奪う命に敬意を払え
蘆名家に内応する二人と、秀綱たちは親交を深めていきます。その一人の、赤田日向から聞かされた身の上話に、勘兵衛は同情します。しかし、蘆名家の猪苗代盛国の内応が確実になります。蘆名家への情報を遮断すべき伊達家と秀綱たちは、蘆名家への内通者 赤田・宮園の二人を討つべき時になりました。
秀綱は、連日、赤田日向と宮園阿波の二人と会っていた。その席には、佐藤式部や、白石綱元、鳥海勘兵衛も入ることが多かった。打合せ後、度々酒を酌み交わす機会もあった。
「これで、某も蘆名家での待遇がよくなるであろう」
赤田日向は、機嫌がよく秀綱に語った。
「赤田殿は、評定に出るまで才を買われたのに、何故伊達家を裏切ったのでござろうか」
秀綱が疑問を投げかけた。酒で頬を赤くしている赤田日向は声を潜めて言った。
「実は、赤田家はもともと、伊達家と戦い服従した国人でござった。負けたがゆえに領地を多く奪われ申した。だが、そんなことはどうでもよい。私は妻のために、伊達家を裏切るのでござる」
「妻のため?」
秀綱は疑問を投げかけた。赤田日向は、さもありなんという表情で頷いた。
「我が妻は、私が言うのもなんですが、器量がよい女子にござる。お互いに好いた者同士で夫婦になり申した。されど、家が没落した中で、妻を奪わんとする者たちが、妻の実家に圧をかけ、私たちに離縁をさせようとしてござる。私は、妻を守るために、その圧をはねのける力を得るため、出世をしなければならないのでござる。蘆名家では、私を高禄で召し抱えてくれると申しておりまする。それに賭けたのでございます」
妻の顔を思い出しているのだろうか、赤田日向はしみじみとした顔をしていた。
「細君の実家に圧をかけるは、伊達家の者でございますか」
秀綱は、赤田日向に問うた。赤田日向は、頷いた。
「左様でしたか」
秀綱は、赤田日向の空いた盃に酒を注いでやった。
「ですから、ここで鮭延様という名将に知己を得たのも縁でござる。蘆名家と最上家の誼を築き、私たちは末永く交流をしていきとうございますな」
秀綱も頷いた。その後も、四方山話をして、赤田と宮園の二人は、寝入ってしまった。
嘉蔵が。そこに現れた。秀綱の視線に頷きを返した。
「勘づかれないため、遅効性の睡眠薬を使いましたが、時間がかかってしまいました」
嘉蔵が詫びた。
「仕方あるまい。だが、聞きたくないことを聞いてしまったな」
秀綱が、眉間に皺を寄せた。嘉蔵は、黙って頭を下げた。
「主人 成実より知らせでござる」
伊達成実家臣の萱場元時が、寺にやってきた。佐藤式部には、ここに通すように伝えてあった。元時は、書状を秀綱に手渡した。
「明日、会津に進軍をするわけだな」
秀綱は、元時に尋ねた。元時は頷いた。
「既に我らの祐筆が、赤田の筆を真似ることができ申す。これで、準備は整い申した」
元時の言葉に、秀綱は頷いた。
「では、二人は用済みだな。よし、勘兵衛、お主は赤田を討て」
秀綱の命に、傍にいた勘兵衛は顔を青ざめさせていた。
「おや、成実様と一番とった若武者殿の顔が悪いようですが」
元時は揶揄するような口調であった。
「いじめなさるな。この者は、未だ戦の経験がございませぬ。しかし、期待の者ゆえ、超えてもらわねばなりませぬ」
元時も頷いた。元時は知らせとともに、二人の処断の見分も命じられているのだろう。
「殿、私には……赤田殿を討てませぬ。愛し合った二人を割こうとする者たちに対抗しようとしただけ。命だけは助けてやれませぬか」
勘兵衛は懇願した。だが、秀綱は冷徹に首を振った。
「勘兵衛、お主は優しい。それは、素晴らしいことだ。この赤田などは、さしずめこの乱世でなくば、平凡ながら、良い夫、良い父で暮らせたやも知れぬ」
秀綱は勘兵衛を諭すように言った。勘兵衛も頷いている。
「それを力によって引きはがそうとするのは、褒められた態度ではない。その伊達家の者は、碌な奴ではない。それは俺も認める」
「これは手厳しい」
傍らにいる元時は、恥じ入っている。
「左様でござる。成実殿に伝えて、調べてもらってくだされ。その傲慢が、内通者を生んだのだとな」
「はっ」
元時は畏まった。
「さて、勘兵衛。この赤田は、ある面かわいそうな者である。それは、俺も認める。だが、それは、この赤田の弱点を示したことになる。今後、赤田は妻を質に取られたら、何を仕出かすかわからぬ危険な者だと、自分で白状したようなものだ。信をおいて、付き合うことはできぬ」
勘兵衛も理解しているようである。秀綱は、その表情を確認して、話を進めた。
「それに、この時代、赤田の如き話は、残念ながら掃いて捨てるほどある。その事情に構ってやれる余裕は残念ながら、最上にも伊達にもない。それに、我ら武士には相手を討ちたくなくても討たねばならぬ場合もある。それは、わかってくれるな」
勘兵衛は、辛そうにしている。元網は、勘兵衛の兄貴分のような存在である。元網も、勘兵衛を労わるように見つめている。
「だが、勘兵衛。お主は、今回学んだであろう。我らが、敵の、仇のと申して討とうとする相手にも、相応の事情があることを。それでも、討たねばならぬ己に、俺は言い聞かせていることがある。それはな……」
勘兵衛は顔を上げて、すがるような目を秀綱に向けてきた。秀綱はゆっくりと伝えた。
「奪う命に敬意を払え、だ」
「奪う命に……敬意を払え……」
勘兵衛は秀綱の言葉を咀嚼した。
「そうだ。俺たちが討つ相手にも、事情がある。それは、俺らが討たれる場合も同様だ。相手は、俺らの事情など一顧だにせんだろう。だから、相手を討つ覚悟を決めた者は、同時に相手に討たれる覚悟も決めねばならぬ。そこで、俺はお前に問う。覚悟を決められるか、とな」
秀綱は、自身の腰にあった刀を勘兵衛の前に突き出した。勘兵衛は、ひととき逡巡していた。
「やります」
勘兵衛は、秀綱の刀を受け取った。その刀を抜いて、赤田日向の傍らに立った。刀を振り上げた。口で何かを呟いている。
「念仏でもなんでもよい。縋れるものがあるのなら、縋れ。今、お前は立派な武士として自立しようとしている。赤子が立とうとする時、傍らの何かにつかまるのは、当然だ。勘兵衛、俺はお前が優れた武士として自立できることを信じている」
勘兵衛は、振り向かなかった。今、振り向いたら自立が遅れる。できなくなるかも知れぬ。そのままでよいと秀綱は勘兵衛の背中に無言で語り掛けていた。
「えいやっ!」
勘兵衛は振り上げた刀を一閃した。赤田日向の首は、胴を離れた。鮮血が室内に飛んだ。
元網が、もう一人の宮園の首を討った。そして、茫然としている勘兵衛の肩に手をかけて、囁いた。
「奪った命に敬意を払え」
勘兵衛は、刀を置いて、赤田日向の遺骸の傍らに額づいた。慟哭していた。それは、厳しい世界に身を置く覚悟をした勘兵衛が、か弱い自分に決別する儀式のように秀綱には思えた。
「見事な初陣ですな」
元時も、感じ入ったようであった。
「我が殿も、勘兵衛殿を気に入ったようでございますゆえ、今日の出来事をお伝えいたしまする」
秀綱は、よしなにと元時に言った。元時は、急ぎ成実の許に戻っていった。
「勘兵衛、これもまた見事な初陣であったと俺は思う。今日の日を忘れるな。その刀は、お主にやる。大事に致せ」
秀綱は、元網に後を任せて、別間に移った。嘉蔵も後から従った。
「嘉蔵、今から忙しくなる。済まぬが、猪苗代湖周辺の者たちから、この時期の風や風雨など気候の特徴を聞いておいてくれ」
「承知しました」
嘉蔵もまた、急ぎ秀綱の許を出発した。
猪苗代盛国の寝返りが、伊達家と蘆名家の均衡をにわかに破ったのだ。
秀綱は、大戦の予感を感じていた。
勘兵衛には、乱世を生きる覚悟が、戦う武士の覚悟が芽生えました。
次回、蘆名義広との一大決戦、摺上原の戦いの幕が開きます。




