武士の立場
湯沢城側の申し出は、城兵をさらに落ち延びさせることでした。
満茂たちは、承諾します。
一方で、勘兵衛は孫作に降伏をするよう願いますが、孫作は頑として受け入れません。
その理由に、勘兵衛は孫作に武士として敬意を抱きます。
秀綱は、孫作を凝視していた。この男が、本陣に刺し違えにやってきた惧れもあった。姉川の合戦において、信長本陣に進んできた浅井方の名将 遠藤直経が、信長の暗殺を謀ったことがあった。
――そのようなことをしないとは思うが、追い詰められたらやりかねん――
秀綱は警戒を続けた。
「ん、秀綱殿は私を刺客か何かとお考えか。ご案じ召さるな。左様な小細工は致さぬ。わっははは」
孫作は、高らかに笑って、秀綱の意図を否定した。
「なぜならば、首を取るならばを戦場にて、と決めてござるゆえ」
孫作は、笑いを納めて、満茂、光安、秀綱を見やった。その視線を後方に変え、勘兵衛にも向けてきた。
◇◇◇
勘兵衛は、孫作の視線を直視した。
――目を背けてはならない――
勘兵衛は、自身に言い聞かせた。得物をまっすぐに狙う猛禽類のような圧が、孫作の視線にはあった。その圧に抗うのがやっとであった。
「もし死にたくなければ、私には近づかないことだ、と忠告をしておくよ。若武者殿」
孫作の視線が外された。先ほどまでの、優男に孫作は戻っていた。
「して、用向きは。若武者を脅して楽しむためでもありますまい」
光安は、怜悧な言葉で孫作に問いかけた。互いに笑顔でつば競り合いをしているような緊張感が、三将と孫作の間に漂っているのを勘兵衛も感じた。
「何、目的はだた1つ。我が城兵は800がいてござるが、その内、500を逃してやりたい。彼らは、戦の経験はあれど、もともとはこの付近の百姓。谷柏の恩義を感じて駆けつけてくれたが、道連れにするは気が引けるのでな。本当はもっと減らしたかったが、説得を受け入れてくれたのが、これだけだった。彼らの身の安全の保障をしてほしい」
孫作は、言い切って、深々と頭を下げた。
――それは良い話ではないか。敵味方の犠牲が減る――
勘兵衛は、孫作の提案を秀綱たちが喜ぶものだと思っていた。
しかし、違った。満茂、光安、秀綱は、孫作の申し出を聞いて、明らかに警戒の度が上がっている。無言の時が過ぎる。それは、きっと短時間のはずなのだが、勘兵衛には永い時のように感じられた。
「その者たちが、城を出る際の攻撃はしないと約束いたそう」
沈黙を破ったのは、光安だった。
「真か。感謝いたす」
孫作は、光安を満面の笑みで見つめた。
「できれば、そのまま残りの者たちには、開城してほしいと思っているが、それはいかがか。湯沢城の副将として、貴殿たちをとどめておくつもりだ。何なら」
光安はなおも孫作に説得の声をかける。
「この秀綱を、湯沢城の城代にする。旧知のお主たちなら、守りも政もやりやすかろう」
秀綱は、聞いてないぞというくらいの驚きの顔で光安を睨んでいる。
――もし、そうなったらこの方の傍でいろいろ学べる。それは、いいな――
勘兵衛は、一瞬そう思った。しかし、そうはならないだろうとも思った。
「わははは。確かに秀綱と手を取り合っていけば、この城を守るかいと易きこと。されど、お断り申す」
孫作は、拒否した。
「今まで、我らは谷柏の者として、敵にかかれと号して参った。それは、谷柏のために、小野寺のために死ねと言うたも同義。その我らが、最上に降ったならば、先に逝った将兵への言い訳が面倒臭いゆえ」
孫作は、再び平伏した。
「委細承知した。城攻めは、明後日に行う。その間、横手方面の道を通る者たちは、素通りを許そう」
満茂は重々しく孫作に告げた。
「ははっ、ご厚情痛み入る」
孫作は礼を述べて、立ち上がった。
「勘兵衛、門前まで同道致せ」
秀綱の言葉を受けて、勘兵衛は、少し高い声を上げて了承した。孫作は、微笑を勘兵衛に向けて立ち上がった。
「さすが、花も実もある最上の三将ですね。世が世なら、あのような方々とともに戦場をかけてみたかった。貴殿は、良い方に仕えてございますな」
孫作は心から言っているように勘兵衛には感じられた。
「あの」
勘兵衛は、思わず声を出してしまった。敵の、しかも覚悟が決まった武将に、こんなことをいうのは気が引けたが、声に出してしまうのを止められなかった。
「そう思っているなら、最上に降ればよいではないですか。我が殿も、かつては小野寺に仕えていながら、今は最上家で認められています。孫作様ほどのお方であれば」
孫作は手で、勘兵衛の言葉を制した。
「貴殿はまっすぐなお方だと思う。その気持ちで、秀綱殿に仕えなされ。奴は決して、味方を捨てぬ。弱き者を助ける義の心をもった武士だ。だが、立場が違う。それは理解してくれ」
「我らが殿を低くみられるのですか」
勘兵衛は、孫作の言葉に反発をした。孫作は少し戸惑った表情を見せた。
「言葉を変えよう。武士とは立場が重要だ。秀綱は、国人領主である。自分の領土をもち、兵を持ち、領民をもつ。それを守らねばならぬ。小野寺は、それを守ることができなかった。だから、最上に降った。これは、誰にも非難されぬ。そこはわかるであろう」
勘兵衛は頷いた。孫作は、微笑を浮かべて、続けた。
「だが、我ら谷柏の者は、小野寺と同じなのだ。小野寺家の隆盛を気づき、小野寺と同等の者であると内外に認められた。だから、国人たちよりも小野寺を守る、いうなれば、小野寺のために死ぬ義務がある。そういうことなのだ」
「高潔すぎる。そんな武士はほとんどいないではありませんか」
勘兵衛の言葉に、孫作は頷いた。
「確かにな。だが、そういう者がいなかったら、小野寺がもし滅亡したら、小野寺には立派な武士がいなくて滅んだと後世指さされよう。我らは、それが死ぬよりも辛いのだ」
孫作は、歩きながら空を見つめていた。
――人は死地に立った時に、その本性が出ると父が言っていた。私は、本当の武士の姿を目の当たりにしているのだろう――
勘兵衛は胸が熱くなった。もし、自分が死に向かわねばならなくなった時に、同じような態度・覚悟で臨めるのだろうかと自問した。
「ははは、こんなことを話すつもりはなかったのだが」
孫作は、爽やかで、涼し気であった。
「私も貴殿のような若武者を敵には回したくはない。だが、悲しいがこれは戦だ。明後日は、堂々と戦おうぞ」
瞬時に孫作は、圧を感じさせる目に変わった。勘兵衛も、真っすぐに見据えた。孫作は、刹那勘兵衛の懐に入った。勘兵衛がそれまで誰にも受けたことのない、間合いへの素早い入り方であった。戦場であったら、この瞬間に首を斬られていてもおかしくはないと思った。
「ここだけの話だ、明後日の戦だけは、先駆けで城に入ってはならぬ。二陣以降に控えておれ。よいな」
孫策は、小声で呟いた。その一言を残して、孫作は馬に乗り、湯沢城に戻っていった。
勘兵衛は、その背中をしばし見つめていた。
湯沢城攻めが次回以降、本格的に開始されます。
知の孫三郎、武の孫作 二人が待ち構える湯沢城には、強烈な罠が仕掛けれていました。
最上軍に多大な犠牲が出る中、孫作が本陣を急襲します。




