没落の家の悲哀①
秀綱たちは、引き上げを始めました。しかし、嘉蔵は会津に残って、遊郭に顔を出します。
秀綱は、兵たちに小袋を渡していた。政宗から、援軍への礼として、砂金が渡されていた。秀綱は、その砂金をほぼ等分して、兵たちに配ったのである。兵たちは、歓喜した。それは、忍の嘉蔵も例外ではなかった。
「これは、嘉蔵の分だ。受け取れ」
秀綱は、小袋を嘉蔵に差し出した。
「風向きを知ることができたのも、お主が漁師を連れてきてくれたからじゃ。我らがよい働きができたのも、お主のお陰だ」
「勿体ないお言葉でございます」
嘉蔵は恭しく受け取った。
「我らは、これより出羽に戻るが、嘉蔵はどうするのだ」
秀綱の問いに、嘉蔵は空を見て考えた。
「そうですね。オラは、少し会津を見て行こうと思います」
「そうか、では、景綱殿にお主がしばし滞在する旨を伝えておこう。ただ、下手な動きはするな。誤解されて面倒になってはいかん」
「大丈夫っですよ。悪所に足を向けるだけですから」
この話を聞いた兵が羨んでいた。
「あっははは。権蔵どん、いいんですかい。女房に告げ口しちまうぞ」
「ぶるるる、やめてくれ。この戦で生き延びたのに、女房に殺されちまうよ」
このやりとりを聞いて、一同爆笑した。
◇◇◇
嘉蔵は、会津黒川城下の遊郭に足を運んだ。無論、遊ぶためではない。戦で没落した家の娘や妻が、頼る寄る辺がない場合、遊女に身を落とす例が多かった。
白拍子や踊り子のように、芸事ができれば、人気も出る。そうした教養を持った女性は、昼は芸を、夜は身を売って生計を立てていた。
――だけど、遊女に身を落とすのは惜しい人もいる――
いかに人気を博していても、複数の男に身をゆだねる女は、若くして病に倒れる例も珍しくない。
――もしそんな身の振り方を望まない女子がいたら、景円寺に連れていきたい――
景円寺は、秀綱の領内にある寺だ。白石綱元の養父 八郎兵衛が、住職をしている。そこでは、寺に子供たちを集めて、書や計算、さらには武芸まで教えている。最近では、八郎兵衛は、それを生きがいにしている。
嘉蔵は、もともと遊郭の店で生まれた子供だった。その生活の苦しさを知っていた。そこから抜けて、生きるために忍びになった。その方がマシだと思ったからだった。
――蟷螂の斧だということはわかっているがな――
嘉蔵は、自身がその苦しさから抜けられた疚しさを感じていた。だからこそ、一人でもマシな生き方ができるように手助けしたかった。
「もし、身を売りたく、参ったのでございますが」
嘉蔵が、顔見知りの遊郭の店の主と話をしていた時であった。一人の婦人が、店を訪れた。
「嘉蔵さん、すまないね。ちょっと話を聞いてきますよ」
主は、店棚に向かった。事情や金の話などをするのだろう。二人がやりとりしている内容が、漏れ聞こえてきた。嘉蔵は、興味を抱いて、陰から様子を伺った。
「夫がこの度の戦で死んでしまいまして、身寄りがございません。こうでもしないと生きていけないので、恥を忍んで参った次第です」
穏やかな声であった。ただ、こんな店で働くことの意味をまだつかみ切れていないので、覚悟がまだ定まっていない感じであった。
「失礼を承知で聞きますが、ご主人は、どこの誰でしたか」
「赤田日向と申しました。小さな国人領主でしたが、伊達家に組み込まれて、領地も少なく、満足に生きていくこともできません」
女は、淡々と話している。
――赤田日向、だって!――
赤田日向は、蘆名家に内通した伊達家の武士だった。秀綱に内通を見破られて、討たれた武士であった。
「それなら、伊達様が面倒をみてくれるだろうに、なんで、こんなところに……。あんた、訳ありだね。旦那さんが伊達家にいられないような不手際をしたんだろう、きっと」
女は黙ったままだった。
「そんな女は、ここにはおいとけないよ。これから伊達様の町になるのに、いわくのある、しかも申し訳ないけど、少し薹が立った女は面倒な予感しかしないからね。さあさ、帰った帰った」
女は黙ったままだった。ただ、悲しさと悔しさが混じった顔をしていた。
「亭主、盗み聞きの無礼は詫びるが、話をきいちまってな。少々、そちらの女性に興味がわいたよ」
嘉蔵は、ゆっくりと店棚に姿を出した。亭主は驚いたようだったが、思いついたように嘉蔵を女に紹介した。
「そうだねえ、お前さんは丁度良かったよ。こちらは、一風変わった女衒の嘉蔵さんだよ。遊郭で邪魔者の子供を引き取って、寺で修業させたり、武士として身を立てれるようにして下さる奇特なお方だ。どうだい、子供じゃねえけど、この人、引き取っては」
亭主の話を聞いて、女は縋るような眼を嘉蔵に向けた。
「まず、名前を聞かせてもらいましょうか」
女は、ハッとしたように嘉蔵に向き直った。
「申し遅れました。赤田日向の妻 田鶴と申します」
「失礼だが、年はいくつだ」
「24にございます」
嘉蔵は頷いた。
「オイラは、そこの亭主が話したような男だが、オイラが連れて行くのは最上領になる。お前さんにとっては、仇の地だとも言える。そこで面倒を起こされても困る。どうだい」
最上、と聞いて、田鶴が刹那、険しい目になった。しかし、ややあって諦めの表情に変わった。
「もし叶うならば、連れていってもらえますか。伊達よりはマシですので」
「オイラが聞いているのは、旦那様は伊達家を裏切って、討たれたとか」
「あの方は、伊達を裏切りたくて裏切ったのではございません」
田鶴は幾分か声を荒げた。嘉蔵は、店の亭主に目配せした。多くの人に聞かせられる話ではなさそうだ。亭主も心得て、嘉蔵と田鶴を店の最奥の部屋に案内してくれた。
「改めて聞かせてくれ。伊達を裏切りたくて裏切るのでないというのは、どういうことだ?」
田鶴は、今度は落ち着きを取り戻した様子であった。そして、淡々と話し始めた。
次回は、赤田日向の事情を田鶴が語ります。
少し、長くなりそうなので、2回に分けることにしました。




