摺上原の伏兵
摺上原の戦いが始まります。
最初は、蘆名勢の有利に戦況は推移します。
秀綱は、成実と密議をしていた。表面上、成実とは確執の最中だということになっているから、親しく話をするわけにはいかなかった。その成実から、文が一枚、秀綱に示された。
「これが、赤田日向の筆跡を真似た偽書だ」
内容は、秀綱が内応を受諾した。我らは第二陣にいる。第二陣の我らが戦闘に入ったら、頃合いをみて裏切る。それに応じて、秀綱も第三陣から離脱し、蘆名勢に加わることを承知した。と言うものであった。
「これを猪苗代に着いたら、黒川城にいる蘆名義広に送る予定でござる」
成実は、書をしまった。
「第二陣は、わざと崩れるということですか」
「左様、第二陣は混乱を致しましょう。そこで、鮭延勢が第三陣を離脱。敵は、予定通りの行動と捉えましょう。それこそが、我らが伏兵でございます」
成実は、ニヤッと笑った。なるほど、最初から姿が見えている鮭延勢が、軍に混乱を引き起こすことになる。
「我ら500の兵で、それができるとお思いか」
秀綱の言葉を、成実は意外な面持ちで見つめた。
「かの鮭延秀綱殿に、できぬと言われるとは意外でしたな」
秀綱もニヤッと笑いを返した。
「いや、おいしいところを我らに譲っていただくとは意外でしたのでな」
「それなら心配ご無用。蘆名勢の混乱を見たら、わが軍はすぐさま反撃をいたします。義広を討つは伊達勢ゆえに、秀綱殿の手柄は隠れますゆえ」
秀綱と成実は、軽く笑った。
策は決した。成実は、密かに寺を後にした。
6月1日 猪苗代盛国が、子の亀丸を政宗の許に届けた。一子を人質に出して、伊達家に恭順を示したのである。これを受け、政宗は本宮城を経由して、4日に猪苗代城に入城した。
伊達領と蘆名領の緩衝地帯の一角であった猪苗代城が、政宗の掌中になったことで、蘆名義広の本拠地黒川城に一気に侵攻が可能となった。
猪苗代盛国寝返りの報に接した蘆名義広は、急ぎ須賀川城から黒川城に戻っていた。
6月5日 猪苗代城の奪還を目指した蘆名義広は、猪苗代湖に迫った。その軍勢の数、16000。
対する伊達政宗は、総勢23000であった。兵数優位は、伊達勢が保っていた。
『それでも攻めてきたのは、成実の書を信じたからかも知れないな』
太史慈の声が、秀綱の脳内に聞こえてきた。
――それであれば、我らは嬉しいが――
『ま、戦が始まったらわかることだ。それより、この地の天候は調べたか。お、お気に入りの忍びが来たな。私は、黙ったきいておくとしようか』
太史慈の声が、引いていくのを秀綱は感じた。
「秀綱様、付近の漁師を連れてまいりました」
嘉蔵が、一人の老いた漁師を連れてきた。大軍がにわかに表れただけで驚愕なのに、その中に連れられてきたのだ。当惑と恐怖を感じていてもおかしくない。
「すまぬな翁よ」
秀綱は、笑みを湛えて老漁師を迎えた。とんでもねえと、緊張した声色で答えた。少し声が裏返っていた。
「聞きたいことは、いくつかある。何、このあたりの気候のことだ。湖の近くは風が強くなろう。今後、どう吹いていくと思うか、俺に教えてくれ」
秀綱は極力、優しく話した。そんなっことなら、と老漁師は教えてくれた。
「今は梅雨も終わりの時期だで、雨が降ったら強くなる。今は、少し凪だで知らぬものは漁に出るけんど、俺らはもう今日には漁をやめるだ」
「それは雨が降るからか」
「んだ。雨が降り始める時には、あの磐梯山から強い風が吹いてくるだで。船をひっくり返すくらいの風が吹くで、漁には出ん」
「その雨は、いつから降る。風は、いつごろ吹くか」
「さいですなあ。明日には風が強くなるだな。明後日には、雨が強く降るだ」
――風上に回るか――
秀綱は、明日の戦いでの動きを決めた。
「嘉蔵、この翁に褒美をやってくれ」
嘉蔵は、老漁師に袋に包んだ銭を渡した。老漁師は、恐縮しながら満面の笑みで帰っていった。
5日日中になって、蘆名勢の先手が、伊達勢と衝突した。摺上原の戦いの始まりである。
伊達勢の先手は、寝返った猪苗代盛国、第二陣は片倉景綱、第三陣は秀綱たちのいる伊達成実の軍、第四陣は白石宗実、第五陣は政宗の旗本で構成される本陣、第六陣は浜田景隆、本陣の左手に大内定綱、右手に片平親綱という布陣であった。
黒川城を守る意思の強い蘆名勢は、手強かった。先人の猪苗代盛国の陣を突破した。それを見越して備えた、伊達家の主力の一角である片倉景綱の率いる第二陣が、蘆名勢の勢いを食い止めた。戦が拮抗した時である。
「謀反じゃあ。赤田日向が寝返ったぞ!」
「宮園阿波が寝返りじゃあ!」
兵たちが口々に、味方の謀反を叫ぶ声が、敵味方に広がった。
「いかぬ。腹背同時に敵を相手にできぬ。謀反者をまずは討伐に迎え!」
景綱は大音声で叫んで、味方の兵を蘆名勢から離した。第二陣も総崩れの様相を呈した。
――頃合いだな――
二陣を突破した蘆名勢が、第三陣の成実の軍と激突した時であった。秀綱は、軍を離脱させた。
「鮭延秀綱殿 謀反じゃ!」
「鮭延勢が、蘆名軍に合流するぞ!」
秀綱たちが、自身の謀反を口にしながら、第三陣を離脱した。蘆名勢の士気がさらに高まった。第三陣もまた、成実の部隊であり、精鋭であった。蘆名勢との戦いは激戦となった。
激戦の最中である。三々五々に離れていく鮭延軍に、気を配る者は少なかった。秀綱たちは、磐梯山の方向に走った。小高い丘が目印だった。そこに、大崎家から派遣された鉄砲隊500が控えていた。
半刻ほど経っただろうか。戦いは、乱戦になっていた。蘆名勢は既に政宗の本陣の旗本ととの戦いになっていた。
「蘆名勢の先手が、だいぶ進んでいますな」
式部が秀綱に語り掛けた。
「ということは、我らから見えるあたりが、蘆名義広の本陣かも知れぬな」
秀綱は呟いた。
「殿、磐梯山の頂上付近に灰色の雲がかかり始めました」
物見の兵からの報告であった。
――そろそろだな――
風の向きを秀綱は意識した。開戦時に西風であったが、今はやや東寄りの風に変わっていた。
――まだ、弱い――
秀綱は、引き続き様子を見た。
さらに、半刻ほど経ったころである。秀綱たちの背後から、ブワアッとばかりの一迅の強風が吹いた。それを皮切りに、東寄りの強風が吹き始めた。
――頃合いだ――
秀綱は決断した。
「進むぞ」
秀綱たちは、大崎家の鉄砲隊を先頭に、静かに進軍した。蘆名勢も伊達勢も、目先の相手に目を奪われ、秀綱たちの存在に気付いていなかった。
「鉄砲隊、構えい」
大崎家の鉄砲隊500が、一斉に火ぶたを切った。
「撃てい!」
一帯を揺るがす轟音が響いた。蘆名義広本隊の旗本が、バタバタと倒れた。
強風の風上から放たれた銃弾は、思いのほか遠くまで伸びて、蘆名勢の損害は広範囲に及んだ。この轟音が、戦いの潮目を変えたのである。
秀綱の攻撃で、蘆名勢に混乱が生じます。
次回は、摺上原の戦いに決着がつきます。




