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太史慈転生伝~最上義光を放っておけないので家臣になって手助けしちゃいました~  作者: 黒武者 因幡
第2章 奥州仕置き編

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波乱の奥州仕置き

奥州仕置きが始まりました。


奥羽がついに豊臣秀吉の管理下に置かれます。

しかし、その統治は強権的で、奥羽の民は各地で一揆を起こすなど不穏な空気が立ち込めています。

 秀綱は、小田原開城後の行軍にも従った。天正18年 1590年 7月17日に鎌倉を出発した。7月26日に宇都宮城に入った。

 

 宇都宮は、かつて源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼした際に宇都宮大明神に参拝した故事にあやかって、秀吉が奥羽の大名を従えるきっかけの地にしたのである。ここで、秀吉は、臣従した伊達政宗の先導で宇都宮城に入った。ここで、奥羽の諸大名の参列を受けた。


 この宇都宮城で、秀吉に会いに来た最上義光を秀綱は見かけた。駆け寄ろうとした秀綱は、背後から呼び止められた。振り返ると、その声の主は、秀吉であった。


「義光の忠心と事情は理解しておる。さ、行って義光を安堵させてやれ」

 秀吉は、諸大名との面会用に威厳のある付け髭をなでながら笑った。

「感謝申し上げまする」

 秀綱は、義光の許に駆けた。


「おう、本来は儂がやらねばならぬ面倒ごとをお主らに任せてすまなんだな」

 義光は、少しやつれた頬に精いっぱいの笑みを浮かべていた。






 「これにて天下は平定された。これ以降、私闘は許さぬ。それは、天下への謀反と心得よ」

 奥羽の諸大名が勢ぞろいした前で、秀吉は宣言した。

 併せて、今後、奥羽の諸大名は、秀吉の臣下として、秀吉に絶対的に従うこと。

 政宗は、占領した会津の地を、返上すること。

 会津には、蒲生氏郷がもううじさとを新領主として入封すること

 小田原に理由なく参陣しなかった家は、減封あるいは取り潰しとすること


 などが決定された。


 そして、従わなかった大名家には、秀吉旗下の大名が指揮する大軍が繰り出されて、城を次々と奪っていった。

 この間に、秀綱も従軍するだけであった。天下の軍が、奥羽を席巻し、新たな秩序を構築しようとした。


 そして、大名を統制下においた後、秀吉の実務を担う五奉行の筆頭である浅野長政と、奥州の諸大名への監視役である蒲生氏郷を中心にして、奥州の農地を検断する検地が行われた。



「これまでは、もっと長い竿で土地を図ったいただよ」

「それは、殿下の支配の前の話。今は、この長さで測量を行っているのだ」

 百姓が各地で抗議したものの、役人たちは一切に聞き入れず、粛々と測量を進めていった。一石を算定する基準が、それまでよりも狭くなった。実質的な大増税であった。


「それでは、おらたち食っていけねえだよ」

「知るか。決められた通りに、年貢を払えばよいのだ」

「ここは、夏にはヤマセが吹くだ。そうしたら、米がとれねえ。それなのにこんな年貢を払えねえ」

「うるさい。天下の仕置に刃向かうか」

 役人は詰め寄った百姓を見せしめに斬り捨てた。


「何しやがる!」

 怒った百姓たちが、集まって役人を斬殺した。射殺した。この時代は、農民でも兵として徴収されることが多かった。そのため、武装していたのである。


 今度は役人たちの方が、報復として、村を焼き払い、村人を全員撫で斬りにした。その話が、またたく間に奥羽全土に広がっていった。

 各地で反発する百姓と検地をする役人たちの間で、紛争が起こった。奥州はたちどころに不穏な空気に包まれていった。


 9月、百姓たちの不満はついに火を噴いた。小野寺領の横手盆地を中心にして、大規模な一揆が発生した。世にいう仙北一揆である。この一揆の鎮圧に、小野寺義道だけでなく、最上義光にも鎮圧に向かうべしとの命が下された。


「はっきり言って、気が載らんな」

 最上義光は、ため息をついた。出羽でも、百姓たちの不満は高まっている。その理由は、義光も痛いほどわかっている。義光は諸将を前に、顔を顰めていた。

「小野寺領に接してい我らが向かうべきなのでしょうか」

 秀綱は、義光に伺った。


「いや、お前にはこれまで散々動いてもらったゆえ、そこまでは頼めぬ。楯岡満茂たておかみつしげ に向かってもらう予定じゃ」


――忍を活用するということか――

 表向けの戦に派兵はしながらも、裏で穏当に始末をつけようと考えているんだろうと秀綱は感じた。

 秀綱も、百姓を討つ役割などごめんだったので、小野寺家への出陣を免除されたのは助かった。


――ま、小野寺との因縁がある俺が行くと、揉める原因にもなるだろうからな――

 秀綱は、かつては小野寺義道に仕えていたが、義光との戦を通じて、最上家に臣従した。さらに、最上領に侵攻した小野寺軍を有屋峠の戦いで撃退した過去があった。その秀綱が、小野寺領に援軍に出たら、無用な争いの基になりかねないのは確かだった。


 今まで近隣とは争い合っていた奥羽の大名たちだ。こうした援軍の人選にも配慮が必要になってくるなと、自身が絡む形になって、秀綱も難しさを実感した。


 その内、各地で大小の様々な一揆の報が山形にも齎された。


「上杉領となった庄内でも一揆が発生した模様」

 庄内に放っていた忍からも、一揆発生の知らせが届いた。


――池田盛周いけだもりちかも無念な思いを抱いているであろうな――

 池田盛周は、秀綱の友であった。今は上杉領なった朝日山城の城主であった。普段暇があれば、百姓と一緒に作業をするくらい農作業が好きな領主であった。その盛周が、一揆の鎮圧に向かうのは、いかばかりかと秀綱は盛周の無念に思いを致した。ところが……


「庄内の一揆勢の首領は、池田盛周という男でございます」


――なんだと!――

 

 秀綱は、飛び上がって驚いた。


かつての友が、一揆の首領となり、庄内で暴れまわります。


ついに、上杉家の直江兼続からの要請で、秀綱に出陣依頼が届きます。


秀綱は、かつての友と対峙することになってしまいます。

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