偽手紙 伝わらなかった道為の想い
志村光安の策は、徐々に効果を表します。
次ぎに総仕上げの偽手紙を、黒沢甚兵衛の許に届け出ます。
そして、ついに八柏道為は、義道から内通を疑われて、上意討ちになってしまいます。
「小野寺領内では、山形から来る者たちに疑心を抱いているようだ」
嘉蔵の報告を秀綱は、光安に伝えた。
山形から来た商人が湯沢から石もて追われたことや、勧進を求める山伏や僧たちの集まり具合がよくないとか、山形からの往来を拒む気風が醸成されている実例を話した。光安は、頷きながら聞いていた。
「なるほど、順調にことは進んでおりますな。結構、結構」
光安は、顎に手を当てて、二やリと笑みを浮かべた。
「小野寺家に最上家への警戒感が高まっておりますな。今が、よい機会です」
光安は、懐から紙を取り出した。
「秀綱、八柏殿からの内応を承諾した密書だ」
――まさか、あの八柏の爺さんが――
秀綱は、光安から文を踏んだくった。見覚えのある筆致だった。だが、多少の違和感もあった。
「光安、これは本物か?」
秀綱は折り目を戻して、光安に返した。
「まさか、内応するような武将であれば、偽手紙を用意する手間などかけん」
光安は軽く笑いながら、懐に手紙をしまった。
「だが、疑心に駆られた目で見ると、真実に映るであろう」
「あまり気がのらんな」
秀綱は正直、これで道為を失脚させるのは気が引けた。道為の小野寺家への忠誠は本物だ。敵味方に分かれたとは言え、その姿勢は、賞賛に値すると秀綱は思っていた。その道為の一生を汚すような気がした。
「まあ、そう言うな。お前の気持ちは十分にわかるがな。この策は姑息な手段かも知れんが、うまくいけば、味方の犠牲なく成果を上げられる。失敗した時に、正面からぶつかればいい」
秀綱は不承不承頷いた。成功してほしい気持ちと成功してほしくない気持ちが拮抗して、秀綱自身もなかbなか折り合いがつけられなかった。
◇◇◇
八柏道為は、小野寺家においては絶対的な武将であった。小野寺家の武士たちの規範である「八柏大和守掟条々を制定した。
小野寺義道の祖父 小野寺 稙道は、家臣によって暗殺された。遺児である輝道を補佐して、仇を討つだけでなく、小野寺家を出羽仙北の雄として飛躍をさせた。
それらの功で、八柏道為は、小野寺一門として遇された。甥っ子たちは、小野寺姓を与えられるほどの信頼を家中で勝ち得ていた。領内の要衝である湯沢城の守りを託されていた。
その道為の視点から見ると、義道は非常に危うい主君であった。かつては優しすぎる子供であった。そのままでは、小野寺家が蚕食されてしまうと考えた道為は、義道を武勇の将として育てた。
だが、武勇は優れるようなったが、智謀は残念ながら足りなかった。使われる側の武将であれば、それで良かった。だが、小野寺一門を率いていくには、それではいけない。
『誰もが敬う主君』になってほしいと思っていた。義道の父の輝道も没した後は、道為が父の代わりとなって義道を養育しないといけないとの責任感を持って、義道に厳しく指導した。
――だが、それも改めねばならぬかも知れぬ――
道為は最近は思っていた。天下は豊臣秀吉が握った。戦もやがては無くなっていく。そうなった際に、武勇の大名など、どれほどの価値があろう。それよりも、心細やかな大名の方が、天下人の家臣として活躍できるだろう。
――最低限の武勇さえあれば、戦は天下人に任せて、政治に心を砕けばよいのだから――
義道は、疑心に駆られている。だが、それは本来は多様に考えられるからだ。多くの人の意見や考えに気を配ることができることの弊害が出ているに過ぎない。
見方を変えれば、それは多数の意見を集約できる能力があるのだと道為は思った。
――ひいきの引き倒し、かも知れんがな――
道為は、軽く笑った。
道為は、懐に紙の書付を忍ばせていた。既に黄ばみ、変色している。それは、幼い日の義道が、道為に自慢げに見せた手習いの字が書かれていた。
―そうだ。幼いころは賢い子供であったのだ。今からでも名君になれる素質が義道様にはある。それを開花させるのが、儂の最後のご奉公であろうな――
道為は、改めて最上対策を言上するために、横手城に向かった。
「お待ちあれ」
馬に乗って登城する道為を黒沢甚兵衛が止めた。
――この佞臣を除かねば小野寺家の未来はないな――
唾棄すべき相手ではあるが、道為は内心を隠して挨拶をした。
「これは甚兵衛殿、いかがした」
道為は、馬を止めた。有屋峠で醜態をさらした相手ではあるが、義道の側近でもある。何事か伝えてくることがあるかも知れぬと、道為は平静を装って接した。
「上意である!」
道為が静止したのを待って、甚兵衛が刀を抜いて斬りかかった。
不意をつかれた道為は、左足を斬られ、落馬した。
地に倒れた道為に、甚兵衛が再び斬りかかった。道為は腰の刀を抜こうとしたが、その前に甚兵衛の刃が道為の右側頭部を襲った。道為は避けられず、頭部からの流血した。温かい感触が、顔の半分を覆っていた。
「甚兵衛!なに」
それ以降の言葉が道為の口から出なかった。
「八柏大和守!最上義光に内通をした咎で上意討ちの命を受けた。観念いたせ」
甚兵衛は、高らかに声を上げて、上意討ちを宣言した。周囲の混乱を上意討ちの言葉で押し切ろうとしていた。
「内通……、馬鹿な……、誰が……」
饒舌を誇った道為の口からは、もはや断片的な単語しか出なくなっていた。
「とぼけるな!お主が湯沢城を担保してもらう代わりに、一族の安全を義光が認める書状があったわ。これで、言い逃れはできまい!」
甚兵衛は、得意げに書状を広げた。
――儒詩 ともに図るに足らず! そんな初歩的な謀略に乗せられおって!――
絶望とともに、道為は崩れ落ちた。もはや立ち上がる気力も体力も残っていなかった。
――あの息子の様な義道とは、ここまで距離が離れてしまったのか――
道為は、あえぐような呼吸をした。もはや、指一本だに動かすことはできなかった。
――ふふふ、親の心 子知らずとは、本当のことじゃったのう 儂が例外だと思い、甘えていたのが間違いであったか――
道為は、目を瞑った。幼き日に、自分の字を誇らしげに見せてきた義道の姿が浮かんだ。上意というからには、儂を討てとの命を義道が出したのだろう。だが、不思議と道為には義道を恨む気は起きなかった。
「内通した八柏大和守殿、この黒沢甚兵衛が上意により討ち果たしたり!」
甚兵衛の勝ち誇ったような声は、もう道為の耳に届かなかった。
最大の障壁だった八柏道為を除いた最上家は、湯沢城攻略に向けて動き出します。
迎えるは、八柏一族で小野寺姓を賜った小野寺孫三郎 孫作兄弟です。
知の孫三郎、勇の孫作の前に、湯沢城攻略軍は苦戦を強いられます。




