虎口の罠
湯沢城の戦いが始まりました。
開戦と同時に、先鋒は湯沢城の虎口で壊滅し、二陣の秀綱と孫作の戦いになります。
そして、勘兵衛も孫作と槍を交える……前まで! です。今回は。
早暁、一番太鼓が鳴った。食事の開始の合図である。
日が上がり始め、周囲の闇を光が侵食し始める。二番太鼓が鳴った。甲冑を着始めて、武具も手にした。
周囲の者の顔が認識し始める。三番太鼓が鳴った。先鋒の西馬音内衆が、湯沢城大手門正面に集まった。
静寂が湯沢城周辺を支配した。しかし、その静寂は、すぐに破られる刹那の静寂だった。
秀綱は、先鋒の後ろの二陣に控えていた。数を恃む先鋒は、功を立てようと躍起になっている。前のめりの姿勢で、攻撃返しの合図を待っている。
――危ういな――
秀綱は、いざの時に備えて、周囲の手勢に知らせた。
「いいか、開戦しても突っ込むな。先鋒が崩れた際に、すぐさま打って出られるようにその時を待て」
秀綱の支持に、勘兵衛、綱元、式部は頷いた。
辰の刻(午前7時)、太鼓が乱打された。総攻撃開始の合図である。西馬音内衆ら、最上に降伏した将兵を編成した先鋒700名が、湯沢城大手門に向けて吶喊した。城壁から、弓と鉄砲が乱れ撃たれた。十数名が倒れたが、その被害をものともしない多勢が、怯まずに門に殺到した。
先鋒を束ねるのは、西馬音内衆の野々垣玄蕃であった。漆黒に青糸縅の甲冑、兜は鯰尾の兜、身の丈六尺(約180センチ)の長身で十文字槍を指揮に使って、兵士を突進させるべく大声を上げていた。
城壁からのまばらな銃撃、射撃を受けながらも、先鋒は難なく城門にたどり着き、破城槌を振るって門を破壊にかかった。城側からの出撃はなく、駆け付けた兵士たちへのまばらな遠隔攻撃のみで、攻城側の末尾の兵に、わずかな損害を与えるばかりであった。
「わっはははは! わずかな守備兵では満足にも戦えぬと見える。かかれ、我らが一番乗りの武功ぞ!」
玄蕃は、叫びながら味方を鼓舞していた。
ドガッ!という鈍く大きな音が響いた。城門の閂をへし折ったようであった。
ギギギギギーッという不快な音を上がった。先鋒衆が、大手門をこじ開けた。
「かかれ!城を占拠せよ。小野寺の連中を皆殺しに致せ!」
玄蕃の声に、先鋒の兵たちは士気高く、城門に内に入っていった。200から300の兵が城内に侵入した、その直後であった。
ドオオオオオン!という轟音があたりを揺るがした。巨大な火柱と黒煙が上がった。
秀綱は、焦げ臭さに眉をしかめた。肉や髪の焼ける臭いであった。城の図面であれば、大手門の先は三の丸の虎口である。その虎口の中で、惨劇が起きたのは疑いようもなかった。
「火薬を爆発させたのでしょうな。中に敵を誘導して」
式部が呟いた。秀綱も黙って頷いた。
「絶対に先鋒に加わるなというのは、この策があったからか」
勘兵衛も呟いた。顔には、驚愕の色が出ていた。
「お主が孫作から聞いてくれたおかげで、我らはあの惨事を免れることができた、だが、安堵致すな。これから、本当の戦が始まるぞ」
城門内に入った兵の生き残りであろう。髪や服が燃えている兵が、門外に出てきては火を消そうとして地面にもんどりうっている。味方の兵も叩いて消そうとするが、なかなか消えなかった。同様の兵士も中に多数いるだろう。悲鳴とうめき声が、離れている秀綱たちにも聞こえてきた。
「阿鼻叫喚の地獄とは、まさにこのこと」
綱元も顔を青くして、先鋒を襲った惨劇を見ていた。
城側から、太鼓が乱れ撃たれた。
城門の近くにいた兵たちが下がった。逃げだした。味方の火を消すなど留まっていた兵が、打って出た湯沢城兵に続々と討たれた。逃げだした兵も、足早の兵に追い縋れて、討たれた。
「打って出よ!」
城内から、閻魔の如き咆哮が聞こえた。その声に、秀綱も、勘兵衛も聞き覚えがあった。
――来たか、小野寺孫作――
「我らも出るぞ!鬨の声を上げよ!!」
応!応!という鬨を兵士が上げた。
――士気は低くない――
秀綱は胸を撫でおろした。
「いいか!敵は見ての通り、尋常じゃねえ! 一人相手に二、三人でかかっても恥じゃねえ。とにかく功に逸るな。焦るな。よいか!」
応! 秀綱軍全兵士が、応じた。
「かかれ!」
秀綱の号令に、鎖に繋がれていた猛獣が、解き放たれた如く、疾駆した。
城側からも続々と兵が打って出た。白兵戦が、各所で展開された。一進一退の攻防であった。
――城側の突撃をまずは食いとめることができたか――
秀綱は、軍の崩壊を抑えることができて、まずは安堵した。
――だが、このままじゃ済まねえだろうな――
秀綱は、城門を見やっていた。このまま、兵だけが打って出て終わりのはずがない。この戦場に誇り高き孫作が、やってこないわけがない。秀綱も、勘兵衛も、それを確信していた。
「皆の者、先に逝っても待っておれよ!待ち合わせ場所は、六道の辻ぞ!」
大音声が聞こえた。城内から、馬に乗った武者が出てきた。深紅の甲冑に、倶利伽羅剣の前立ての兜、違鎌十文字の槍に、憤怒の面頬を装着していた。
地獄の辻に現れた不動明王の如き姿であった。
「ようこそ、最上の兵よ。湯沢城副将 小野寺孫作推参せり!」
叫ぶや、孫作は馬を走らせ、突進してきた。それを見て、湯沢城兵も孫作の周囲に集まってきた。
「死ねや!死ねや!者ども! 殿を守って死ねば、それは敵将を討ったに等しき武功ぞ!」
「殿の武の舞を身近で見るべし!敵に邪魔させるを許すな!」
湯沢城兵は、口々に叫んで、孫作のもとに集った。一丸になって、秀綱たちの軍に突進してきた。
「外内喜内!お先に!」
「米野清六さらばじゃ!」
討ち取られた兵の多くが、最期に名乗りを上げた。孫作への挨拶であった。孫作は、一人一人の声に頷いていた。
その一方で、孫作は槍を振るって、戦った。向かってくる将兵を全て、槍の餌食にしていった。勘兵衛が驚いたのは、その槍さばきであった。孫作は、決して槍を突くだけの武器にしていない。相手の顔面に穂先を突き出し、躱されたとみるや、すさまじい速さで引きよせた。その際に、鎌の刃で首の動脈や静脈を斬る。
倒れた兵は、首から夥しく出血する。
――血の霧を湧かすというのも、あながち嘘ではなかったのだな――
勘兵衛は、震える手で槍を持っていた。武者振るいであった。体に力が溢れた。
孫作が、秀綱の本陣に迫った。敵兵も、100ほどいた兵が、60程度まで減っていた。だが、突進の勢いは止まらない。孫作が、秀綱の本陣に迫った。秀綱は落ち着いている。鷹揚に槍を手にして、振り回している。
――殿の落ち着きようといったら何だ!それに引き換え、俺は!――
勘兵衛は、自分でも要らぬ力が入っているのがわかった。雑兵程度はこれで討てても、孫作と対峙するなど程遠い状況であった。
孫作が、勘兵衛に視線を向けた。馬を返して、孫作は勘兵衛に向かってきた。
勘兵衛も槍を構えて応戦の格好を見せた。
一昨日の晩にやってきた涼やかで高潔な武将が、眼前の不動明王の如き烈将であるとは、勘兵衛は信じられなかった。
そして、次回は、孫作と勘兵衛の戦いが始まります。
今のままでは、勘兵衛が討たれるは必定
秀綱はどう動くのか
次回もお楽しみください




