったことはしてはなりませぬ。なんて、私を叱っていたくらいだ。何のことはない。御託を並べても、私はあの子にあの世で怒られたくないから、最上に下らないだけなのかも知れんな」
孫作は、呵々大笑した。弾正もつられて笑った。
「そうですな。しかし、そんな殿だからこそ、我らはついてきたのです。言葉に嘘がない方は、小野寺家中では孫作様の他にもおりませなんだ」
「買いかぶるな。私は武でしか語れない男だ。嘘を言うても仕方がない」
「いいえ、知勇兼備の名将になることを拒否した稀有なお方でしょう」
孫作と弾正は、互いを見つめて笑いあった。
「最後で、なんとのう願いは叶ったようでございますな」
弾正はしみじみと言った。孫作も、ゆっくりと、かみしめるように頷いた。
「息子で酒を酌み交わす、か。本当の息子ではないが、まるで我が子のように、私を慕ってくれるのが面はゆいがな」
「全く、本当の孫作様を知らないから、慕っておられるのでしょうな」
孫作は、弾正の頭を小突いた。
「痛い」
弾正は小さい悲鳴を上げた。
「さて、今日はもう休むか。明日は、わが生き様をしっかと見せねばならぬからな」
「我らもお供を致しますゆえ」
孫作は、弾正を見据えた。
「ついてくるなと申しても、ついてくるのであろう」
「はい。他のお方に頭を叩かれるのもしっくりきませんゆえ」
弾正は笑って、酒樽の方に歩いていった。
将兵たちも、各々酒をたしなみ、最期の宴を楽しんでいる。その様を見ながら、孫作は本丸の奥に引き上げていった。
次回は、湯沢城落城に向けての最期の戦いになります。
ご期待ください、




