死兵の恐怖
死兵の怖さを勘兵衛は、志村光安から学んでいきます。
死兵との戦は、凄惨なものになると勘兵衛は理解します。
勘兵衛は、この学びで、将としての成長を遂げました。
秀綱は、勘兵衛の表情を見つめていた。光安の言葉を、自分なりに懸命に咀嚼しているように感じた。
――この者の優れた点は、この学ぼうという姿勢だな。経験が少ないがゆえに、理解できない部分を経験者から真摯に学ぼうとする点だ――
秀綱は、勘兵衛がこの戦で武士として大きく成長するのを期待していた。
◇◇◇
「さて、勘兵衛。武士は戦い、勝つことが目的だ。そのために命を懸ける。だが、それが叶わないとなったら、兵士は逃げる。将は責任を取って、兵をできるだけ逃がすために死ぬこともあるがな。そこは、わかろう」
光安の言葉を勘兵衛は頷いて聞いた。
「だが、死兵は全く違う。その目的は、主君のために一兵でも多くの敵を倒し、死ぬことが目的になる、兵の犠牲を少なくするということとは、全く別の想いで戦いに臨む。生を最初から捨てているわけだ」
光安は間を取って、勘兵衛の反応を見た。ついてきているようだと判断してくれたようで、光安は続けた。
「その死兵の戦い方は、凄惨を極める。劣勢の最中でも、味方の死体を乗り越え乗り越え戦う。味方にしてら、討った相手の後ろから更なる敵が波状攻撃を掛けてくる。討っても討っても際限なく敵がかかってkる。隙や不意を見せたら、瞬時に討たれてしまう。ゆえに、味方の被害は甚大になる。だからこそ、死兵とまともに当たってはならないのだ」
光安の言葉を、そして、三将が惧れている事態を理解した。
「それゆえ、前線の兵が苦戦や混乱をすることを惧れていらっしゃるのですね」
勘兵衛の言葉に、光安も、秀綱も頷いた。
「一方の大軍は、既に勝利を確信している。ゆえに、兵は命を惜しむ。極限の戦いの局地戦では、その差がもろに出る。前線の兵は、大きく崩れる可能性が高い。前線が崩れれば、軍全体に混乱が生じる。その混乱が、死兵たちにとっては格好の機会となる。そこを突かれて、攻める側の犠牲が増える」
「それを避けるために、殿が前線にと仰ったのですか」
勘兵衛は、秀綱に視線を向けた。秀綱は頷いた。
「しかし、ここで勘兵衛殿からの話で、我らは戦略を見直す必要が出てきました。孫作殿が、勘兵衛殿に話した内容です。おそらく、敵はなんらかの策を用意している。その策で、前線に大混乱を生じさせるつもりでしょう。そこに秀綱殿を配置するのは避けたい」
勘兵衛も頷いた。秀綱は微動だにしなかった。
「ゆえに、我らはここで西馬音内城などの降った将兵を前線に充てます。秀綱殿は、その後の二軍にいて、降将たちの督戦と援軍を担ってもらうつもりです」
「危険がわかっていながら、そこに降った兵たちを充てると」
勘兵衛の言葉を、光安も認めた。
「左様。しかし、これは理に適っています。降伏したばかりの将兵は、味方の中では新参者。忠義を疑われ、発言権もないに等しい。それを、古参の将兵に認めさせるには、苦労がいる。その機会に先鋒は恵まれている。一番槍に、一番首、城内一番乗りなどな。先鋒だけで戦の帰趨を決定づけたら、それこそ武勇が家中に全員に認められる。その機会を与えるのも、重要な軍の運用なのだ」
光安はあくまで冷静に、淡々と話した。その方が、勘兵衛の心に戦場の現実が迫ってきた。
――我らがかかれ、退けの戦をする裏で、このような駆け引きや考えがあったのか――
勘兵衛は真剣な顔で聞いていた。
「では、殿が某に孫作を討てるかと聞いたのは……」
勘兵衛はその答えがぼんやりと見えてきた。その疑問を秀綱が引き取った。
「わかってきたようだな、勘兵衛。左様、死兵の戦う力の源は、命を懸けた主君のためだ。逆に言えば、死兵を生み出すのは名将しかあり得ん。その主君を討てば、死兵は瓦解する。そのため、敵将を躊躇わずに討たねばならぬ。躊躇えば躊躇っただけ、味方の被害が増えるというものだ」
「だから、某に孫作殿を討てと」
秀綱は頷いた。
「そうじゃ、その覚悟のない者を危険な場所に配置はできぬ。それゆえ、尋ねたのだ。その覚悟をな」
「某、全て認識いたしました。感傷など味方の犠牲の前には何の価値もないということも」
勘兵衛は自分が見えていなかったところを理解した。秀綱の言動も理解ができた。
――あの方に叶うかどうかはわからぬ。されど、戦場で見えれば、躊躇いなく戦える――
勘兵衛は決意を固めることができた。
「では、勘兵衛殿には成長を確認できたところで、任務をお任せしたい。綱元殿や式部殿とともに、明日城から落ちる将兵の監視役をしてもらいたい。諍いなど起きぬよう、北の陣地に行ってもらう。何が起こるかわからんのでな」
「はっ」
勘兵衛は光安からの命を承諾した。
湯沢城から落ちる将兵は、静かにやってきた。城を振り返る者も多く、行列はなかなか進まなかった。
こちらからも特に急がせることはしなかった。
落ちていく者たちは、みな黙って目を伏せていた。恥ゆえか、怒りゆえか。それとも敵と目を合わせると諍いの素になるのを恐れてか伏し目であった。手には、最低限の食糧が与えられたようで、腰に結んでいる者が多かった。
勘兵衛はふと、一人の武士が気になった。総髪平服の武士であった。甲冑は身に着けていない。周囲を甲冑武者が守っていることから、身分の高い者だと推測できた。
「勘兵衛、あの武士を注意しておけ。あれは、おそらく武将の妻子だ」
綱元の言葉で合点がいった。敵方や道中の凌辱に遭うのを避けるために男装しているのだろう。
勘兵衛が、その男装の武士を見ていると、その武士がこちらを睨みつけてきた。それを、周囲の者たちが制止して、先を急がせた。
――城を落ちる、負けるとはこういうことなのか――
思えば、最上家はこの出羽では大きな勢力だ。勘兵衛も負け戦を経験していない。だからこそ、この落人たちの姿は、印象に残った。
――こうなってはいけない。こうさせてはいけない――
勘兵衛は、湯沢城の落人たちを見ながら、思った。
湯沢城から落ちた500名。将兵だけでなく、その家族も含まれていた。
最後の一人が、陣を通過した。その間に、目立った争いはなかった。この後は、嘉蔵たちが護衛と、
背後に回って伏兵化しないように監視を行う予定だ。
勘兵衛は、綱元と式部とともに、本陣に500名通過の報告を行った。
勘兵衛は、明日の二陣に加わるように命を受けた。
明日から城攻めが始まるのだと、勘兵衛は決意を新たにした。
――孫作殿を討つ――
その決意の視線を、湯沢城に向けていた。
次回は、湯沢城の戦い 本格的な開戦です。




