孫作からの引き出物
湯沢城の戦い、終盤。
湯沢城の城主となった孫作からは、八柏道為の記した軍略書を渡されます。
そして、湯沢城兵は、純粋に孫作のために戦いに身を投じていきます。
決死の湯沢城兵は、秀綱の軍を圧倒します。押された秀綱は、自身が孫作と戦おうとしたとき、勘兵衛が孫作との戦いを決意し、槍を交えます。
日が昇ってきた。周囲には明るさが満ちた。
湯沢城本丸は、櫓のほかに延焼はなかったようだ。
秀綱は、静かな湯沢城本丸に警戒をしていた。三の丸の虎口は、秀綱の管理下にある。周囲の櫓も抑えている。ただ、、三の丸は、二の丸からの攻撃には、当然防御力は有していない。占領されたら、二の丸から三の丸を攻撃することを想定して作っているからだ。
二の丸の木戸門が、静かに開けられたのは、巳の刻(午前10時)であった。
中からは、足軽200名ほどと、甲冑を着けた武者が10名 すべて徒歩で出て、三重の列を作った。
秀綱は、弓鉄砲を構えるように命じた。だが、それだけで、湯沢城兵に動きはなかった。
「連中、何を考えてるんでしょう」
白石綱元が訝しむ声を出した。秀綱も、その意図が分からず、首を捻るだけであった。
「最上軍副将 鮭延典膳殿に申し上げる!」
昨日と同じ真紅の甲冑を纏った孫作が、木戸門の中から出てきた。手には、違い鎌十文字槍を携えている。
「此度、湯沢城城主に就任した小野寺孫作である。就任の挨拶に参上した次第だ」
孫作は、大声で秀綱たちに伝えてきた。
「確か、城主の孫七郎は大病だと噂があったな」
「まさか、死んだのか」
「昨日の出火も何か関係が」
秀綱軍の将兵が、噂をしあった。
「静まれ! 新城主殿の口上を聞こうではないか」
秀綱の一括で、皆黙った。
「はっはっは。秀綱殿、感謝する。左様、今日未明、先の城主 小野寺孫七郎は亡くなった。そして、私が城主になった」
秀綱は、はっとした。ということは、早朝の火は、荼毘に付した火だと理解した。
「左様でござったか。では、新城主就任に何を送ればようござろうか」
秀綱の言葉を孫作は笑って受けた。
「おう、お心遣い感謝いたす。されど、ここまで来てくれただけで十分にござる。むしろ、我らから引き出物をお渡し致そう。誰ぞ我がもとに取りに参るがよい」
孫作の申し出に、秀綱軍は困惑した。多勢で向かうわけにもいかず。かといって、相手の意図がわからぬと言えど、城主の身分に対して軽輩を送るわけにもいかない。秀綱も孫作の意図が図れず、指名できないでいた。
「殿、某が孫作殿の許に参りましょうぞ」
勘兵衛が名乗り出た。
「危険ぞ」
「いえ、あの方は騙し討ちなどは致しますまい。もし、そうされれば、我らが見誤っただけのこと」
勘兵衛は、孫作と言う人物を信頼しているようだ。秀綱も同感であった。
「よし、孫作への伝言を伝える。新城主就任を寿ぐ。先の者たちは、横手に無事についた、とな」
「はっ!」
勘兵衛は、槍と刀をおいて、孫作の許に向かった。孫作は微動だにしない。勘兵衛はの甲冑がこすれ合うガチャガチャというビビり音だけが、両軍の間に響いた。
勘兵衛は、孫作の許に着くと、片膝を突いて一礼をした。
「我が主 秀綱よりの言葉でござる。孫作様の新城主就任を寿ぎ申す。なお、横手に向かった者たちは無事に着いたとの由にございます」
勘兵衛の言葉を聞いた湯沢城兵たちは、皆歓声を上げた。孫作も満足そうに頷いた。
「挨拶痛み入る。されば、我らから引き出物を渡したい。受け取ってくだされ」
孫作は、風呂敷包みの一式を勘兵衛に渡した。勘兵衛は、丁重に受け取った。
「我が兄、孫七郎も加筆している八柏道為の記した軍略書7巻だ。城に置いておいても灰になるだけ。ならば、誰かに役立ててもらいたいゆえ、貴殿に託す」
孫作は、勘兵衛に語り掛けた。勘兵衛も、しっかと書物を抱いた。
「我らが軍師 志村光安殿に届けたいと存じます」
「それがよかろう。あの者なれば、役立ててくれよう。感謝する」
「では、これにて」
引き返そうとする勘兵衛を孫作は止めた。
「お主は、500名が落ちた際に、北の陣にいて、監視しておったな」
「左様でございますが」
「あの中には、我が娘がおってな。もし、横手を追われてしまったならば、お主が助けてやってくれまいか。もちろんできればでよいのだが」
「それは、いかなる意味でございますか」
「あれは、親の私が言うのも何だが、できた娘でな。500の兵を死なせないために、娘の護衛をしてくれと命じて退去させたのだ。だが、私がいなくなれば、誰かに害されるやも知れぬ。助けてやってほしい」
勘兵衛は考えていた。長考していた。孫作も、真剣に勘兵衛を見つめていた。
「孫作様の娘御ともなれば、素晴らしきお方だと思いまする。乱世ゆえ約束はできませぬが、叶うならばお助けいたしましょう」
孫作は、晴れやかな顔をした。
「左様か。されば、お主にも引き出物を渡さねばなるまい。こんな城ゆえ、さしたるものはないが、この槍をお主にお渡ししよう」
「真でございますか」
勘兵衛は眼を見開いて驚いた。孫作は頷いて、肯定した。
「されど、この使い方をお主は知るまい。この後の戦いで、学ぶがよい」
孫作の言葉に、勘兵衛は今度は俯いた。
「やはり、戦わねばならないのでございますな」
「左様。新しき時代を迎えるにあたっては、最上に鞍替えするも一つの手であることはわかっておる、されど、どうにも座り心地が悪そうでな」
孫作はここまで言って、勘兵衛に背を向けて、引き返した。
勘兵衛も、その背に一礼して、秀綱の許に戻った。
勘兵衛の話を聞いた秀綱は喜んだ。
「勘兵衛、嫁取りが決まったな」
「殿、そのようなことでは……」
「いや、奴らしい。嘉蔵に命じて、その娘のことを守らせよう。彼の名将の血筋を絶やしてはならん」
秀綱は、真剣であった。
「孫作は、真摯なお主を婿に欲しがったのじゃ。名誉じゃぞ。儂も、似合いだと思うておる。儂が、是が非でも領内に連れてきてやるわ」
秀綱が熱く語っている横から式部が入ってきた。
「その前に、敵兵との戦いがあることをお忘れなく」
「わかっておるわ、式部。孫作の思いを受けるべく、こちらも全力で相手を致そう」
秀綱は、書物を兵に託して、光安の陣に届けさせた。そして、使いの兵が大手門を通ったのを見て、太鼓を一つ打たせた。合戦準備完了の合図であった。
湯沢城側も、太鼓をドーンと長く打った。そして、互いの開戦への意思を交わしあった。しばしの静寂が、両軍の中に訪れた。緊張感が高まってきた。
先の静寂を破ったのは、湯沢城側であった。列に並んだ将兵が、一歩一歩近づいてきた。
太鼓の音は短い連打であった。やがて、その打撃音が強くなり、湯沢城兵が駆けてきた。秀綱側も、兵を繰り出して応戦した。前線では互いに斬り結び、槍でせめぎ合う白兵戦にいきなり突入した。
秀綱の軍から何名かが、湯沢城側の列を突破した。列から距離を取る孫作に攻めかかった。
だが、皆が知ることになった。孫作が兵から距離を取ったのは、思う存分槍を振るうためであることを。
最初に孫作に斬りかかった兵は、瞬時に喉を突かれた。次にかかった兵は、足元を柄で掬われ、転ばされた。その隙に三番手の兵の喉を掻き切り、倒れた兵の顔面を石突きで破壊した。
複数に囲まれると、槍を振り回して間合いを遠ざけた。一足一刀のあるいは一槍の間合いを超えた相手を、近い方から順に相手にした。槍で突き、槍で斬り、槍で潰す。
真紅の甲冑は、血塗れになることを前提としてものであった。そして、憤怒の面頬は、修羅の地に立つ不動明王に見えた。少数の列を突破した兵たちは、その先に立つ孫作に恐れをなして斬りかかれずにいた。足を止めた兵は、背後からの城兵の攻撃を受ける。城兵と戦っている秀綱の兵たちは、今度は孫作の餌食となった。
「何でこんな猛将が、名前を知られていなかったんだ!?」
秀綱たちの将兵が当惑の声を上げた。
「当たり前だ。孫作様は、他人や部下に手柄を上げさせて、自身の功績には興味がなかった。だから、他国ではいや、自国でも知られていないんだよ」
「孫作様の本気の戦いを見られるなんて、眼福じゃあ!」
こう叫ぶ敵兵を秀綱や勘兵衛たちは、突き崩した。
「尾坂刑部 先に参ります!」
「和田幸兵衛 おさらばです!」
討たれた兵たちは、前日のように名前を叫んで倒れて行った。その度に、孫作の戦意は高まって、秀綱勢を討つい、いや刈っていく。
――あいつは、化け物か――
秀綱率いる最上兵の犠牲は増えていくばかりであった。
秀綱は自身が孫作を止めねばならぬかと突出しようとした。しかし、それよりも前に孫作の前に立った者がいた。勘兵衛であった。
「鳥海勘兵衛、参ります」
「来たか、勘兵衛殿。さて、我が首、我が槍を取れるかな」
勘兵衛も、孫作も槍を構えた。
秀綱は、列を突破した兵に命じて、二人の周りに邪魔が入らないように散り囲ませた。
次回も湯沢城の戦いが続きます。
お楽しみください!




