孫作と秀綱の激突
湯沢城の戦いは、緒戦が開戦しました。
誘い込まれた最上軍先鋒が、大打撃を受けた後、孫作も出撃
勘兵衛のところに向かってきます。
そして、秀綱と孫作の激突も勝負がつかず、この日は引き分けます。
秀綱は、ゆっくりと向かってくる孫作を認めた。勘兵衛は、槍の穂先を孫作に向けている。しかし、穂先は震えが見られる。勘兵衛自身にも、体に要らぬ力が入っているのがわかった。
――いかんな、このままでは、孫作には全く歯が立つまい――
秀綱は、槍を手にして勘兵衛と孫作の許に走った。
◇◇◇
勘兵衛は、荒い息をしていた。孫作の真紅の甲冑が、大きく迫ってきた。
「せええい!」
勘兵衛は、急ぎ槍を繰り出した。孫作は、勘兵衛の突きを難なくいなした。その衝撃が激しく、勘兵衛の槍は弾かれ、勘兵衛は地に倒れ伏した。
「やられる!」
勘兵衛は、孫作からの攻撃を覚悟した。だが、孫作は立ったままで、動かなかった。
「そんなに力んでいては、簡単に討たれてしまうぞ。若武者殿よ」
勘兵衛を見下ろす孫作の声は、思いのほか優しかった。
「勘兵衛、無事か」
秀綱が駆けつけてきた。勘兵衛は頷いた。
「秀綱殿か、よい家臣をお持ちだ」
孫作は、秀綱にも同様の、優しく親しみの籠った声で話しかけた。戦場には似つかわしくない声であった、
「当り前よ、これは、わが自慢の家臣だ」
秀綱は、力強く言った。
「だろうな。まっすぐな良い若武者だ」
孫作は、変わらぬ声で応えた。
「だが、腕はまだまだのようだな」
「仕方あるまい、経験が少ないのだからな」
孫作と秀綱は、槍を向けあい、間合いを取りながら会話を続けている。
「ならば、我らが手本を見せてやろう」
「将を討ち取る作法まで含めてな」
「ぬかせ!」
孫作の鋭い突きを、秀綱は左に身を翻して躱した。
秀綱は、体制を立て直して、すぐに右片手で槍の絵を掴んで、孫作の顔めがけて突きを出す。
孫作は、秀綱の槍を下からはじき上げた。秀綱の槍が弾んだ。
孫作は、石突で秀綱の胴を狙う。秀綱は、身を翻して一撃を躱した。
ここまでして、互いに間合いを離して、にらみあいになった、
激しい攻防が瞬時のうちに行われた。それなのに、秀綱も孫作も息が乱れていない。
勘兵衛は、猛将ともいえる二人の攻防に目を奪われた。
「勘兵衛、後ろだ」
秀綱は叫んだ。勘兵衛が振り返ると、槍を持って突進してきた敵兵がいた。勘兵衛は、咄嗟に左に躱した。敵兵は、急な動きに合わせられず、倒れ伏した。
勘兵衛は、止めを刺そうとしたが、その一撃を走ってきた孫作に脇から槍を入れられ止められた。
「すまぬな。無粋な真似だが、こやつも私の大事な兵なのでな。討たせるわけにはいかんのだよ」
孫作は、すまなそうに言った。憤怒の面頬越しの目は、微笑んでいた。
「さて、秀綱殿よ。かつての若き折の訓練の日々を思い出せた。懐かしい。楽しい日々であったな」
孫作は、兵に引き上げるよう目で促し、秀綱に語り掛ける。その目は、遠い目をしていた。
「全くだ。叶うならば、この日々をまた送れるようになれれば文句はないのだが……。それは無理なのであろう」
秀綱の問いかけに孫作は頷いた。
「あの、」
勘兵衛は、孫作に声をかけた。孫作は振り向いた。その目は、決してこちらに憎しみや殺意を向ける敵将のそれではなかった。何事か、との問いの目を勘兵衛に向けていた。
「この轟音の策があるならば、なにゆえ、我らをここに誘い込まなかったでしょうか。先陣に入るなと、某に伝えてくれたことで、我らは先陣に入らなかったわけですが」
勘兵衛の質問を、秀綱は目で制した。それは、最上軍の作戦上の機密にも通じるものであった。だが、孫作は笑っていた。
「好ましいまでに真っすぐよな。よし、お主に免じて話してやろう。お主に先陣忌避を進めた理由は、秀綱たちをこんな策で討ちたくはなかったことと、裏切り者に鉄槌を下してやりたいという思いが強かったこと。この2点だな」
孫作は、指で2の字を示した。
「それで、念願は果たしたのですか」
勘兵衛は、孫作に話しかけた。孫作の敵将らしからぬ雰囲気に、緊張が解けているのに勘兵衛は気づいた。
「さて、な。この策は、わが兄の孫七郎の策であるゆえな。私は、正直、この策は取りたくはなかったのだが、八柏の恩を受けながら、それを踏みにじった裏切り者を許せぬ気持ちはわかるから、止めはせなんだわ」
「しかし、この策はド派手だな。城の火薬をすべて使ってしまったのではないか」
秀綱は孫作に問いかけた。孫作は、苦笑して頷いた。
「その通りよ。だが、我らにはこれだけの火薬は無用であるからな。どうで、数日の命である我らには、な」
孫作は、ここまで話して城兵に引き上げの合図をした。城兵は急ぎ城に引き返した。
「我らは、三の丸を放棄する。中には、裏切り者たちの死骸が溢れておるゆえ、埋葬など頼む、できれば、我らの兵の死骸も併せて弔いを願いたい」
「心配無用だ。我らに任せよ」
秀綱は、請け負った。孫作は、感謝して引き上げていった。退却の間際、孫作は振り返った。
「今日の戦は、裏切り者を滅するが目的の戦いであった。されど、明日からは違う。今後は、最上軍と我らに死闘になろう。心せよ。今日の我らの戦いを覚えておけよ。若武者殿」
――遊びは終わりだということか――
勘兵衛は、最後に自分たちに向けられた殺意が、本格的な戦いの幕開けになるのだと理解した。
「孫作は、今日の火計に納得していなかったのだろう。明日からは、孫作の戦いになるぞ」
秀綱の言葉を勘兵衛は頷いて聞いた。
◇◇◇
孫作は、本丸に引き上げてきた。孫七郎は、布団から身を起こして、孫作を迎えた。
「寝ていろ、兄者」
孫作は、孫七郎を気遣った。
「そうはいかん。お主をわが策に不承不承従わせたのだ。寝て迎えるなどできん」
孫七郎は、蒼い顔に精いっぱいの笑みを浮かべて、迎えた。
「兄者の策は、見事にはまったぞ」
孫作は、元気づけるように強い口調で言った。孫七郎は、首を横に振った。
「本当は、最上家の重臣を屠るつもりであったのだがな。要らぬ世話を焼いた奴がいたらしいな」
孫七郎は、恨めしい顔で孫作を見た。
「なんだ、兄者はやっぱりお見通しか。わっはははは」
孫作は、高らかに笑った、孫七郎は、ため息をついて、布団に横になった。
湯沢城本丸は、二人だけしかいなかった。
孫七郎は、肺病にかかっている。
二人は、静かな時を過ごしていた。
次回は、湯沢城の兄弟の最期の時を描いていきます。




