秀次の城下視察
秀次は、山形城下の視察を行います。
秀綱は護衛として参加し、兼続に絡まれます。
一方、秀次は窮屈な視察に飽きて、単身抜け出して、城下に入りました。
そこで、駒姫を一目見て、惚れてしまったようです。
秀綱が提唱した山寺参詣には、希望する大名はいなかった。
秀次が、建設中の城下を見たいと申し出てきたからであった。
仕方なく秀綱も、護衛のために、秀次一行についていくことになった。
先導は、最上義光と、城下の建設に関わっている志村光安。この二人が秀次を案内し、秀次から問いかけがあれば答える役割を担っていた。
秀綱は、一行の後ろからついていく役割であった。建設途中の場所を通るため、材木が倒れたり、地面を掘っていたりと、建設場所特有の危険もある、奥州仕置きに恨みや反感を抱く者が紛れ込む惧れもある。それらを、後背から見張る必要もあった。
「山寺の参詣が取りやめになって残念でしたな。私としては、摺上原の話をお聞きしたかったのですが」
直江兼続が、秀綱に脇に来て、話しかけてきた。どこか面白げであった。
「秀次様が、城下の視察を望まれたのなら仕方ありますまい。皆、秀次様の警護を努めねばなりませぬからな」
秀綱は、淡々と応じた。
「その秀次様ですが、お気をつけあれ。興味のむかうところ、突っ走る傾向がありますからな」
確かに秀次は、先々で義光と光安を度々質問攻めにしている。
「馬見ヶ崎川と申すか。この川が、城下を流れるのは邪魔であろう」
「されど、堀の役割も兼ねてございます。もし、天下が治まり、戦のない世になりしたら、川の付け替えも必要になりましょうが、今は先年の一揆もございましたゆえ、防備を優先しております」
「左様か。儂の政治次第で、この山形の城下も変わるのじゃな」
「御意にございます」
秀次は、熱心に話を聞いている。形通りの視察で済ませるでなく、通りや水路、寺町の作り、商人町の配置など、細かく具体的に討論をしていた。秀綱は、その姿を意外に感じた。ただ、火が付いたようで光安も、秀次に輪をかけて饒舌になっている。そのため、行列は遅々として進まなかった。
――秀次様も、光安同様に凝り性であると見えるな――
秀次は、ふふふっと笑った。
「殿下の後継者とあろうお方が、町づくりにここまで興味を抱くとは、意外でござろう」
兼続も苦笑しつつ、秀次を見つめている。
「いえ、某が笑ったのは、秀次様と光安が、意外と馬が合いそうだというところでござる。光安は、興味のある所になると、話が止まらなくなりますゆえ」
「ほう、最上の知恵伊豆殿は、斯様なお方でござったか。さすれば、この城下の視察は長くなりましょうな」
「左様、日暮れても終わらぬやもしれませぬ」
兼続と秀綱は顔を見合わせて笑った。
「貴殿とは、庄内で話をして以来でござったな」
笑いが納まった後、兼続は笑みを残した顔で話を続けた。
「左様。あの戦で、友を失い申した」
「本当でござるか」
兼続は探るような目で秀綱を見た。
「お疑いでも」
「いえ、池田盛周の死骸が見つからぬゆえ、私は未だ奴が生きておるのではないかと危惧しておるのです。斯様な場面で、秀次様を狙ってもおかしくござらぬゆえ」
秀綱は遠い目をした。兼続の目を逃れるため、庄内の方向を向いた。
「信長様も生きておいでだと兼続殿はお思いか」
「まさか、左様なことはありますまい」
「で、あれば、盛周生存の懸念は、それと同じ程度の懸念だと某は思いますぞ」
秀綱は視線を兼続に戻した。兼続は、一瞬の間をおいて、高らかに笑った。
「あっはははは。左様か。それであれば、懸念はありますまいな」
――かまをかけてきやがった。油断ならねえ奴だな――
秀綱は、兼続の目が笑っていないことに気づいた。
そうしている間に、一行は休憩をすることになった。光安が、城内も戻ることを提案したが、秀次はまた戻るのが億劫だということで、城下の広場で小休止することとなった。
その休息中であった。一行が、騒がしくなったのである。光安が、秀綱の許に駆けてきた。
「厠に行った秀次様が姿を消した」
秀綱のところに光安が駆けつけて急を知らせた。
「何かあれば一大事だ」
「わかった。俺も探そう。でも、誰もついていかなかったのか」
「行った。しかし、中から、度々声をかけて返事をされていたので、安心していたところに窓から抜け出られてしまったらしい」
「三枚のお札じゃねえんだからよ」
秀綱と光安のやりとりを耳に挟んだ兼続が口をはさんだ。
「脇から失礼。秀次様は、度々こうしたことをなさるようだ。取り繕った場でなく、実際の民の声を聴きたいと言うことらしい。格好は、きっと目立たぬ格好に変えてるはず。私も捜索に加わろう」
――嫌だが、こいつも加わってもらった方がいいな――
「頼む。何かあったら、最上家の取り潰し案件になってしまう」
「承知。お主らに恩を着せる絶好の機会。逃しはせんぞ」
秀綱たちは、秀次の行方を捜した。だが、度々のことのようで、諸大名は悠然と、いやあきれて、事態を待つ姿勢を示していた。
「いやあ、あなたのような方が、職人に給仕をされているとは」
若侍に扮した秀次は、建築現場に足を踏み入れていた。そこで見たのは、美しい少女が、職人や人足たちに、水や握り飯を渡している光景だった。
――美しい。幼さも残るが、泥に塗れてもなお、光り輝く少女は初めてだ――
秀次は、少女に近づいた。
しかし、少女には護衛の武士がついていて、近づく秀次を警戒している。
「止まれ。お主は何者だ。無礼は許されぬぞ」
警護の武士は、5人。その一人は、秀綱の家臣の佐藤式部が勤めていた。上泉信綱の高弟 疋田豊五郎に才を認められた使い手である。その式部が、秀次の前に立ちはだかった。
「いや、すまぬ。町のつくりを知りたくて、歩いていただけだ。その際に、天女の如き女性が、泥まみれの人足のために給仕をする姿にほれ込ん次第じゃ。全くもって、我が妻に迎えたいほどじゃ」
秀次の言葉が、式部を怒らせた。
「お主のようなどこぞの馬の骨かわからぬ奴が、望んでよいようなお方ではない。それ以上、無礼を働くなら、たたっ斬るぞ」
式部はそこまで言うか、刀を抜いた。秀次も、応じて刀を抜いた。
「おい、早く、姫を安全な場へお連れ致せ」
式部は、他の護衛の武士に命じて、駒姫を避難させた。
「お侍様。あのお方は、最上の殿様の姫だで。お前さんの方が、分が悪い。はよ、この場を離れなせえ!」
人足の一人が、秀次に叫んだ。だが、秀次は引かなかった。
「ほら、騒ぎを聞いて、鮭延様もやってきただで、お侍様 刀を納めなせえ!」
人足は、さらに秀次に叫んだ
騒ぎを聞いて、秀綱が駆けつけた。
身なりは変えているが、面識のある秀綱には、若侍風の男が、秀次だとわかった。
そして、相対している男が式部だと思った時に、暗澹たる気持ちになった。
「式部、引け。刀を納めよ」
秀綱は式部に向けて叫んだ。思わぬ秀綱の乱入に、式部は驚いた。
「刀を納めよというのが、わからぬか」
「しかし、殿。この者、間者かも知れませぬ。駒姫様にみだりに声をかけようとしたゆえ」
式部の反論を秀綱は遮って、秀次に平伏した。
「秀次様、我が家臣の無礼、平にご容赦を」
秀綱の言葉に、式部だけでなく、その場にいた一同が驚き、平伏した。
次回は、秀次が駒姫を側室にと所望してきます。
最上義光は大反対をします。




