湯沢城を奪うがよい
中盤最大の山場です。
湯沢城攻略編 始まります。
懸念されていた惣無事令違反に問われることはなくなりました。
しかし、それは最上家の鼎の軽重が問われる事態でもあります。
謀略と戦が中心になる湯沢城攻略編 開始です!
秀綱は、少しゆったりした時間を過ごしていた。
天正20年 1592年、豊臣秀吉は、各大名を肥前名護屋に召し出して、朝鮮出兵への準備を進めていた。最上義光もその対象に含まれていたのである。
「伊良子殿、殿より文が届いたようでございますな」
伊良子信濃守は、内政を司る重臣である。名護屋の義光の許への兵站を主に担当している。その信濃守の許へ、義光は届けてほしい物を送ってよこすのだが、その文にいつも義光の本音や愚痴が含まれている。それを、秀綱たちは知りたがった。
「おう、秀綱殿か。今回は深刻じゃな。故郷の水が飲みたいと泣きついておられる。よほど望郷
心にとらわれておるようじゃな」
信濃守は痛ましそうに言って、秀綱に文を渡した。一読して、秀綱は文を信濃守に返した。
「お労しいな」
秀綱の言葉に信濃守も頷いた。
「だが、秀次様がだいぶ義光様のもとに顔を出していると伺ったが」
秀綱の言葉を信濃守も認めた。
「先日、儂が名護屋に伺った際、秀次様も顔を出されてな。義父上、義父上と声をかけられた。義光様は、嫌そうな顔をしていたが、それが刺激になって良いのかも知れん」
「秀次様との縁も、全てが悪いことでもなかったのかも知れないな」
秀綱は、秀次の顔を思い出していた。
◇◇◇
ぶりょう、少しゆったりした時間を過ごしていた。
天正20年 1592年、豊臣秀吉は、各大名を肥前名護屋に召し出して、朝鮮出兵への準備を進めていた。最上義光もその対象に含まれていたのである。
「伊良子殿、殿より文が届いたようでございますな」
伊良子信濃守は、内政を司る重臣である。名護屋の義光の許への兵站を主に担当している。その信濃守の許へ、義光は届けてほしい物を送ってよこすのだが、その文にいつも義光の本音や愚痴が含まれている。それを、秀綱たちは知りたがった。
「おう、秀綱殿か。今回は深刻じゃな。故郷の水が飲みたいと泣きついておられる。よほど望郷
心にとらわれておるようじゃな」
信濃守は痛ましそうに言って、秀綱に文を渡した。一読して、秀綱は文を信濃守に返した。
「お労しいな」
秀綱の言葉に信濃守も頷いた。
「だが、秀次様がだいぶ義光様のもとに顔を出していると伺ったが」
秀綱の言葉を信濃守も認めた。
「先日、儂が名護屋に伺った際、秀次様も顔を出されてな。義父上、義父上と声をかけられた。義光様は、嫌そうな顔をしていたが、それが刺激になって良いのかも知れん」
「秀次様との縁も、全てが悪いことでもなかったのかも知れないな」
秀綱は、秀次の顔を思い出していた。
◇◇◇
望郷心に駆られていた義光は、ある日、豊臣秀吉から直々に呼ばれた。
何か落ち度はないかと名護屋に来てからのことを振り返ったが、特に思いつくことはなかった。
――秀次とお駒の縁談を破談に致せ、との仰せであればありがたいのだが――
義光は、願望を抱きながら、秀吉の御前に出た。
「おお、義光か。近う、近う」
秀吉は人懐こい顔を見せた。だが、これが油断ならないことを義光は知っている。
――この顔であれば、破談ではないようだな――
義光は、内心がっかりした。
「義光、ゆっくりと話をしたいが、忙しくてなかなか時間が取れんですまんな。実はお主に尋ねたいことがあってのう」
秀吉は、変わらぬ笑顔を義光に向けている。
「何でございましょうか」
「奥州仕置きの後、お主に渡すことを決めた仙北の地はいかがなっておるか」
かつて起きた仙北一揆は、義光の家臣 楯岡満茂の尽力もあって鎮圧することができた。その功と大規模な一揆を発生させた小野寺義道への懲罰のため、湯沢城一帯を最上義光の領土とすることが決まっていた。
かつて庄内を巡って最上家と上杉家で争いになった際に、秀吉は上杉領と裁定した過去があった。その補償的な意味合いがあるのやも知れぬと義光は思っていた。
「はっ、いまだ小野寺は明け渡さず、我らは手にしておりませぬ」
「左様か。義光はそれでよいのか」
――良いわけがないではないか――
「いえ、土地を拝領した上は、徳をもって治める覚悟も能力も、人材もおります。されど、某が躊躇うのは、無理に取りに行くことで無用な争いが生じ、殿下の惣無事のお考えに反することのみにございます」
義光の言葉を聞いて、秀吉は笑い出した。
「わははは、出羽の梟雄と言われたその方も、だい丸くなってしまったうようじゃな。いやいや、その心がけは殊勝であるが、儂が領有の許可、いや命を出したのじゃ。それが絶対である。遠慮は要らぬ。がたがた申すなら、小野寺から力づくで奪うがよい。儂が許す」
秀吉は、高らかに笑った。
――大義名分はもらったが、占領できねば最上家の統治能力を疑われ、領土削減の口実にされかねん――
義光は急ぎ動かねばならないことを覚った。
◇◇◇
義光は急ぎ国許の伊良子信濃守に文を出した。
湯沢城を明け渡すよう小野寺義道に通達すること そして、受けない場合は軍勢を差し向ける準備を進めるように動くべしとの内容であった。
義光不在の山形城に、留守居役の重臣たちが集った。
秀綱も、光安も参集した。
「小野寺は明け渡しはしますまい。戦で奪うしかない」
衆議は一決した。そのための課題が話し合われた。実際に小野寺軍と戦った秀綱が意見を求められた。
「唯一にして最大の障害は、八柏道為をおいて他にございますまい。小野寺家きっての名将を破らねば勝利は得られないでしょう」
これもまた、周囲の認めるところだった。
「調略は能うか」
この会議を取り仕切る義光の嫡男の義康が、秀綱に問うた。
「無理でございましょう。小野寺家への忠義一筋。先代を支えて今の小野寺家を築いた自負がありますゆえ」
秀綱は頭を振って調略に乗る可能性を否定した。
「ならば、策をもって取り除く他、ございますまい」
それまで黙っていた光安が、ぼそっと呟いた。
皆が、その一言を聞き逃さなかった。
湯沢城攻略の最大の障壁は、小野寺家の名将 八柏道為でした。
調略も期待できない忠義の将といかにして対峙するのか。
志村光安の謀略が始まります。




