兄 孫七郎との別れ
湯沢城の小野寺兄弟 最期の時を描いています。
秀綱たちは、湯沢城の大手門をくぐった。そこには、何体もの焼け焦げた死骸が積み上げられていた。火薬を引火させることで、爆発を発声させた。その衝撃と火炎を受けた先鋒の将兵はたまらなかっただろう。
秀綱は、死骸を運び出し、近くの寺で荼毘にふせるようにした。式部に金子を持たせて、頼みに行かせた。弔いを出す際には、敵味方を問わないようにさせた。これは、敵味方を問わず、死ねば皆仏という考えもあるが、疫病の発生を避ける実利的な面もある。
三の丸占拠の手立てを進め、部下に指令を出し続けた。おおよその準備が整った折、秀綱はふと、湯沢城本丸を見上げた。
◇◇◇
「兄者、秀綱たちは策で討ち取ってはいかぬ者どもだ」
孫作は、布団で背を向けている孫七郎に話しかけた。だが、返事はなかった。
「だが兄者の策で、裏切った連中を滅せることができた。むしろ、よかったと思っておる」
孫作は、変わらずに孫七郎に話しかけている。孫七郎は引き続き無言であった。
「明日からは、私が兵を率いて、戦いまする。兄者は、早く城を落ちてくださりませ。秀綱は、病の重い兄者を討とうとは致しませぬゆえ」
「私が。そんなことを望んでいると思うているのか」
荒い息で、孫七郎が応えた。
「兄者はいざ知らず、義姉様と姪の里には、最期に兄者と静かに別れの時を過ごしていただきたく」
「無用なのだよ、その気遣いは。もう、無用なのだ」
孫作は。その言葉で全てを察した。孫七郎の妻子は既に自害したのであった。
「されば、兄者。以後の戦いは、私にお任せあれ。策によって防げる段階は過ぎており申すゆえ」
「何を勝手な。私は、湯沢城の城主ぞ。我が首をもっていけば、最上軍も許してくれよう」
「何を兄者は勝手に。私が、そのようなことをしてでも、生き延びたいと思うてか」
「お主にそのつもりはなくても、お主の娘の花輪はどうなる。幼くして母を失い、父をあそこまで慕う娘になったのに。私など、どれほど娘に冷たくされたか。お主に私の気持ちはわかるまい」
「わかりませんな。花輪はできた娘でありますから。冷たくされたことなどありませなんだ。羨ましいでしょうな。これだけは兄者に自慢できる」
「全く、お主は」
孫七郎と孫作は、互いに笑った。おそらく最期の兄弟喧嘩になるであろう。
「最上は、花輪を落としてくれたか」
孫七郎は、弱弱しい声で尋ねた。孫作は頷いた。
「男装させたゆえ、多少は誤魔化しもきくでありましょう。ただ、あれだけの娘。あの美貌を持っている故、見破られましょう。されど、無事に通してくれ申した。大丈夫でしょう」
「自分の娘に美貌と言うか、親ばかだな。しかし、途中で危難に遭うのではないか」
「いや、最上はこの兵が、背後に回って伏兵に化けることを懼れまする。そのため、間者が監視をするでありましょう。併せて、小野寺の援軍が来るか否かも探るはず。ならば、横手までは監視がつく。それゆえ安全だと言えましょうな」
「なぜ言い切れる。途中で危難に遭わない保証はあるまい」
「間者の一人に見覚えがありまする。あれは、横手の遊郭に出入りする奴でございました。奴は、店で不要になった子供たちを秀綱の領地に連れていく者。秀綱は、そこの寺で育んでいるようでしてな」
「何じゃ、お主と同じようなことをしておるんだな」
孫七郎は、軽く笑った。既に、笑い声を高らかにする体力もないのであろう。
「戦で没落した兵士の子弟。戦で逃散してきた農民の子供たち。ほうっておくわけにはいかなんだ。秀綱も同じ穴の貉だというだけの話でございます」
「露悪的に言うな。恥じることでもあるまい。だからこそ、この落ちる運命の湯沢城に残ってくれたのだ。お主のために。いや、違ったな。お主と死ぬためにな。そして、落ちた兵たちは、娘の最高の護衛になるわけだな」
「ああ、むしろ小野寺からの護衛者でありますがな」
「違いない」
湯沢城には、八柏家譜代の将兵だけでなく、孫作が保護して面倒を見た兵士も多数残っていた。その中でも、残る兵には家族のない者だけを選抜した。残りの兵は、犠牲を少なくするために、娘を守り抜いてほしいという命を授けて、500名の兵を孫作は落ち延びさせたのである。
孫七郎 孫作兄弟の伯父 八柏道為は、最上に内通したという疑惑で誅殺されてしまった。その身内である花輪が、小野寺義道から迫害される恐れは十分にあった。その迫害から守ってくれる存在として、500の兵は十分に力を持っている。
「しかし、兄者、不思議じゃのう。我ら、誰と戦っておるのかのう」
「ふふふ、小野寺の家の報復に備えて、最上と戦う。私もよくわからん」
「賢い兄者にもわからぬなら、私にわからぬのも道理ですな」
二人は、悲しい笑いを交わした。
「ただひとつ言えるのは、明日からはお主 小野寺孫作の戦になる。私の軛は解ける。戦うも、降るもお主の胸一つ。いかようにしようとも、誰も責めはすまい。ただ、叶うならば……」
孫七郎は、孫作の槍を見やった。
「その槍を振るう姿を、冥土からも引き続き眺めていたいものだ」
「兄者、その願い、半分は叶えられるやも知れんぞ」
孫七郎は、何を意味するか興味深々の目で孫作の言葉を待った。
「私は、八柏の命で死んだ者たちに胸を張って会いたいゆえ、最上には降らん。されど、この槍を託すに足る者は、秀綱の許におった。明日は、一丁もんでやろう。この槍に使い方を教えてやらねばならん」
「それほどの武者だったのかね」
「ああ。はっきり言って、腕はまだまだだ。だが、心根がよい。真っすぐな若武者だ。花輪もあんな武者の嫁になってくれればな、と私は思った」
「娘バカのお主は言うとは、なかなかだな。だが、花輪は横手に逃がしてしまったではないか」
「ああ、そこが惜しかった。秀綱の陣に逃がしてやればよかったと後悔しておる」
孫作は、高笑いした。
「お主は大事な槍を託す相手が見つかってよかったな。私は、この書を誰かに託せようか。伯父上が記し、私も加筆した軍略書。小野寺には誰も受け継がせたくはない。活用できるとは思えんしな」
「兄者、それも、最上に託そう。志村光安がふさわしい。軽薄な物言いが難だが、最上きっての知恵者だ。その書の価値もわかるだろう。きっと、もらったら泣いて喜ぶに違いない」
「ははは、ならば託し甲斐もあろう。任せるぞ」
「ははっ。任されましたぞ」
孫七郎は、深く息をついた。孫作は、静かに見つめていた。
「私は、幼い時よりお主が羨ましかった。体の弱い私よりも、武勇に優れたお前が家督を継ぐべきと思っていた」」
「私は、兄者が羨ましかった。どんなに学んでも、兄者の知恵には勝てなかった。兄者こそ、家督にふさわしいと思うておった」
孫七郎と孫作は、夜通し語り合った。幼い時の思い出がほとんどだった。明け方、孫七郎が静かになった。孫作は、それを認めないように、語り続けた。ずっと、語り続けた。延々と語り続けた。
やがて、孫作も認めざるをえなかった。孫七郎は、静かに逝った。孫作は、孫七郎の病床に積まれていた軍略書を束ねた。風呂敷に包んだ。全7巻あった。抱えやすい量だなと思った。
「櫓、焼け」
孫作は、兵に命じた。孫作は、目に涙が滲んでいるのを自覚していた。それで、皆も察したのであろう。何も言わずに、櫓に火をつけてくれた。
◇◇◇
「湯沢城の櫓が燃えています」
物見の報告で、軍議中の秀綱たちに知らせた。
秀綱たちは、湯沢城本丸を見上げた。櫓はしばらくして、焼け落ちた。
「これは、計画的に焼いたようですね」
光安は呟いた。内乱であれば、火は広がっていく。しかし、櫓だけ焼失し。他には広がっていない。
「何が起こったかわからんが、今の湯沢城に反旗を翻す者はいない。今日の戦に備えよう」
秀綱は、そういって、前線の自軍に戻っていった。
――今日の戦は、一段と激しいものになりそうだ――
根拠はなかった。だが、激戦になりそうな予感がしていた。
小野寺孫七郎が亡くなり、小野寺孫作の最後の戦いに舞台が移ります。
次回以降、激戦必至です。
ご期待ください。




