一騎打ち
秀綱と盛周の一騎打ちに、周囲は見ているしかありません。
友人同士の一騎打ちは、長く続いていきます。
秀綱は、槍を構えて盛周の前に立ちふさがった。
「秀綱、お前とは戦いたくなかったぜ!」
盛周は、鉄球を振り回しながら、叫んだ。鉄球が空を切る音があたりに響いた。
「俺もだ、盛周。だが、天下への謀反を見過ごすわけにはいかん。降伏しろ」
秀綱の言葉を、空を切る音が遮った。
「嫌だね。この奥羽では、領主を務めるのは民を慈しむことだと思っていた。けれど、秀吉の支配下に入って以後、民を虐げることに変わってしまった。それなら、俺に領主への未練はない」
――確かにこれは、盛周の本音だろう――
秀綱は槍を構えた。
「お前の言うこともわかる。だが、時代は変わったのだ。それに従わねばならぬ」
「そうかも知れぬ。しかし、民を苦しめ、反対する者を斬る世なら、俺はそんな時代を拒否してやる」
秀綱と盛周のやりとりを、兼続は黙った見ていた。
「ならば、これまでだ」
秀綱は、馬を走らせた。盛周は、馬上から鉄球を投げつけた。秀綱は、槍で受け止めた。鎖が槍に絡みついた。馬が走ったままなので、秀綱は槍を手放した。勢い余った盛周も鉄球を手放した。
「やるな、秀綱」
「お前こそ」
秀綱は刀を抜いた。盛周も、同様であった。互いに馬を走らせて、切り結んだ。一合、二合、三合と刀同士で火花を散らせた。
後ろで一揆勢が矢を番えている。鉄砲を構える者がいた。
「おう、おめえら、手出し無用だ。秀綱は俺がたたっ斬る」
秀綱の背後で、上杉兵も盛周を討とうと駆けてきた。
「兼続殿、手出しは無用。今後、武士が侮られることになる」
秀綱も、上杉兵の乱入を制した。
「止めよ。鉄砲が秀綱殿に当たりでもしたら、最上家との遺恨になってしまう」
兼続も、兵を制して、一騎打ちを見守る姿をみせた。
その後、何合渡り合ったか知れない。盛周の刀が、曲がった。秀綱の刀の刃もボロボロと毀れた。ついに、盛周は刀を捨てた。秀綱と組み合った。二人は馬上でもみ合いになり、双方落馬した。
見守る将兵から、おお、と喚声があがった。皆、固唾をのんで見守っていた。
組み打ちから、秀綱が盛周を投げ飛ばした。倒れた盛周は、すぐに起き上がって、秀綱と再び組み合った。ややあって、盛周は右足で秀綱に足をかけた。秀綱はよろめいた。そこに盛周は、蹴りを一発くれた。秀綱は、たまらず地面に倒れ伏した。その際に、秀綱は顔を強かに打ち付けた。鼻や口からの流血した。
盛周はそれを見て、馬に乗って、朝日山方向に駆けだした。秀綱も起き上がった。一騎打ちを見ていた兵士から槍を借り、馬に乗って、盛周を追いかけた。
上杉の兵は、秀綱を追って、駆けだした。一里も追っただろうか。谷あいの道で秀綱は盛周に追いついた。秀綱は盛周に槍を着けた。盛周は、馬上から姿勢を崩して、がけ下に転落した。下には川が流れている。ドボンという大きな水音が響いた。
「秀綱殿、ご無事か」
追いついてきた兼続が秀綱に駆け寄った。兵士たちはがけ下を見ている。兵士の誰かが、この下は深い淵になってるので、助からないだろうと言った。
「それに手負いゆえに、満足に泳げますまい」
秀綱は、槍の穂先を兼続に見せた。鮮血で朱に染まっていた。
「なるほど、確かに。友を討ち取るのはさぞかし辛かったろうと存ずる」
兼続は、頭を下げた。
「首謀者の盛周の死をもって、一揆は瓦解しましょう。されど、一揆勢は村に帰れば、貴重な働き手。叶うならば、お許し願いたい」
今度は秀綱が、兼続に頭を下げた。
「もとより。それに、石田殿より、今後は多少の裁量も許されると内々の申し出もありました。多少は民百姓に余裕を持たせることもできましょう」
「それは何より。盛周もこれで浮かばれるでござろう」
秀綱は、朱に染まった顔に笑みを浮かべた。見かねた兼続から手ぬぐいを渡されて、顔を拭った。
◇◇◇
秀綱は、山形に帰った。今回も、一兵を失うことにない凱旋だった。
駒姫が、笑顔で迎えてくれた。
義光の許に報告に行くと、山形城の書院に通された。入ってきた義光もまた笑顔であった。
「小野寺領の一揆も、多数の犠牲を出したものの、鎮圧ができた。お主の活躍も聞いた。我が兵に犠牲が少なかったことをまずは喜びたい」
義光は満足げに話した。
「そして、この功により、内々ではあるが、雄勝郡を与えられることになった。三万石程度だがな。だが、この意味は大きい」
「そうですな。一揆の扇動を疑われる恐れがあったにも関わらず、最上家は関白殿下から信任を勝ち取ったわけですからな」
秀綱も安堵した。兼続の前で、盛周を討ち取る印象を与えたことも大きかったかも知れないな、と思っていた。兼続は、五奉行の石田三成や大谷義継らと親しい。その兼続から、秀綱のことも聞きおよんでいるであろう。
「そして、儂は新たに家臣を召し抱えようと思っている。確か、お主とは初対面となるであろうな。入れ」
「はっ」
義光の言葉を受けて、一人の男が書院に入ってきた。秀綱はその声をよく覚えていた。
「高名な鮭延典膳殿にお会いできるとは、無上の喜び。某は、池田悪次郎と申します。以後、お見知りおきを」
盛周であった。川から落ちて、勝手知った淵の水の流れの緩い場所で、上杉の追及を逃れたのである。
「秀綱よ、以後、こやつの面倒も見てやってくれ」
「天下御免のお尋ね者ゆえ、名を悪次郎と改め申した、何卒、よしなに」
盛周は、頭を床に着くまで、深々と額づいた。
「えっ、なにゆえ某がこいつの、いや、悪次郎殿の面倒を」
秀綱は戸惑った。
「山形では、秀吉の配下の者や他国の者が度々訪れよう。そなたの領地なら、目につかぬであろう。なに、ほとぼりが冷めるまで景円寺にでも押し込めておけばよかろう。頼むぞ」
「この悪次郎。農作業にはいささか自身がござる。まずは、農地を開墾し、隠し田を作りますゆえ、何卒、匿いくだされ」
盛周は慇懃に言葉を掛けてきた。
「ええい、お前の想い通りにさせてやるものか。こき使ってやるから覚悟いたせ」
秀綱は、忌々し気に盛周に言った。
「なんじゃ、それでは一揆でも起こすといたすか」
「お前、ぜんぜん懲りておらんな」
盛周は高笑いした。
「こら、人に聞かれたらどうする。お前は、明智光秀が如き、天下の謀反人なのじゃぞ」
義光は、盛周をたしなめた。
「天下の謀反人! この悪次郎にふさわしき異名でございますな」
盛周は再び笑った。
秀綱は、この後、兵士に変装させて鮭延城まで盛周を連れて行くことになった。
道中油断できないと警戒しつつ、秀綱の心は軽やかであった。
仙北一揆、庄内一揆など各地の一揆は鎮圧されていきます。
これで奥州仕置きが終わるかと思いきや、さらに大規模な一揆、いや反乱が発生します。
そして、それが最上家の最大の悲劇の入り口になってしまうのです。




