うつけか 否か
豊臣秀次が、山形に入ってきます。
秀次に思った以上に名君の素質があることに、秀綱は驚きます。
秀綱は、山形城大手門前に義光の諸将とともに整列をした。豊臣秀次の出迎えのためである。
秀次は、奥州仕置きに従う諸大名とともに山形を訪れた。諸大名を引き連れてきた割には、わずかな供回りのみという身軽な一行であった。
「天下人の跡取りともあろうお方が、このような小勢でいらっしゃるとは」
義光が出迎えた際に、驚いて声をかけた。だが、秀次はこともなげに言った。
「お主たちがおるではないか。なんの懸念があろうか」
そういって、高らかに笑った。
――これは、噂で聞いていた、間抜けな人物とは違うぞ――
秀綱は感じた。秀綱は、この秀次の接待の策を考えた光安を視線に捉えた。
光安も同様に感じたようであった。
義光が先頭に立って、秀次たちを案内していった。残された家臣団も、それぞれの持ち場に戻ろうとした。秀綱は、その時に光安に近づいた。
「おい、随分評判と違いそうだな」
「そうですね。いわゆるうつけではないのかも知れませんね」
「うつけはうつけでも、信長殿のほうのうつけか」
「ま、ここはしばらく様子をみましょう。何かあったら、殿から連絡が来るはずですから」
秀綱と光安は、それぞれの役割を確認して、別れた。
「秀綱を呼べとの仰せでございます」
深夜である。宿直の一角でもあった秀綱は城に詰めていた。仮眠をとっている際に、不寝番の小姓が秀綱の詰め所に駆けてきた。
「何事か」
「殿のお呼びでございます」
――はて、いかなる事態が出来いたしたか――
秀綱は、小姓に案内されるまま、義光の許に駆け付けた。
「殿、何事でございましょうや」
義光の書院に行ったら、一人の人物がいた。
「そちを呼んだのは、私だ」
顔を秀綱は昼間に見ていた。秀次であった。秀次は、ささやかながら、酒を飲んでいる。酒を飲んで暴れるという噂もあったが、品のある飲み方であった。
「ふふふ、噂では酒乱などと伝わっていたのであろう。そんな顔を致しておるぞ」
秀次は微笑しながら、盃をあおった。
「構わん。儂は、お主に聞きたいことがあったのだ。夜分にすまなんだな」
――配慮のある言葉。ただ、生まれに胡坐をかいているだけの人物ではなさそうだ――
秀綱は、秀次という人物が巷間言われているような傲慢な人物ではないと感じた。
「お主は、捨て子など要らぬ子供たちを面倒見ていると耳にしてな。確かか。直答許すぞ」
「ははっ。確かに、戦で身寄りを失った子や遊郭などで要らぬと捨てられた子など何人か引き取る寺が領内にございますが……」
「左様か」
秀次は嬉しそうにほほ笑んだ。
「そんな者がいると知ったら、話をしたくなったのだ」
「なにゆえ、でございましょうか」
秀綱は、秀次にまだ多少なりとも警戒感を抱いている。神位が見えない中で、うかつに応えられない。
「ははは、そんなに警戒を致すな。同じような気持ちを持っている者がいると知れて、嬉しかっただけじゃ。他意はない」
「同じような気持ち……でございますか」
秀次は頷いて、恥ずかしそうに顔をした。
「儂は、関白殿下の数少ない身内じゃ。それゆえ、殿下の後継者として据えられておる。その身分に以前は甘えておった。誰もが、儂に頭を下げる。臣下の礼を取る。それゆえ、儂は特別な存在であると勘違いしておったのだ。あの日、まではな」
「何かございましたか」
秀次は、思い出すかのように天井を見上げた。ややあって、秀次は続きを話した、
「儂は鷹狩りで遠出した。駿馬を走らせたので、家臣たちがついてこられなくてな。いつしか、儂一人になってしまった。周りを見回すと、小さな集落を見つけた。儂は、水でも所望しようとその集落を訪れた」
「天下人の後継者ともあろう方が、不用意な」
義光は、秀次をたしなめた。
「そう申すな。若気の至りである。その集落は、戦で行き場を失った者たちの集まりであった。親を失った子や、夫を失った寡婦、老人たちが集まっていた。そこに、儂のような武士がいったので、散々に罵られてしもうてな。衝撃を受けた。怒りも沸いた」
「殿下の身分を知らなければ、致し方のないことでしょうな」
秀綱は頷いた。義光が酒を注ごうとしたら、秀次は手で制した。自分で注いだ。
「ただ、それ以上に何も言い返せなかったのだ。関白殿下の今までの戦で、この者たちは生活に困っている。それなのに、何の手当もなく、明日も知れない暮らしをしている。儂は、自身の疚しさに気づいた」
「そのようなことを気になさることではございますまい。これから天下を安寧に導き、善政を施すことで助けることなどいくらでもできましょう」
義光は、元気づけるように言った。
「そうしたいがな。だが、殿下の政治では、未だに犠牲者が出る。戦が終わったと思ったが、此度の奥州仕置きでは、従わなかった村をいくつも焼いた、なで斬りにしたと聞いた。殿下は、もともとは下賤な者の出だ。だから、弱き者の声が聞こえた。そんな殿下が、儂は好きだった。だから、儂は殿下の後継者に選ばれて嬉しかった。だが、殿下の政治を手本にしていたら、いつの間にか儂は、民のことなど考えぬ人間になってしまっていた。その傲慢さを、その集落で貶められたことで、儂は気づいたのだ」
「それで、どうされるのですか」
秀綱は冷静な声で話した。
「秀綱!」
義光が嗜めるよう言った。だが、秀綱は続いた。
「某、一揆の鎮圧で、かつての友と戦わねばなりませんでした。それも、天下の平定を行うがためだと思い、心を鬼にいたしました。秀次様がいかに考えていようとも、何の役にも立ちませぬ。いかに実行できるか、それが大事でございましょう」
「秀綱!」
義光は怒鳴った。しかし、秀次は真摯に秀綱を見つめていた。
「まさしくな。しかし、儂にはまだ関白殿下のような力はない。だが、いずれは弱き者が安心して暮らせる世を作りたいと思うておる」
「それを聞いて、安心いたしました。我ら最上家は、当主義光を筆頭に殿下のためにに尽力いたします」
「義光、真か」
「はっ」
義光は秀次に平伏した。
「そのためにも、今、当主義光が作っている山形城下のまちづくりをみていくのもよかろうと存じまする。明日、義光が案内をいたしますゆえ、城下町を視察なされてはいかがでございましょうか」
「秀綱、お前は勝手に!」
義光は、勝手な申し出に語気を荒めた。しかし、秀次は興味を抱いたようであった。
「真か、義光、よしなに頼む」
秀次は、目を輝かせて言った。義光も断れずに頷いた。
秀次は、此度は義光の書院で眠るということになった。
義光と秀綱は、秀次の前を退出した。
「お前は勝手に話を進めおって」
義光は怒りを滲ませていた。
「殿、無茶ぶりは最上家の家風でございますゆえ」
秀綱は涼しい顔で言い返した。
その後も、義光と秀綱は、何度も言い合いをしていた。
「あら、父上、それに秀綱殿も」
駒姫が、灯りをもって廊下を歩いてきた。
「少々、騒がしいので、様子を見に来ました」
手に持っている燭台が、駒姫の顔をほのかにしたから照らした。10歳程度の少女であるが、そのほの暗い灯りが、大人びた雰囲気を醸し出していた。
「秀綱、お駒、ここではいかぬ。この脇の部屋に入れ」
義光は、廊下脇の襖を開けて、秀綱と駒姫を中に入れた。
「お駒を秀次に合わせてはいかん。嫁になど言われてはいかんからな」
「お父様ったら、いつもの癖ですね」
駒姫は、クスクス笑った。その姿は、年相応の幼さがあった。
――だが、先ほどの姿を秀次様はみたら、あるいは――
秀綱は、義光の懸念が今はわかるような気がした。
――いや、俺は大喬様の面影を感じただけだ――
秀綱は、そう思った。思ってから、自身の考えに驚いた
――なぜ、俺は大喬様を知っている!?――
秀綱は、衝撃で脇で話す義光と駒姫の言葉が耳に入ってこなかった。
次回は、秀次が山形城下を視察します。
そこで、義光が恐れていた事態が出来
駒姫が、秀次に会ってしまいます。




